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第5章  鞍馬莉奈

圭祐が登校していないことは、好ましくないと考える者は教師以外にも存在した。それは学校の秩序と風紀を守る者だった。彼女は同時に…。

 第5章  鞍馬莉奈


 俺は筋トレのカリュキュラムを強化した。毎日少しずつ……ハードに変えて行った。

 この体はまだ鈍りきっている。このままだとそれこそ20歳になると生活習慣病にでも掛かってしまいそうだ。今迄俺はこの部屋から外出すると命の危険が伴うと圭祐に言われていた。

 俺もそうかもとその考えに甘えていた。しかし行動を起こさなければ今俺達が置かれた状況は何時になっても抜けだす事など出来ない。

 先日、聞いた圭祐のお母さんの言葉が、沼の底でどんよりと淀んでいた様な俺の心に衝撃を与えてくれた。

 横っ面を思いっきり叩かれた気分だ。

 今まで俺は、この世界に飛ばされて何に対しても消極的に腐りなってしまっていた。

 そりゃ前の俺の体は何処かに置き去りだ。もしかしたら一生その体には戻れないかも知れない。この世界からだって今後出られないかも知れない。そして俺が動き回ると俺に害を及ぼす偶然が何時も待ち受けている事も分かった。

 だったらもうこの先ほとんど希望は無いんじゃないか……そう心の奥底で思い込んでいたんじゃないのか?

 しかしそれがなんだって言うんだ!!

 それでもまだ俺は生きていている。それだけははっきり分かる。

 生きてさえいれば、チャンスは幾らだって掴み取ることは出来る。

 圭祐を通して俺を信じてくれている圭祐の母さんが見守ってくれている。

 そして実宝もいる。

 彼女は特に何も言ってくれるわけでもないけど……見守ってくれてはいることは確かなのだ。

 それだけあれば俺が頑張る動機には十分じゃないか!!

 必ずこの体を圭祐に返して、俺は【セレンティウス・グランド】に自らの力で還りついてみせる!!

 その為にここで新たな戦いを始めるんだ!!

 今ここで繰り返し、新たな決意を胸に刻み込んだ!!

 

 引き籠っていた圭祐の体は少し走っても息が切れる程度の体力しか残っていなかった。

 以前の自己診断ではそんな感じだ。もし外出して歩道を歩いている時、有り得ない偶然が重なり合って次々と車道を走っている車が俺に向って突っ込んで来ても、息が上がっていてはとても避けきれるものではない。

 新しいスタートを切るには、何はともあれ体力作りが第一だと思った。

 頭の中でロッキーのテーマが鳴り響いた。その曲は無論俺の知識ではない、圭祐の記憶だ。

 部屋の中で始められトレーニング、腹筋、腕立て、ストレッチと言ったものは全て取り入れた。

 これで今まで以上に体を絞りこんで、徐々にもっと激しい運動も取り入れて強靭な肉体を作って行くんだ。

 体を作るには食べ物も考えないとだめだ。折角何時も食料を運んでくれている圭祐のお母さんには悪いけど、こんな重たい体ではまず【KS】と戦えない。

 早く走れない。

 贅沢をいう様で悪いのだが買ってきてもらう食材にリクエストをさせて貰おう。

 俺は生まれ変わったつもりで、この部屋の中で圭祐の体を絞りこんで行くトレーニングを始めた。俺が突然こんな事をやり始めたら、この体の中にいる圭祐の心はキツくて悲鳴を挙げちゃうかもしれないけど……。

 

新しいカリュキュラム、トレーニングは手始めに1時間おきに腹筋を50回、背筋を50回のペースで開始した。鈍りきったこの体にはその程度の回数でもメチャキツイ、でも堪える。ここは耐えてみせる!!

プルプル両手を震わせて、必死になって腹筋に力を入れていると実宝がふわふわ空中から海月のように漂ってきて俺の腹の上にちょこんと座った。

 彼女の体重は軽いと言うより全く重さを感じさせない。見えていても物質としての質量はまるで無いんだろうか?

「圭祐、すごい!!頑張り始めたじゃない!! それってやっぱり実宝のため?きゃ!!」

「ああっ……俺が頑張り始めたのは、実宝のため……だけではないけど、実宝のおかげかな……」

「なにそれ?分かんないよ圭祐の言ってることぉ……。

それってもしかして、圭祐おデブちゃん止めちゃうの?おデブは嫌?」

「はい、嫌です。おデブちゃんはやりたくてやってたわけではありません。俺は一から体から鍛え直す事に決めたんだ」

「実宝ちょっと寂しいかも……」

「何でぇ?」

「だって実宝、圭祐が寝てる時ふわふわしたお腹の上で、跳ねるの好きなんだものぉ……」

「それは知らなかった。でもそれは諦めてくれ。俺は腹筋を鍛えるんだ。お腹はごつごつになっちゃうだろう」

「しょぼん……わかった、実宝も応援します」

「ありがとう」

「そうこれ、玄関のドアのポストに入っていたよ」

 そういって実宝は俺に宅急便の不在表を手渡した。

「ううーん、先日揚羽に暴れられたから、あれから玄関のベルを鳴らされてもなるべく出ないようにしてるからなあ。どうしても宅急便とか不在になっちゃうんだよな」

「どうして、出ないの」

「だって、昨日の揚羽だけじゃなく他にも誰か招かれざる客が来たら厄介だろう。それにもし圭祐の母さんだったらベルも押さずに構わず入って来るからベルとか気にする必要ないし……余計な人と関わりたくないんだよ。もしかして訪ねてくれた人が良い人だったりしたら、その人に迷惑を掛けてしまうかも知れない……俺は」

「そうなの……?」

「そう考えるくらい「カーマナイト・スピリッツ【KS】」ってやつは厄介なんだよ。周りにも酷い迷惑を及ぼすかも……」

「ふう―ん」

 俺が腹筋をしながら、実宝をお腹に乗せて汗を流していると……

 ピンポーン、ピンポーン

 と玄関の呼び鈴が鳴った。

「あっ宅急便屋さん来たかな?」

 俺は玄関のドアまで素早く移動して、何の疑いなくドアを開けた。キイチェーンが掛けたままなのでドアは少し開いただけだ。

 そこには揚羽と同じ承徳高校の制服を着た見慣れない少女が、立っていた。

「物事は一見無関係に見えても、全て必然に依って繋がって在る……」

 その少女は俯き加減で聞き慣れないお経の様な言葉を小声で呟いている。

 厳密に言えば、彼女に圭祐は多少見覚えがあった。

 しかしそれは知り合いという程ではないのだが。

 圭祐は彼女に学校の廊下、校舎裏などで1、2度注意されたことが記憶にある。

「苛められるのは、苛められる方にも80%責任が在る。50%は喧嘩両成敗、後の30パーセントは自分で何とかしようとしないで、状況に甘んじている弱さだ!!」

とか、言われたようだ。

 俺もその意見には基本的に賛成だが、そう言われた頃は俺が圭祐に入っていたわけじゃないので、彼はそんな事いきなり他人から言われてもどうとも出来なかっただろう。

突然、そんな事指摘された圭祐が、可哀そうだ。

 彼女は口の中で何をぶつぶつ呟いているのか、俺はすこし気になったのだがそれとは関係なく、こいつに関わる事はめんどくさそうに思えたのは勇者としての直感だ。

 昨日の揚羽の例もあり、俺はそそくさとドアを閉めようとした。

「あっ宅急便じゃなかったんだ。じゃ、そういう事で」

 俺がドアをサッと閉めようとすると彼女は俺の眼を見て、すかさず言葉を繋げた。

「村雨君、キミはなグラン今、自分からドアを開けたと思う?」

「えっ?自分の部屋のドアだから?」

「そうじゃなくて!!」

「俺しかここにいなかったから?」

 俺はこの少女にまともに話を返さない様に意識的にはぐらかそうとした。

「もういいわ!!

教えてあげる。私はこの部屋を取り囲んでいる閉鎖結界に僅かな綻びを見つけたの。それを手繰って、今このドアを君自身の手でに開けて貰ったわ」

(もう……、何を言っているか分からない?彼女は……)

『つまりこうゆう事?彼女が言いたいのは……今 俺がドアフォンを聞くと、宅急便と間違えてドアを開ける……その事を彼女は事前に知っていたと……』

(いや、偶然だ!!

断言する。そう、それはほんの小さな偶然に過ぎない。

それにもっともらしく理由を付けてるだけさ)

 こう言った訳の分からない人とは関わらない方が良いと、前の世界にいた頃からの俺の経験が教えてくれている。

(そう、彼女に何か力があったとしてもそれはたぶん、俺の世界の魔術師見習い程度の力に過ぎないだろう……。だって今までネットで調べてた限りこの世界には魔法は存在してないんだから……)

「今、忙しいんで」

 俺は、彼女の話をこれ以上取りあわないようにした。

 俺がそう言って、とっととドアを閉めようとしても、彼女はドアの間に靴を挟んで構わず話続けた。

(悪徳セールスマンかい、こいつはぁ!!)

「【喫茶去きっさこ】という言葉、知ってる?」

「何ですかそれ?近所に出来たサテンとか?」

「訪れた者、誰にでも分け隔てなくお茶を勧める心を言っている禅の言葉です。さて落ち着いて、中でお茶などいただけませんか?」

「いただけません。残念ですが!!」

 俺は何とか靴を押しだそうとした。

「あら、村雨君、なんだか顔が痩せこけてきたようね?

 悪い病気?それとも別人かしら?失礼ですが承徳高校の村雨君ですか?」

(なんかとっても嫌な所を突いて来る人だなぁ)

「失礼だな貴方は。シェイプアップしてすいませんね。俺は圭祐の兄でも親戚でもありません。村雨圭祐本人に間違いはありません」

「そう、そうだったの。以前から癖だった引き籠りも今は深刻そうね」

「貴方は誰なんです?」

「私は 鞍馬莉奈、承徳高校の3年生で教務の生活指導補佐、風紀委員長をしています」

 莉奈と名乗った生徒会長はきりっと結んだ口元に笑みなど一切浮かべず、眼鏡の奥から刺さるような鋭い視線で僕を睨みつけている。

 彼女の口から発せられる声に親しみの感情はまるで感じられない。その言い方は俺を威嚇するように上から目線にしか聞こえないのだ。尊大な態度を取られるのは嫌な感じだ。

「その風紀委員の封天寺さんがどうして俺の部屋に?」

 俺はドアを押さえられて仕方なく当たり前の質問をした。

「貴方の事が、心配で……では、おかしいかしら?」

 そう彼女は言葉を返してきた。

 莉奈と言う3年生は見直すと、腰まではあろうかというさらりと艶のある黒髪を背中の辺りで一つに束ねている。色白の日本人特有の肌の色だ。顔つきは純日本人と言った端正な卵型をしている。外見の印象は大和撫子タイプの美少女なんだろうが、性格が一方的で押しつけがましい感じがまったくもって好きになれない……。

 僕は仕方なく言葉を続けた。

「俺の事、少し知っている様だけど以前 俺学校で貴方に会った事ありますか?」

俺は、彼女が圭祐の学校生活をどの程度深く知っているのか気になった。

 そこで聞いてみた。

「知ってますよ。日頃から登校拒否や校内トラブル発生の可能性のある生徒は私 観察は怠りません。それが生徒指導補佐の仕事です」

 莉奈はきっぱりとそう答えた。また耳に痛い事をさらっと言いのける人だ。

「そっそうなんですか、それで僕は学校にいた時は……そのぅ問題の発生しそうな生徒というチェックだったので?」

「村雨君が不登校になって2ヶ月経過、段々出席日数が進級に切迫して来て、残念なことに今日こうして私がここを訪問する程まで問題は深刻化してしまったのです。どうして来ないんですか?」

「あっ嗚呼……学校に行ってない理由、それはですねぇ……話せば、すこし長い訳があるんです」

 俺が頭を掻きながらそう言うと、すかさず彼女は身を乗り出して問いかけてきた。

「そうですか!! その分け是非キミから直接伺いたいです、私!!」

 真っ直ぐに俺の眼を見上げる莉奈の視線に戸惑いながら、俺は次の言葉を探した。

「あ、あっそれは今度お話しますから、今日の所はお引き取りを……と言うかもう少しシェイプアップしたら俺、必ず学校行きますよ。ホント、最近その気になってきたところなんです。」

俺は引きつった笑顔で、右手でガッツポーズをしてそう答えた。

「そう……ですか。それではもう少し待ちましょうか?」

 莉奈先輩は意外にあっさりと俺の提案を受け入れてくれた様だ。

「そうして下さい。ご理解ありがとうございます」

「私は理解などしていません。期日を言って下さい、登校日の」

「は、はい……」

(おい、圭祐、遂にその日が来たって感じだよ。学校に来いってさ)

『まだ、無理だよ……急に言われたって……』

(きっかけが大切だ。風紀委員に言われて登校するのは少し癪だけど、行こう圭祐!!)

『分かったよ、グラン』

「もう一度言います。登校は何時から?」

「明日、明日行きます」

「そうですか!!

 確かに聞きましたよ。私が来たかいがあったみたいです。

 それとは別に、少しだけでも様子が分かって来ました。貴方の部屋の……」

 そう言った莉奈先輩の表情はそれまで以上に真剣さが加わっていた。

(えっ?今の何か気になる思わせぶりな事言わなかった?……)

「ははい……今何か言いましたか?」

 俺は慌てて、そう問い返した。すると彼女は普通に聞くと意味不明な事を喋り始めた。

「今、このドアの僅かな隙間から、危険な気配が漂って来ています。引き籠って淀んだ空気に悪気が溜まっている気配です。それは私が少し猶予しても変わらないでしょう……むしろ増大してしまう危険を秘めています。不登校の末、村雨君は何か良からぬモノを呼び込んでしまったのかと思われます……」

「はぁぁえっ?」

「分かり易い喩を言います【莫妄想まくもうそう】です」

「全然わからないんですけど……」

「妄想を繰り返して悩む事は無意味だという言葉です。今の君を指した言葉です」

「えっ……そうなの?」

「失礼!!」

 莉奈はそう言って、ドアを押さえていた左手を離し、自分の靴をドアの隙間から引き抜いたのだ。

 俺は彼女の手とかをドアに挟まない様に気を使いながら、そっとドアを閉めた。

 

 そして大きく深呼吸をした。またおかしな人が来たと思った。


「何だい、今の莉奈ってヤツ、感じ悪―――!!」

 部屋の中のどこからか実宝の声が聞こえた。

「オイ、実宝、どこに居るの?」

「はーーーい、ここですぅ」

そう言って実宝が俺の頭上に現れた。

「何で隠れたりしてたのぉ?」

「だってぇーーー。いまの人なんですかぁ?

 まるで刑事が容疑者を探してるみたいな……疑惑を込めた眼差しみたいじゃないですかぁ?」

 実宝は完全に莉奈の態度に不快感を露わにしている。

「実宝から見てもそんな感じに見えたかぁ?

 俺もかなり変った風紀委員に見えたけどね……」

「今の人の直接の殺意は圭祐を通り越して部屋の中に向けられてましたから」

「殺意だってそりゃぁ穏やかじゃない……俺は勇者の感が鈍っちまったのかな?殺気までは感じなかったよ。

 でも、勇者の俺が相手の発する気の程度が分かんない様だと、だめだなぁ。鈍ったのかなぁ。

それであいつの狙いは実宝なのかい?」

「分かりません、私こそ彼女には完全初対面です。なんで殺意を部屋の中に向けるのか……」

「それってあいつ、実宝の事見えてたって事?実宝は封天寺さんにも見えるんだ」

「私、ドアが開いた時、既に隠れてましたからあの人からは……見えなかったと思いますよ」

「それじゃあ、中に誰かいるのか分かんないよね?」

「だって他にはこの部屋の中にいるのはあと……ピーちゃんくらいよ。ピーちゃんはないでしょう。さすがに」

「圭祐、実宝は人に恨まれる様な事してません。前の世界では悪い人達から苛められたりしてましたけど」

「まあ、もう風紀委員とかこの部屋に来て欲しくないよな。あの莉奈って子は特に……俺は学校に登校するって言ったんだからもうそれで文句ないでしょう」

「そうですね」


 鞍馬莉奈 2 に続く

グランは思った。地球人の脆弱な肉体で異世界の魔王の遠隔魔法を凌ぐだけで、はっきり言って精一杯。こちらの世界の都合を言われても対処は大変難しいです、と。次のアップは20時頃です。昨日に引き続いて台風の雨がひどいですね。みなさん、外出にはお気をつけて。2016年9月20日早朝。

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