第7章 村雨千夏 1
なんとか無事に部屋に帰って来た、グラン、圭祐だが、そこで皆さんが揃って家族会議が始まった。
第7章 村雨千夏 1
俺は実宝に首筋に触れて貰った状態で、マンションの自転車置き場に圭祐の自転車を戻した。そして、両手が空いたので実宝の手を握ってマンションの階段をゆっくり上がって行った。
ここまで戻ってくる行程では、「カーマナイト・スピリッツ【KS】」は全く働いて無かったように思えた。やっぱり圭祐の仮説は正しかったんだろうか。
でも今までが今までだったので到底安心は出来なかった。もし安心してマンションの昇りエレベーターとかに乗って、機械に全てを預けてしまったらその途端に、「カーマナイト・スピリッツ【KS】」が働いたら手も足も出せない。まだまだ油断は禁物だと思った。左足の膝はかなり痛めたみたいで階段を登ろうとしても足が上げられなかった。仕方なく右足片方で一歩一歩ゆっくりと階段を登ることになった。部屋に辿りつくのに結構な時間がかかった。
「圭祐、汗がすごい……もう【KS】魔法は大丈夫そうだからエレベーター使おう」
そう実宝は言ってくれたのだが、俺は断った。
「大丈夫、このくらいなら何とか歩いて部屋まで戻れる。何かが飛びかかって来ないだけ気楽
なもんだよ」
俺はそう言って実宝の提案を丁寧に辞退させてもらった。
やっと俺達が部屋に辿り着くと、何故か部屋の中は妙に和んでいた。俺は先ほど中断した莉奈先輩との対決が部屋に戻るとすぐに再燃すると、完全に腹を括って緊張して部屋のドアを開けたのだが……。
玄関から部屋の中を見渡すとキッチンのテーブルに莉奈先輩、揚羽、ピッコロが向かい合って椅子に掛け、お茶を飲んでいる。
揚羽はお茶の前にカップ麺とかも食べていたようだ。俺の貴重な食料を……。そもそもなんで揚羽は部屋に入ったりしてるんだ。
「揚羽、一体誰の許可で……」
俺がそう言いかけると居間の方から声が聞こえた。
「私だけど、圭君。窓に張り付いて可愛そうだったからお部屋に入ってもらったの?それにあそこに張り付いてると、とっても危ないでしょう」
「そりゃぁ危ないよ……普通人間はそんな事しないでしょ」
俺はため息をついて、そう答えた。
(圭祐のお母さん千夏さんだ。俺が外出している間に彼女が来てたのか……。それで皆とりあえず休戦状態になっているのか……それにしてもさっきの状態から良く休戦になったもんだよ)
俺は大体の状況は圭祐のお母さんの登場で呑みこめたのだけど、さらにこの状態に実宝が加わったらもはや収拾が付かないと思ったりした。
この場で何をどう話すれば良いんだ。
(俺は今の活劇で両足が筋肉痛でパンパンになっている。オマケに全身打撲、左足の膝は骨にひびとか入ってるかもしれない……すぐにもベットに横になりたいんだが……)
靴をゆっくり脱いで部屋に上がった俺に千夏さんが話しかけた。
「圭君、何時の間にこんなに何人もガールフレンド作っちゃったの。母さんちっとも知らなかったわ。もう、お父さんの子ね。
お父さん、若い頃はとってもモテたのよ。道を歩いていると左右に女の子がくっついて来ちゃって。お父さんのお家に行くと、そう、こんな感じで女の子がたっくさん来てたの。
その中でお父さんは母さんを選んでくれたのよぉ」
「そうなんだろうね。そうじゃないと俺は生れてなかっただろうから」
「なによ、圭君そのそっけない言い方、母さんの魅力に父さんは一目惚れしちゃったんだから。」
「そうなんだ……」
そう言って俺は大きく頷いた。
圭祐は以前からこの話は何度となく聞いた事があるみたいだ。
それでもここは相槌を打っておくべきなんだろう。父さんはホントに若い頃そんなにモテた
のか?ガールフレンドの集合写真でも残ってないから到底信用できん。
ところで今の俺の部屋の状態は、母さんが思っている程平和な状態じゃないのは確実だ。
実宝とピッコロはともかくそれ以外の2人は滅茶苦茶ややっこしい感情を俺にぶつけに来ているんだから。実宝はと言うと部屋に入る瞬間、俺の首筋に手を添えた状態で素早く姿を消してくれた様だ。
俺と実宝が2人で手を繋いだ状態で部屋に入ったりしたら、唯でさえめんどくさい部屋の中の状況を余計に険悪になるのは目に見えている。その状況を修羅場と言わずしてなんと言おう。そうなるのを避けてくれたんだ。実宝はそういうとこ意外に、さり気無く気が回っている。
「さあ、圭君お母さんにも紹介して頂戴。皆さんを」
(来た、千夏さんはそうくると思ったんだよ。でもこの状況では皆さんにご紹介という儀式は避けようも無い)
「あっ分かったよ、母さん。まずこの娘はピッコロちゃんと言います。俺はずっとピーちゃんて呼んでたんだけど……最近本名を知ったんだ」
「お母様ぁ始めまして、ポーチカ・ピッコロと申します。あの、何時も圭祐さんにはお世話になってます……毎日ご飯とか食べさせていただいてます」
「えっ圭祐、ピッコロちゃんに毎日ご飯差しあげてたのぅ?母さん初耳だわぁ」
千夏さん、口は笑っているけど目が全然笑っていない、ホラーな表情だ。
「あっいやっ母さん、ピッコロはヒヨコの妖精なんだよ。ホラ、そこのダンボールの中にいたでしょ、ヒヨコ」
俺は慌てて補足する。
「ああーーーはい、はい」
彼女は分かったんだろうか?
ピッコロが言う。
「あのヒヨコの形でが何時もお世話になってますって、今日は人間の形に成れましたぁ……みたい……」
ピッコロの話は到底説明になってない話だ……。
「そうだったのね。人魚姫みたいなお話ねえ。すっごいメルヘンじゃない、お母さん「雪ダルマの女王」も大好き。ピッコロちゃん、圭君の事宜しくね」
(なんて大ざっぱな理解力なんだ、この人は……)
「はいです。こちらこそ宜しくお願いいたしますです」
ピッコロはニッコリ笑って、そう答えた。
「ほんと、御挨拶もしっかりしてる、圭君良いヒヨコ育てて良かったわね」
「そう……だね」
「次は私ですか……」
そう言って莉奈先輩は、小さく咳ばらいをして喋り始めた。
「私、承徳高校3年生、鞍馬莉奈と言いなます」
「まあ、圭君の年上なのね。姉さん女房も良いわねぇ」
「コホン、私学校では生活指導補佐、風紀安全委員をやっております。その関係から村雨君には、学生生活にすぐにでも復帰をしてもらおうと……」
「あらぁわざわざ、学校の生活指導の先輩が来てくれてたのぅ母さんちっとも知らなかったわ。それがお部屋に上がってもらう関係にまでなってたなんて」
(勝手にドアを開けてさっき飛び込んで来たんだって……俺は一切許可してない)
「はい、村雨くんは学校に早く戻って来て欲しいです。授業も大幅に後れを出していますから。それまでの間は自宅学習をしっかりと……」
莉奈先輩は、圭祐のお母さんの話に合わせているのか、シラッとそう言ってのけた。
「はい、はい、はい、そうなんです。封天寺さんホントわざわざお部屋まで来ていただいて、助かります」
「そんな事はありません。お母様」
「まあ、やだ、お母様だなんて、圭君聞いたぁ封天寺さん、お母様って呼んでくれてるのよ。学生結婚するなら年上よねえ、家事とか率先して教えてもらえるし、圭君の遅れたお勉強も見てもらえるでしょう。ほら実宝ンス映画の「個人授業」みたいにぃーーー。
おほっほっほっほっほっほっ。やだぁ母さん年がバレちゃうわ」
千夏さんが完全ハイテンションで飛ばしているので、俺としてはどうにもこうにもこの話に口を挟みようが無い。
この状況いったいどうしたら良いんだ。ただ静観するしかないんだろうか……。
「封天寺さん、お母さん圭君がお家から出なくなっちゃったでしょう。それでどうしたらいいのか、ずっと、ずっと悩んでたのよう。それが貴方のような圭君の良き理解者、パートナーが現れてくれてたなんて。お母さん感激だわ。」
そう言って千夏さんは突然涙を流し始めた。感極まった感じだ。
「お母様、そんな事言わないで下さい。私程度の力で良ろしければ、幾らでも村雨君の力になりますから」
(莉奈先輩、本気で言ってるんだろうか……?さっきは俺をティッシュに封印するとか……。
千夏さんに乗せられてるだけなんじゃぁ?それとも俺の部屋に入れる通行手形を圭祐の母さんから貰おうって言うつもりなのか?)
俺は莉奈先輩の態度の豹変の仕方にも驚いた。
「御免なさい、皆初対面なのに母さん涙なんか見せちゃって……しめっぽくしちゃったわよね」
「母さん……」
俺は、そこいらへんで止めとこうよと言おうとしたんだが、何か分からない感情が胸に込み
上げて来て、言葉に詰まってしまっていた。
「それじゃあ、次の人」
そう言って紹介されたのは若槻揚羽だ。こいつこそ何を言いだすか分かったもんじゃない……俺は密かに腹を括った。
「圭祐君のお母さん、先ほどは危ないところ助けていただき本当にありがとうございます。その上、ご飯まで御馳走になってしまい本当に申し訳ありません」
(何ぃ……何ぃ……何ぃ……揚羽のヤツまで一体全体何をいいだすんだ、いったい)
「私も圭祐君の事ずっと、ずっと大好きでした。今でもその気持ちは変わっていません。圭祐君が私を遠ざける様になって悲しかったんです。だから、だから私窓のフェンスによじ登ったりして、圭祐君に私の事振り向いて貰おうとして、どうしても近くに行きたくて……あんな事したんです。ああああーーーーんああああーーーーーーんんん、御免なさい、圭祐ぇ、お母さん」
俺はこれには完全に固まった。
俺以外の全員がこの突然の発言にはド肝を抜かれたんじゃないか。到底ふざけているとは思えない顔だ。
(いや、いや、いや、本気だとしてもこの部屋の、このメンツで言うセリフかよっ!!)
俺の中で圭祐は今の揚羽の言葉を聞いていた。
彼は一体揚羽の言葉を、どう思っているんだろうか?
(おい、圭祐……寝てんのかい?それとも深淵に引き籠り?いや、確かに聞いているんだろう?)
(グラン……聞いてるよ、僕は)
ゆっくりと圭祐はそう答えた。
圭祐からしたら、今までの揚羽の態度と比べたら、とてもこれが彼女の本音の言葉だと聞こえないだろう。でも揚羽の表情は、ガチで言っている顔に見える。
テーブルを挟んで揚羽の向い側に座っていた俺の首筋にそっと暖かい手の感触が伝わってきた。
実宝だ、実宝がそっと自分の手の平だけを実体化して俺の首筋に暖かさを伝えてくれている。
俺と圭祐に手の平の暖かさで、安らぎを伝えてくれている。
揚羽は今言ってた事が例え彼女の本音だとして、何故急にこの場で皆の前でそんな内心を暴露する気になったんだろうか?今までの彼女だったら、人前でそんな気持ちは意地でも隠し通して好き嫌いの気配すら感じさせない筈だ。
ツッパってて、今みたいな恥ずかし事とても言えないヤツだったはずだ。
俺は眼の前の揚羽の態度にびっくりしてしまい、その発言をどうして受け止めれば良いのか……、この席でどう言葉を返したら良いのか、まるで思い付かずに途方に暮れてしまった。
圭祐のお母さんは、揚羽の方を向いてじっと黙っていた。
そして、千夏さんはゆっくり話始めた。
「泣かないで揚羽さん。圭君は優しい子よ。母さんの子なんだもの。
だからきっと今まで分かってあげられなくっても今後、揚羽ちゃんの気持分かってあげられると思う。
だから泣かないで、泣いちゃダメ。ねっ圭君」
(そこで俺に話を振るのかぁ。どう答えれば良いんだ、こんな顔してる揚羽に……)
俺の頭は混乱を極めていたが、皆の視線が俺に向いているのが分かったので、ここは何か言わないといけないと思った。
「俺は……俺がこれからも引き籠ってたら、学校にいないようだったらここに遊びに来なよ。一緒にゲームとかやろうグラン」
それが俺の口から出た最大級の仲直りの言葉だった。
(良いだろう圭祐、部屋に呼んでやってもさぁ)
俺は心の奥で圭祐にそう伝えた。そして揚羽に微笑みかけた。
「うん、うん、圭祐ぇ嬉しいありがとう、ありがとうね。私バカでさぁ頭に血が昇って切れると自分が何やってるか分かんなくなっちゃうの。
高校に入って何だか知らないうちにあたし周りから苛めに遭っちゃったの。
クラスで最初は仲良くしてた子までわたしに挨拶しなくなって、だんだんと意地悪して来る様になっちゃって……
わたしどうしていいのか、分かんなかった。
そんな時、圭祐が女子のグループに行って、あいつらに「苛めの現場見た」って言ってくれたんだよね。あれから圭祐が先生に言うんじゃないかって思ってみんなわたしの事苛めなくなったんだ……。
わたし、圭祐の優しさがとっても嬉しかったの」
「そうでしょう、圭ちゃんは小さい頃からとっても優しい子だったの」
(こら、母さん、勝手なとこで会話に口挟まないでよ)
揚羽は言葉を続けた。
「そうです、わたしその事、後で友達から聞いて圭祐にお礼言おうって……でもきっかけがなくて言えなかったんです」
「そう、そうなの……良い機会だから今、言っても良いのよ」
また千夏さんだ。
(お願いだから、出て来ないで下さい、ってば!!)
「わたし、それでうちのクラスに佐藤隼人って言う男子がいて、圭祐を苛めたがってるのを聞いちゃったんです。それで、それで」
「それで、揚羽ちゃんは?どうしたの?」
(千夏さん!!)
「それで……わたしが圭祐を苛めて彼を奴隷として一人占めにすれば、もう隼人は手が出せないだろうと考えちゃったんです」
「まぁ……間違った方向に弾けちゃったのね。
苛められっ子の人って、それを跳ね返す為に逆に苛めに走ったりする子がいるって聞いた事があるわ。それとはちょっと違った方向にね」
千夏さんは人ごとの様に相槌を打った。
「はい、お母さん。そう思います。わたし圭祐のこと嫌いじゃ無かったから、圭祐の近くにいるの楽しかったし、圭祐が困った顔見てるととっても可愛いって、体が熱くなってきて……」
(コイツ完全にSだよ、圭祐……)
俺が圭祐にそう語り掛けると、いきなり耐えかねた様に圭祐が心の表面に飛び出してきた。
「酷いよ、酷いじゃないか」
それは、俺ではなく圭祐が直接揚羽に向って非難した言葉だった。
「御免なさい!!御免なさい!!」
揚羽は、自分の頭を両手で抱え、ペコペコ頭を激しく下げて謝った。
「圭君、そうよね。それは確かに酷いわよね」
香奈枝さんは世間話の相槌を打つ様にそう言った。
「そうでしょう、母さんだってそう思うよね」
圭祐も母親の方を向いて思わず合意を求める。
「思うわ……でもそのおかげで圭君怪我はさせられなかったんでしょう。」
相変わらず口元に微笑みを蓄えてそれでも何故か目元は笑っていない香奈枝さんが俺の方を向いてそう言った。
「僕は……佐藤達には直接暴力とかは何もされなかったけど、揚羽には踏まれたし、椅子にされたし……首輪を付けられたり」
圭祐は、数か月前のあれこれを思いだす様に言った。
「軽く踏んだんだよ……椅子の時も腰浮かしてたし……佐藤達にバレナイ程度に」
揚羽は顔を上げて、必死に抗弁した。
「そういえば、揚羽やけに軽いなって、思ってた……」
「そう、圭君、それなら許してあげても良いんじゃない。行動原理の元に愛が在るんなら痛くないって」
「母さん……」
「御免圭祐、わたし性格がドSだから、キレると見境がなくなって」
揚羽は、一番言いにくい事を何とか口に出す事が出来た様だった。
「……そうだよ、かなり痛かった時あったよ!!」
圭祐がそう言って、揚羽に喰って掛ると、揚羽はその場でキッチンの床に膝を突いた。そして意を決したかのようにそのまま大の字に仰向けになった。
「好きなだけ私を殴って、踏みつけてぇ!!」
「……分かったよ。もう良いよ」
その態度を見せられると、圭祐は怒るのが恥ずかしくなってしまった様だ。
「やっぱり、圭君は偉いわぁ」
千夏さんは、圭祐の態度を褒めた。まるで圭祐がそう言うのを知っていた様だ。
「母さんには負けたよ。いつも母さんには勝てないよ」
圭祐は頭を掻いた。
「まぁ私はただ、ちょっと出しゃばって余計な合の手とか入れてただけよう」
(グラン、これで良いんだよな)
(そうだ、圭祐良く許してあげたな。お前ってすごいヤツだよ)
「さあさあ仲直りの時にする事は?」
千夏さんはそう言って、俺にウインクをした。俺はしゃがんで寝そべっている揚羽に手を差し伸べた。
「泣くなって、ほら起きて。握手しよう」
「圭祐の手、暖かい。
圭祐ずっと話してくれる様になった。
圭祐が話してくれる様になったんで私、今日、自分の気持ちをやっと言える様になったんだよ。ずっと、ずっと言いたかったんだ」
(圭祐、聞いてるかい今の話)
俺は圭祐にそう言った。
(前からずっと揚羽なりに圭祐の事、庇って守ってやろうとしてくれてたんだから。それがちょっとはずみで行きすぎちゃっただけみたいだよ。
これからは友達さ、一緒に遊んであげるくらい俺たちなら出来るよな)
圭祐はその俺からの問い掛けには、特にもう答えなかった。
でも分かってくれてるんだなって俺は感じたんだ。胸の奥が少し暖かくなってきた気がしたから。
実宝だって良いだろう、俺の部屋に遊びに来てくれる友達が一人増えるんだから。
実宝の掌の暖かさはずっと首筋に変わらず感じていた。
「お母さん、自己紹介はもう……良いよね?」
「あっそう、そう、お母さんついつい長居しちゃったわぁお買いものにも行かないと、こっちでも切れてるモノが沢山あって。そろそろお暇させていただくわね」
第7章 村雨千夏 2 に続く
次回、いよいよ最終回。お楽しみに!!
誤字あったら、教えて下さい。よろしくです。