村雨・グラン・圭祐 4
ごめんなさい。また、アップの予定が大幅に遅れてしまいました。もはや、語るまい。
あっいえ、言い訳はしないという意味です。誤解なく。
パソコンに向かって土下座。
村雨・グラン・圭祐 4
俺はロクに力の入らない左足を庇いながら、それでも出来る限りのスピードで自転車のペダルを漕ぎ続けた。
(もう少しだ……もう少しだ……今の旅客機はもう一度必ず戻ってくる気がする……その前になんとか人のいない広い場所に行くんだ……)
俺は顔をあげて、空を見上げた。旅客機の姿を探した。
「圭祐、正面!!」
実宝の言葉に俺は瞬間、正面を振り返った。俺の右手が目前の何かを瞬間的に薙ぎ払った。手裏剣でも飛んで来たのかと思った。右手に感じた感覚はもっと軽いモノだった。叩き落としたモノを視線の隅で捉えた。竹トンボだ。この近所の子供が戯れに遊んでいた竹トンボが何かのはずみで俺の自転車の走行線上に飛び込んできた様だ。
こんな軽いものでも目に当たったら危なかった。
「実宝ありがとう」
「注意して圭祐、何が向って来るか分かんない」
今は実宝の方が、どこかの魔法少女や陰陽少女の何十倍も役に立ってくれていると思った。
遂に俺達は目標の廃屋に辿り着く事が出来た。
進入禁止取り壊し予定の警告の看板が幾つも付いているゲートの前に自転車を横付けし、俺は激痛の走る左足を引きずってゲートのフェンスをよじ登った。このゲートの中には、全く人影はなさそうだ。
ここでなんとか再度向って来る旅客機と対決してやる。
無論さっきの一撃で旅客機が体勢を立て直して、内部の事件が解決し本来の目標地点である羽田か成田に向ってくれているのならそれに越したことはないんだが……。
そんな俺の淡い希望は一瞬にして消し飛んだ。地平線上に見つけた黒い小さな点が急激に拡大して、こちらに向って視界に飛び込んで来た。大きく旋回して一旦遠ざかったさっきの旅客機は再度俺の立っている地点に向けて低空飛行の体勢に入ったようだ。
一体あの旅客機の操縦席の中ではどんな活劇が展開されているのだろうか?その結果誰が機体のコントロールを行っているのだろう。もしかしたらコクピットの計器は完全に破壊され、管制塔のコントロールからも既に外れているのかも知れない。
とするなら、最後に機体を動かしているのは偶然という悪魔だ。
俺はこの人のいない広場に辿りついたとして、あんな巨大な突撃物体を間一髪回避する事が出来るんだろうか?自家用車やトラックの比じゃない重量だ。
旅客機の重量だと機体がすぐ近くに落ちただけでこの辺り一面はその突入の爆発の衝撃で完全に破壊されてしまうだろう。中に乗っている乗客達も皆助からない。
(そうだ、向って来る旅客機には100人以上の人間が搭乗してるじゃないか。俺にぶつかろうが、俺だけ避けて助かろうが彼らは、どちらにしても機体の衝突で命を落とす事になる。
みんな、俺のせいだ。
それじゃあだめだ、だめだぁ!!
そんなに多数の人達に、俺の巻き添えをくわせちゃあいけない!!
(じゃあ一体どうすればいいんだ!!)
今俺が置かれたこの状況では、ただ向って来る旅客機を避けるだけじゃダメだ。
(それじゃあ旅客機は地面に激突し大惨事は免れない。何とかしないと!!)
「圭祐!、実宝!!、俺は……俺はどうしたら良いんだ」
(……)
「圭祐、旅客機の人達全員を助けるなんて……そんなの無理だよ。今は圭祐の生き残る事だけ考えようよ」
「それじゃだめだ、実宝良く聞いてくれ。俺は勇者なんだ、勇者は皆を巻き添えになんかしちゃあいけない……」
俺の心は決まった。ここまで追い詰められた状況で、もう出来ることは一つしかない。
俺は部屋から飛び出す時に、何も考えずに咄嗟に掴んで懐に入れた果物ナイフを取り出した。俺が死ねばこの世界を包んでいる乱数の不条理が消えるはずだ。そうすればたぶん旅客機も正常飛行に復帰できる。
(莉奈先輩が言ってたな、勇者なんてモノを壊すだけだって……勇者がそんなものじゃ無いことを見せてやる。100人以上の命を救えるならこの命一つくらい惜しくない……)
「だめ、圭祐ぇ!!」
実宝が俺の耳元で叫んだ。
(そうだよな、実宝は俺の考えてる事分かるんだもんな……。安心してくれ、実宝これで皆助かるから、実宝も……)
俺は正面から向って来る旅客機を見つめて、ナイフを自分の首筋に当てた。
その時、圭祐が言った。
(聞いてくれ、ジーハット。さっきの旅客機はどうやって避けられた?なんか回避条件とか感じなかったの?)
圭祐……回避条件だって?そんなの聞いた事ない。今まで「カーマナイト・スピリッツ【KS】」についてそれがどんな魔法なのかって考えた事なんてなかったからだ……ただただ、向って来る障害を避けてただけだ。圭祐は続けた。
(役に立つアドバイスかどうかわからない……でも言うね。僕のやっているネットゲームの世界ではどんな魔法にも解除とか中和とか注意して探せば突破法が見つかるんだ……)
(ゲームの世界ではか……そりゃ圭祐そうかも知れないけど、これは現実なんだよ。現実では無理なものは……)
実宝が俺の真正面に顔を近づけて言った。
「グラン、圭祐の言う通り無理なことなんて無いよ、絶対何とかなる!!
何か気が付いて無いだけだよ! !
「諦めちゃだめぇ!!」
「実宝、初めて俺の名前を呼んでくれたな」
2人に言われた俺は、首筋に当てたナイフの手を止めた。
(旅客機がここに到達するまでに後、数秒ある……のか?
圭祐の言う……気が付いて無い事って……なんだ。
さっきも俺はこの旅客機の突撃を受けた。
それを間一髪回避した。何故だ、何故出来たんだ?もし旅客機側の問題でないとするなら……だどうすれば……)
「実宝、俺の首にしがみ付いて、さっきと同じように!!」
俺はそう叫んだ。
「分かった、実宝それでダメでもグランと圭祐と一緒!!」
韓国航空0109便は、もうすぐ目の前まで迫っていた。
その時の俺は圭祐に言われた事で別に効果的な思い付きに行き当たった訳じゃない。
たださっき旅客機を避けた時と今でほんの少しでも何が違うかを考えただけだった。
些細な事だけど、さっきは俺の首筋に実宝がくっついていた。
実宝が俺にくっついた。でも機体の方向に変化は……
「んんんっ」
実宝は俺の首筋に飛びついて来るのと同時に俺の唇にキスをした。
「グラン、圭祐ぇ!!」
どうせここで死ぬんなら最後に……ってことか……。
その時だった。
眼の前に迫って来ている旅客機の機体に浮力が戻ったのは。地上5メートル程度まで接近して来ていた旅客機の機体はそれこそ地上すれすれで再度急上昇を開始したのだ。
俺は実宝を抱きしめたまま、さっきと同じように通過して行く旅客機の風圧で地面に叩きつけられた。
「助かったのか……」
「圭祐」
俺は上空に去って行く旅客機を見上げながら、首筋にしがみ付いている実宝をしっかり抱き寄せた。その時何故か実宝の体が実体を持っている様な不思議な感覚を覚えた。普通に彼女を抱きかかえる事が出来た様に感じた。
見上げると旅客機はそのまま高度をあげて、どんどん安定した飛行体勢に戻って行っている様に思えた。このまま関東の最寄りの飛行場に戻って行ってくれそうな感じに見える。
俺は初めて助かった事を実感できた。
それにしても、なんなんだ?俺と実宝のキスが「カーマナイト・スピリッツ【KS】」の解除キイになっていたって事なのか?
たまたま俺の部屋に居た実宝が何故?まるで意味が分からない……?
「グラン、分かる?圭祐これはどういう意味なの?」
実宝は俺と心の中の圭祐相互に、この事態の展開の理由を聞いて来た。俺には意味はまるで分らなかった。
圭祐は考えながら重たい口を開いた。
「これは、仮説なんだけど……。僕の所にグランが来た。それから少しして部屋の中の実宝の気配と声にグランが気が付いた。実宝はもっと以前からこちらの世界に居て僕を見ていたって自分では言ってたけど、その記憶は同人誌とか部屋の中に置いてあるモノからも、分かる記憶だった」
「圭祐?」
俺は圭祐が言おうとしている事がまるで分からなかった。
「そうなんだ。僕の仮説ではグランを追い掛ける様にして実宝がこの世界に出現した。そのわけは?何故実宝は僕のゲームのヒロインの様な外見、同人誌のストーリーの様な生立ちを持っていたのか?それは作られた外見、作られた記憶と考えた方が自然じゃないのかってね」
「そんな……」
「グランを飛ばした魔法使いはグランとの戦いで止めを刺せなかった。
それで、監視役を作った。
その監視役は、グランもグランが魂を飛ばした先の肉体つまり僕も好んで近くに置いてしまう好人物を作り出したんだ」
「まさか……」
「そう、そのまさか……だよ。グランは言ってただろう。ウルフガング・リガルディってヤツは大魔法使いだって。グランに【KS】って言う印を付けてそのシグナルを追って、実宝を派遣して来る事だって出来るようなヤツかも知れない」
「いやいやいやああああーーーーー」
圭祐の言葉に実宝は耳を押さえて叫び声をあげた。
「よせよ。圭祐、それじゃぁ実宝があんまり……それに実宝は今も俺達をはっきり助けてくれたんだグラン」
「そう、助けてくれた。何故実宝は僕達を助けられたか、だ」
「何故?」
俺は、その理由は今圭祐の言う仮説以外には残念だけど、まるで思い着く事がなかった。
「ウルフガング・リガルディの使う魔法には彼の癖みたいな固有の波動があったとしたら。その波動が【KS】と実宝で共振しあって2つは触れ合うと魔法効果を一時的に消したとしたら……」
「そんなことって……」
「あくまで仮説だけど。大魔道士にしては大いなる誤算ってことになるのか……」
「私、私、グランも圭祐も大好き、私スパイじゃないもん!!」
蹲っていた実宝が、そこで顔を上げてそう言った。
「ごめん、実宝、実は言いたくなかったんだ、これは……」
圭祐は、すまなそうに実宝に誤った。
「いいよ、今の話で私も何だか納得出来ちゃったし……」
「実宝」
俺は実宝の気持を察して何か言葉をかけてあげたかったのだけど、咄嗟に何も浮かばない。
そんな俺を見て、実宝は
「たとえ、実宝がその魔法使いに作られた存在なのか、何処かの人物が記憶をすげ変えられて使われているのか知らないけど、それでも実宝の意志で、今こうして圭祐達を助けらたんなら、それでいいよ」
実宝は俺達の方を向いて力強くそう言ってくれたんだ。
「実宝……」
「さぁ帰ろう」
「圭祐、お部屋に戻ろう」
「そうだね」
「外でうろうろしてると、また何が突っ込んで来るかも知れないし……」
「そうだね。それに部屋に置き去りにして来た皆の事が気になる。あのまま放っといたらあいつら何をやらかすのか……」
「そうそう、早く帰ろう。そうだ実宝このまま圭祐の首にくっついてるね。重たく無いでしょ?」
「あ……あれ?なんか実宝の体重感じるんだけど……」
「えっそうなの」
そう言って驚いた実宝は俺の首筋から両手を離した。彼女は自分の両手で顔とか全身を触って確認し始めた。ところが俺から手を離した途端、実宝の体は実体が消滅してしまった様なのだ。
「ああーんだめ、圭祐から手離したらすぐに透明に戻っちゃいましたぁ私……」
「そうなのか……」
どうやら、実宝が実体化出来る要件と「カーマナイト・スピリッツ【KS】」を無効化出来る要件は密接に関連があるようだ。
俺は莉奈先輩の言っていた「物事は一見無関係に見えても全て必然に依って繋がっている」という言葉を想いだした。莉奈先輩はかなりのドジっ子だけどたまに借りものの言葉なんだろうけど、良い事を言う。
「よし、実宝は俺の自転車の後ろに乗って、俺の首筋とかに手を当てといて」
「はい」
「そうしておけば、さっきの仮定が正しければ、部屋に還り着くまで「カーマナイト・スピリッツ【KS】」は働かないだろう」
この場合、服の上からじゃなく、首筋と手の平の様な素肌どうしの接触の方が確実なんじゃないかと思った。
「あのさぁ実宝、背中じゃなくって俺の首筋に手を添えててくれないか?」
「はい」
実宝はそう答えた。この状態だと首筋と実宝の手が接している。
「くっつきました、圭祐、レッツゴーーーー」
俺は怪我をして痛む左足をなんとかペダルに乗せて、実体化している体重のある実宝を自転車の後ろに乗せてよたよたとペダルを漕いでマンションへの道を走って戻った。
旅客機の乗員の方達も飛び去った後、機内はどうなっているのかはわからないけど、墜落して多数の犠牲者を出さないで済んで本当に良かったと思った。
第7章 村雨千夏 に続く
とうとう章タイトルに、お母さんが登場。これって……、何かが起こる。