鞍馬莉奈 2
鞍馬先輩の来訪により、ついに圭祐、グランコンビは登校を決意する。それが学校という社会的な意味でも、異世界からの魔法攻撃的な意味でも大変困難な道のりになりことは容易に予想できた。グランは勇者だ。困難は人生の友と思っている。そして、勇気がほしくてグランを圭祐は召喚したのだし。お詫び。20時までに上げると予告しておいて、アップが遅れました。すみません。やはりつちやは予約が出来ない。
鞍馬莉奈 2
そう言いながら、俺は遠からず彼女は又この部屋にくると感じていた。
それは俺の勇者としての第六感だと言って良いだろう。
「実宝も圭祐に付いて、今度学校に行ってみたいです」
「実宝、俺に付いて来れるのかい? 部屋から出られなかったんでしょう? もし、来れるんなら付いておいでよ」
「たぶん……無理かと。実宝はやっぱりこのお部屋からは出られないんじゃないかと思います。クスン……」
「そうなのか……」
その日の夜、俺はまた夢を見た。
俺は以前の様に意識が村雨圭祐一人格だった頃に戻っていた。
僕がまだ承徳高校に入学して間もない頃だ。入学して2カ月。桜が散ってそろそろスポーツで有名な承徳高校の体育祭の準備が始まっていた。クラスはそれぞれのクラス対抗の行事の準備で忙しく成って来ていた。
当時、体育祭のマスコットを作るチームにいた僕は、ハサミやガムテープを取りにクラスに戻って来た。そこでクラスのドアを開けようとした時、3人の女子が教室の中で話している会話を漏れ聞いてしまったのだ。
「あのた……って女ムカつかない……」
「鷹乃……とか言っちゃってさぁ鷹とか付いてるからすげえ強ええ女かと思ったら、この前の生物の蛙の解剖、見たぁ」
「見た見た、あの子解剖以前に蛙見た時点できゃああああとか言っちゃって、腰抜かしてんの」
「見ちゃらんなかったよ、情けねえ」
「あんなんじゃあ、あの時もしかしてあいつ、スカートの中でチビってたりしてさ」
「言えてる、言えてる、あの後ちょっと匂わなかったぁーダサっ!!」
「こんどさぁ、皆の前で泣かせちゃわない!!」
「鷹じゃなくって雀かヒヨコ程度がお似合いじゃねえの、きゃはははっーーー」
僕のいた場所が遠くて、彼女達の話題の対象としている人物の名前は正確には聞き取れなかったけど、姓名の中に鷹とかが入っているのは僕の知っている範囲で若槻揚羽しか思い当たらなかった。
揚羽は僕と同じ東三中からの進学で中学の頃はそれなりに話もしていた友達だと思う。
僕はわざと音を発てて教室のドアを開いた。
3人の女子は、僕の方を振り向く事も無く、さっと会話の話題を切りかえていた。そのさり気無さは見事なもんだと舌を巻くほどだ。
でも僕はその時はっきり聞いたんだ。
若槻揚羽があの日、クラスの苛めのターゲットに選ばれた事を……。
それから、数日して午前中の体育の時間に無くなっていた揚羽の弁当箱が見つかった時その中に、梅干しの代わりに玩具のゴキブリが押し込められていた。昼休みの時間、あいつらが言っていた様に彼女は皆の前で大泣きすることとなった。
僕はその犯人をほぼ確実に知っていた。
しかしそれを言いだせなかった。
こんなに事が大きくなってしまった後、もしも間違えていたらそれこそ堪違いでは済まされないと思ったのだ。
揚羽に対する苛めは、それから日を追うごとにエスカレートしていった。
ある日、夕方の教室に忘れ物を取りに帰ったら、5、6人の女子が笑いながら教室から走り出して行く後ろ姿を遠くで目撃することになった。
嫌な予感がしてそっと廊下から教室に近づいて行った。その予感は的中した。
教室の後ろの黒板のすぐ下の辺りから女子の啜り泣きが聞こえてきた。僕は教室に入れずに廊下でさっとドアの影に身を隠した。なグラン身を隠したかと言えば、僕の姿を見られたくなかったからだ。誰が苛められたかはだいたいそれまでの流れで想像が付いた。
それでも好奇心から僕はチラッと教室の中を見てしまった。そこには予想どうり揚羽が座りこんでいた。彼女の長かった髪の毛が切られていた。床にその髪の毛が散乱していた。
それまで僕は、苛めと言うのは教師に咎められない程度にするモノだと思っていた。
揚羽に対する苛めはその範囲を超えていた。
後になって知ったのだが、揚羽はその時教室の後ろでいきなり後ろから何人かに抑えつけられ、目隠しをされたのだ。そして入学当初より増えた苛めのグループ十人程度に、頭の毛を切られたのだ。
全く酷い事をすると僕は思った。
その時も、僕は教師に犯人グループを告げることは出来なかった。その理由はクラスメートの事を教師に告げ口になるなるのが嫌だったのか、ごたごたの関わり合いになりたくなかったのか……僕にその事に踏み込む勇気が無かった事が原因だろう。
その事を、僕はとても後悔している。
教室の後ろで両手を床に付いて泣いている揚羽の口から嗚咽に混じって喋る言葉が僕の耳に届いた
「苛められる……苛められるくらいなら苛めてやる……苛める側に回る方が私は……」
その時僕はそうはっきり聞いた。
間違いない。しかしその対象がその後まさか男の僕に向うなんて、その時は想像もしなかったのだ。
揚羽の事件を目撃し、それから何日か悩んだ末、僕はクラスの女子の苛めグループが集まっているところになけなしの勇気を振り絞って抗議に行った。
鷹乃嶋の事をもう苛めるなと伝えに行ったんだ。
グループの全員が僕に事件の現場を見られた事が分かったようだった。僕は実際は女子の後姿しか見てはいなかったのだけど……。そう思われる事は好都合だ。
僕の話にその場に居たグループの誰も答えなかった。
皆黙っていた。僕は黙っている女子達相手に言う事だけ言ったのでその場から立ち去った。
それでも、もうこれ以上の揚羽に対しての苛めは出来なくなるだろうと思った。
思った通り、それからは眼に見えて揚羽に対しての直接的嫌がらせは無くなって行った。
その代り、男子を中心とした不良グループが僕を掴まえて嫌がらせを始める様になったんだ。
その日の俺の夢はそこで終わってしまった。
全く持って、寝ざめの良くない夢だがとりあえず俺は目覚めた。
今日が承徳高校登校再出発の第1日めの朝だ。
(圭祐、気を引き締めて行くぞ!!)
洗面所で顔を洗った俺は、鏡に向ってもう一人の俺に気合いを入れた。
『分かったよグラン!!キミと一緒なんで今日の登校はとても心強いよ。まあ、行ける気がして来たよ!!』
俺は、久しぶりの登校とあって、授業のカレンダーに合わせて教科書を用意して学生鞄につめた。ノートと筆記用具も忘れずにってヤツだ。
顔を洗って、髪の毛を整えて、服を着替えて、玄関でスニーカーを履いた。
玄関に腰かけ履いたスニーカーの紐を締め直そうとしたら、早速スニーカーの紐が切れた。その程度は予想していた事だ。想定内ってことにしておこう。気にせずもう一足のスニーカ ーに履き換えて、俺は部屋を出て学校に向って出発した。
玄関に立つと俺のすぐ後ろに、実宝が来ていた。どこで覚えたのか小さな石を二つ両手に持っている。
「行ってらっしゃい!! 気を付けて」
そう言って実宝は小石をカチカチと鳴らして見せた。
「どこで覚えたの?」
俺が聞くと、
「銭形平次だっけ……TVの時代劇です。これって火打石なんですよね? ホントは」
「そうなの?」
俺はその風習は良く分からなかったんだが、実宝の見送りが妙に様になっているのが可笑しかった。
俺が笑うと実宝も俺に吊られて、微笑んでくれた。
「無事に帰って来て下さい。圭祐」
「俺は勇者だ。危険は慣れてるんでね。どぅってことはないよ」
俺はそう言って実宝に手を振って玄関のドアを閉めた。
マンションを出ると、大通りまで比較的平坦な道が続いている。車の通りは無い。時間は朝の7時20分。電線には鳩がゴミ箱の朝食を狙っている時間帯だ。
俺は下敷きを学生鞄から素早く出して、頭の上に翳した。鳩の糞の頭への直撃をケアしたのだ。注意深く鳩の留っている電線の下を避けて歩く。朝のゴミ箱の近くの電線には数十羽のハトが下を向いて、朝飯を狙っているのが遠くからでも見て取れた。
俺はその下も巧みに迂回して素早く通り過ぎる。
此処までは今のところは、被害なしだ。
歩道の横には塀があり、その上で猫がゆったりくつろいでいる。俺はその横を通過する時、俄かに緊張した。突然飛びかかられたら、もろに顔面に打撃を喰らうからだ。
そっと学生鞄で壁側をガードする体勢で、猫の横を通り過ぎる。
幸い何事も起きなかったようだ。
この先の十字路を左折して、次の信号を渡る手順だ。何時もの通い慣れた通学路だ。
交差点を過ぎた辺りで大型のトレーラーが正面からこちらに向って進んで来た。十字路を曲がってすぐの横断歩道を渡ろうとしていた時だ。
注意深く左右を警戒して、横断歩道の上を速足で歩いている俺に向ってその大型トレーラーは真っ直ぐに突っ込んで来た。
『グラン、グラントレーラーだ!!』
(分かった!!)
圭祐に言われるまでも無くそんなのぼーと見ていたら跳ね飛ばされるに決まっている。
運転席を見ると、なんと運転手が下を向いている。朝から居眠り運転、信号無視だ。
遂に今日の本命が来たと思った。
『グラン、走って』
(言われなくたって)
『もっと、もっと早くぅ』
俺に向って30メートル程の距離で運転手は気が付いた様に顔を挙げ、正面の赤信号と横断歩道上の俺を首を上下に振って、慌てて確認する。結果から言うと寝ていてくれた方が良かったんだが。
運転席から見える彼の顔は恐怖に完全に引き攣っている。
『轢かれるよう―――――』
(このくらいはぁ――――――!!!)
俺は、運転手が覚醒して急ブレーキを踏みこんだとしても、横断歩道までにはトラックの重量からして慣性が働き停止は到底間にあわないと判断した。咄嗟に歩道に素早く引き返そうと踵を返した。
その時 トラックの運転手は焦って、ブレーキを踏みながら俺の方に向って左にハンドルを切って来たしまった。
俺は運転手の手さばきを見て、慌てて横断歩道を渡りきる方向に方向転換しダッシュした。
(こっちだぁぁぁぁぁぁ――――!!!)
その時、運転手は自分のハンドルを切る方向を間違えたことに気が付いたようで、咄嗟に再び逆方向にハンドルを切り返したのだ。年齢が上がると動作の伝達が少しづつ遅くなるようだ。
これでは俺とお見合い衝突だ。自転車程度ならまだしも大型のトレーラーとお見合いでは確実に即死だ。
(ええええええっ――――――――!!!)
まだ、マンションを出てから500メートル程しか進んでいない。こんなところでやられるのは御免だ。
俺は反対の歩道まで走り切る事を断念し、今来た歩道に戻るように足を踏みとどまった。その時、運転手は寝ぼけていたのだろうか、自分の判断が間違ったことに気が付いた様で、すぐさま左に再度ハンドルを切り直したのだ。俺は体力測定の瞬発横跳びの要領で再度逆方向に地面をキックして、横断歩道の反対側に向って走り出した。
『グラン、だめだぁ―――――!!!』
(まだまだぁ―――――!!!)
トラックは左右にケツを振りながら、車輪を交互に酔っ払いの様に宙に浮かせ横断歩道に走りこんで来る。俺は横断歩道を渡り切ってそのままスライディングの要領で反対側の歩道に滑り込んだ。
『グラン、やったぁぁぁぁぁぁ――――』
まだ、安心は出来ない。すぐに立ちあがって後方を見る。よたついたトラックはブレーキを踏んで停止すると、バランスを損ない横転すると運転手が判断した様で、そこで逆にアクセルを踏み込んだようだ。
俺のすぐ横40センチ程の車道を走り抜けて行った。そのまま100メートルほど先で体勢を戻して無事停止した。
どうやら大惨事は避けられた様だ。
俺はズボンに付いた埃を払って、歩道を学校の方向に歩き始めた。
今のは危機一髪だったがこれも想定内と言えば、想定内。
その後道路を走っている車が、こっちから見たら理由も無く、突然俺に向ってハンドルを切って突っ込んで来る事態を、常に警戒しながら、足早に歩道を進んで行った。
その時、またしてもスニーカーの靴紐が切れたのだ。もたもたしてられないと焦ったんだが
俺は仕方なく、その場にしゃがみ込んで足元の靴紐を調べてみた。その時だ。
俺の進行方向5メートルほど先にある下水道のマンホールの蓋が轟音と共に空中に吹きあがったのだ。
そんな光景は、圭祐は生れてこの方見た事が無かった。
『うっそぅーーーーここは中国じゃないよね……』
圭祐は思わずそう口走っていた。
(此処は日本だろう。圭祐がそう言ったじゃないか……)
地下にメタンガスが充満している事がある。そこに電気系統などの配線の老朽化とかが原因で火花が散ると、そのガスが大爆発を起こす事が在る。煙草の火も点火の原因に成る。
日本では聞いた事が無い事故だが、何でも爆発している大陸の中国では良くある事故だとニュースで聞いたことがある。
これはさっきあのまま歩道を進んでいたら爆風で吹き上げられて、マンホールの重量ある蓋の下敷きになっていたかも知れない。これも直撃なら即死か、重傷だったろう。
スニーカーの紐に大感謝だ。なんか、実宝が助けてくれたような気がした。
しかしこんなことでメゲていたら、学校には到底到着出来ない。
俺は気を取り直して、立ち上がり学校に向って前進を続けて行った。
そうして、遂に承徳高校の校門に到着したのだ。
(おい、圭祐遂に到着出来たぞ。お前の通う承徳高校の校門だ)
『やったね、グラン。遂にやった。僕も登校がこれほど感動する事だったなんて、かつて感じた事がない一大発見だよ』
(表にいると危険だからな。学校の中にとっとと入ろうグラン)
『どちらでも危険度は同じ気がするけどね』
(行くグラン、圭祐)
『良いよ、グラン』
鞍馬莉奈 3 に続く
学校には到着した。数々の命の危険を賭して進んできた通学路だが今日ほど目的地を遠くに感じたことはなかった。学校は目の前にある。
3時までに次ぎあげます。