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 ピクサー・グラント 6

グランは揚羽に対する圭祐の対応に、気持ち混乱するが佳祐は自分の気持ちを整理しきれていないことは、しかたないから触れずにおくと思う。いずれ時間が解決してくれるのではとも考えてみた。

   ピクサー・グラント 6


「体重は増えてると思う。肥ったと言うより浮腫んだのかなぁ」

 俺はすこし不用意にも、そう漏らしてしまった。

『余計な事言うなぁ』

 と圭祐が突然、心の中で俺に向って叫んだ。

 俺は急いで話題を変えた。

「どうやって、マンションの中に入って来たの?」

 これは俺がさっきから気になっていた質問だ。

「アタシ今日は圭祐のとこに差し入れでも持って行ってあげようかと、この部屋の前まで来たの。煮しめが沢山出来たからお裾分け。これなら何回かに分けて暖めれば食べられるでしょう。アタシこう見えても小さい時は田舎育ちの時期があって、煮しめ得意なんだ」

「今日学校は?」

「元々寝坊しちゃてたから遅刻だったの。なら圭祐のとこ回っちゃえって思ってさ」

「そうなんだ。ではその煮しめもゴチになります。そこんとこは分かったんだけど、マンションのドアは鍵が掛ってたでしょう?」

「あれ? そうなの? 鍵なんて掛って無かったし、ドアも全開に開いて通路でバタバタしてたから……入って来ちゃった」

 揚羽が、そういって、ちょこっと首を傾げて笑う仕草はとっても可愛い。

(又だよ……また【KS】効果だ。ドアは俺の見てる前で完全に修理したのに。有り得ない偶然で、修理した直後また壊れてしまったんだ。ここでは【KS】については彼女には話さないでおこう)

「ドアまた壊れちゃったみたい」

 俺はとぼけてそう言って頭を掻いた。

「そうなんだ。前にアタシが来た時、圭祐全然出てもくれないし、ドア開けてくれなかったでしょう。折角差し入れ持って来てたのに」

「そうなんだ。寝てたのかなぁ?」

(これは俺が今、作った嘘だ)

「圭祐、引き籠ってると昼間も寝てたりするんでしょう。ダメ人間になっちゃうよ。今度来てドアフォン押しても出て来なかったら、しつこくドアフォン鳴らしてノックもするから」

「あっそれはしなくて良いよ。うるさいと近所に迷惑でしょ」

「そう思ったら、玄関に出て来たら良いの。アタシが差し入れ持って来て上げてるのに、失礼じゃん」

(困ったぁ――――。こう言われたらどう答えたら良いんだ。答え様によっては、彼女の感情を害してしまう。おい、圭祐、圭祐?)

 圭祐はさっき俺に宣言した様に俺の問い掛けに一向に答えようとしてこない。俺は仕方なくここは適当に答えるしかなかった。

「寝てる時は……、最近眠りが超深くてさぁ……ごめん」

 俺の回答に揚羽は肩を竦めて息を呑んで一瞬固まってしまったようだった。その後肩を落としてほっと息を吐きだした。


「なぁぁぁぁぁぁぁぁ―――んだ。揚羽の事避けてるんじゃなかったの。安心した。」

 彼女の表情が一気に和らいだ。その事をずっと気に掛けていたようだ。笑った顔はとても可愛い。

(圭祐ってばぁ俺の応答は、良いのかよぅこれで?)

 俺が何度聞いても、圭祐は心の奥に入ってしまい、何も答えようとはしない。

―――――まいったなぁ。

「そんじゃぁ、今日のところはハンバーグ、サラダ、お味噌汁、肉じゃがとか作っといたから食べてね。片付けは自分でやって。アタシ遅れてるけど3限間に合うから学校行くから、そいじゃね」

「あっ親からさ、女性とか家に呼んじゃダメって言われてて。決まりだから……」

俺は頭を掻きながらしどろもどろでそんな言い訳をした。

 揚羽は俺の顔を上目使いにじっと見詰めた。その目付きは昨日見た夢の中と同じ表情だ。

「ホント? 圭祐が嘘言うとすぐわかるんだから」

「嘘じゃないよ。なんでそんな事わかるの?」

「秘密、教えてあげない」

そう言って、揚羽は田舎風煮しめを包んでいた布巾から出し、テーブルの上に置いた。鞄を持ってさっさと靴を履いて玄関で「バイッ」とか言って帰ってしまった。

 俺は開けっぱなしのドアを見て、またしても玄関の鍵とドアを内側に引く金具の修理をしないといけないと思って憂鬱な気持ちになった。

(圭祐……彼女帰ったよ。俺の対応はあれで良かったのか?)

『ありがとうグラン。助かったよ』

「助かったって別に彼女良い感じの子じゃない。何か過去に気まずかったのかい?」

『気まずいなんてもんじゃないよ。どう口で説明したら良いのか分からないほど……』

「……圭祐、揚羽の事は結構気に入ってるんじゃあないのかい?」

『分かんないよ、分かんない……分かる事と言えばグランが今見た揚羽は学校と全然違う……って言うか普通すぎる』

 そう言って、圭祐は黙ってしまった。俺は圭祐が揚羽に持っている感情がさらにわからなくなってきた。好きなだけじゃないのか? いや、実はほとんど分からないと言った方が早いかもしれない。俺は異世界の勇者で、依然としてこの世界の思春期の感情は理解しかねる。


 俺がみどり先生と携帯で話した日から、2週間が過ぎようとしていた。

今にして思えばみどり先生から朝、圭祐の携帯に電話が掛ってきたあのタイミングは彼が再度学校に復帰するにはベストタイミングだった。

 それは例え、圭祐が復帰を嫌がったとしてもだ。あの日から2週間、この部屋の中で時が止まっている気がして俺は次第に今の状況に焦りを感じ始めていた。

俺はこの部屋の中で無策に何もしてなかったわけじゃない。部屋は少し狭いがこの広さで出来る運動をして、鈍っている圭祐の体に瞬発力や筋肉を付けて行こうと考えたのだ。なにしろ元々の俺の気質は体を動かしている事が好きなんだ。

 トレーニングを始めた。それはいずれ俺達がこの部屋から外に出た瞬間、【KS】がらみのいろんな偶然障害が俺に襲いかかってくる事を予想しての備えにもなると考えてだ。

 しかしこうして外界に出る準備を日々続けていても、なかなかその日はやって来ない。理由は簡単だ。圭祐が出ることにウンと言ってくれないからだ。

 毎日少しずつ力を付けて、部屋を出て学校に行く事を彼に持ち掛けるんだがその気になってくれないのだ。俺には何故彼にこの前向きな気持ちが伝わらないの良く分からない。

「体を鍛えない」ということは圭祐も言ってる。でもそれは俺に対して外に出るタイミングを先延ばしにするための口実なのかもしれない。

 俺が外に出る事を口にする度に、何か理由をつけて異議を唱えて来る感じがするのだ。あまり頻繁にその話をすると、彼は黙って心の奥に入ってしまう。揚羽の事に付いても同じだ。聞いても教えてくれないのだ

心の中でも引き籠るつもりかって思うのだが、そう聞いても答えてくれないんで困ってしまう。彼がその気にならないのなら外出は急ぐ事はないと思い、この部屋の中で腰を落ち着けて出来る事をしようと思い返した。それはひたすら筋トレを続ける事だった。


 圭祐は俺がこの世界に来る前、部屋に引き籠って漫画を描いていた様だ。プロとかじゃなく同人誌というヤツだ。引き籠る前も描いていたようだが、元々彼はインドア派なんだろう。それはとっても芸術的な趣味だと思い、是非とも応援したいと思った。

(圭祐、漫画描くのって難しいのかい?)

『さぁ、僕は小さい事から絵を描いたり、お話を考えたりするのが好きだったんだ。だから自然と始めたんだけど……』

(そんなもんか……俺にもできるかなぁ)

『無論出来ると思うよ。だって君は僕なんだから。記憶も技能も共有しているはずだから』

(ペンなんて、持ったこともないんだ? それでもかい?)

『試して見ると良い』

 確かに俺も圭祐なんだから、それに今は俺の方が体のコントロール権を持っているんだから、かつては勇士の俺が机の上に置いてある同人誌の作品の続きを描き続けないといけないんだろう。

 そう思って深呼吸して、気持ちを落ち着けて彼のいつも座っている机に向ってみた。

 ペンと紙の使い方は彼の記憶が指先に伝わって来て、俺でも自然に紙に向って手を動かすと描けるからとても不思議だ。彼が描きたい内容や表情も自然と分かってくる。

(俺、結構イケるんじゃん!!)

と思い始めた。描けるとこれはかなり楽しい作業だ。勇者漫画家、良いかもしれない。

 俺はトレーニング以外の時間はこの創作的な時間と、圭祐の以前からの趣味、ネットゲーに費やす様になって行った。

 これもまた、やって見るとかなり面白い事が分かって来た。

(ハマる!!)

って言うか、彼がパソコンに向うと夢中になっていたのが、良く分かった。

 こうして圭祐の生活になじんで来ると、俺もこの部屋の中にいることはそう悪くないと思い始め、次第に外界との接触が煩わしくなっていく様な気がして来た。

 元々この世界の外界には俺の興味を惹く何かがあるわけでもない。知らないんだから。

圭祐の気持が少しづつ分かる様になって来たのは事は嬉しいんだが、俺までもインドア派になってしまったらそれはまずいと感じていた。

 俺は彼に「部屋から出よう!!」と今日も改めて誘ってみた。

『そうだね、グラン……』

(このまま部屋にいると、体が鈍っちまうだろう。な、な!!)

『でも、この漫画、描きかけの作品が気になるんだけど……』

(出かけて、戻ったら俺がまた続き描くよ、ちゃんと!! それで良いだろう。引き籠りが癖になってんグラン!!)

『もう少し考える……』

 こう言って彼の心理を指摘しても、圭祐は一向に動揺しない。

 俺が彼の同意なしで外の世界に出て行くことは、ありっこないとたがを括っているとしか思えないのだ。無論俺は圭祐なんだから、彼が嫌がっている事はやらないつもりだ。

(圭祐、みどり先生から電話が掛って来てからもう2週間になるよ。そろそろ動かないとヤバくない?)

『何で?』

(何でって、それはオマエ……だんだん学校に行こうと言う気持ちを圭祐から感じ取れなくなってきてるから)

『そんな事ないよ、グラン。キミが言う様に外に出て行く為の訓練、グランの勧めに従って筋トレを毎日やってもらってるし……体を鍛えて行くってことは、いざ外の世界に飛び出していろいろな突発的な災害、人災が襲い掛って来たとしてもそれに対処していく事が出来るって事だろう』

(そうだよ……そうなんだけど……)

 俺は次第に圭祐をこの部屋から連れ出すタイミングを掴むことの自信がなくなり始めていた。


     第3章  実宝ジッポーに続く。


 「ピクサー・グラント」の章はここで終わりです。次はいよいよ本編のヒロイン「ジッポー」の章になります。ヒロインが登場するのが遅すぎるって?一応、最初から登場してますから。

 本作は章のタイトルはそれぞれの登場人物の名前を付けてみました。その章の重要な役割を持つという意味もあります。

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