実宝(ジッポー) 2
実体のないかわいい声の少女、ジッポー。彼女の姿が見えないのはどうも。それが驚いたことにずっと以前から圭祐の部屋に居たらしいのだ。その彼女の姿が遂に……。
第3章 実宝 2
「……うん、わかった」
急に実宝と名乗るその声はモノ分かりが良くなってきたのか、そう答えた。
「分かってくれた!!」
「その悪魔は本当にいるんだね、実宝信じる」
「ありがとう」
「だからもうくよくよしないで、実宝が近くにいてあげるから、何時もお話相手になってあげるから、元気出して圭祐」
「ありがとう、ありがとう実宝!!」
『なんかこの声だけしか聞こえない、姿の見えない実宝っていう娘、すげー優しいし、僕らの話を素直に聞いてくれる良い娘みたいだね。オマケに僕の事好きって言ってる』
圭祐がそう言った。
『こんな娘に近くにいて貰ったら、どんどんやる気が湧いて来るかも……』
(いや……ちょっと待て)
俺は圭祐にそう言った。
(この状況って俺からしてみるとなんか、出来過ぎた話じゃねえ?
学校に行かず、部屋の中に引き籠っている高校生のお前のとこに、傍から見ると二重人格にも見える勇者の俺が現れ、その俺が自分の事を異世界の勇者だと説明し、それを聞いて、マジで信じてくれる声だけの娘が都合よく部屋の中に現れて来る……か?)
俺はこの事態の不自然さというか都合よさを圭祐に説明した。
『そう言われてみれば……ちょっと都合が良いかも……』
(そうだよ。俺が言いうには明かに出来過ぎの展開だろう。声の主は、やっぱり俺や圭祐の妄想、エア彼女なんじゃないかなあ)
俺は恐れている仮説を心の中で再度圭祐に問いかけた。
「実宝はエア彼女とかじゃないよ、ホントにここにいるもん」
俺も圭祐も実宝の一言にビックリした。
(あああああ――――いま俺、心の中でしか呟かなかったのに声が答えた!やっぱり心の中の妄想……)
「だって、実宝、圭祐の心の声とか結構聞こえ事あるんだもの」
実宝と名乗るその声は意外な事を平然と言ってのけた。
「それ、ほんとかぁ?」
「ホント、ホント」
(軽い……如何にも軽い返答だ……怪しい……エア彼女と言う疑いの怪しさが増すばかりだ)
「軽くないよぉホント、ホント!!」
「わかった、俺は信じるよ、実宝が俺の作った妄想とかじゃ、あんまりにも悲しいもんなぁ」
俺は彼女にそう認めることにした。
ほぼ根負けしたと言っても良い。
「そうだよ、実宝も悲しいよ、やっと圭祐とお話しできたのにさっ実宝の存在を疑うなんてさぁ。今までずっと、ずっと……
愛してるよ!! 圭祐」
実宝の声は少し寂しそうだった。しかし自分でそのトーンを打ち消す様に……
「それに……でもでも、安心してぇー、実宝ポッチャリでも嫌いじゃないから。むしろ好みかも……うふっ可愛い可愛いよ、圭祐は。例えるならぁ……実宝の住んでいた宮殿にいたペットのピグに似てるの。ピッグは仔ブタちゃんなのね。雄なの。去勢はまだなの」
どこからか聞こえてくるその声、今のその一言で僕は顔が耳まで真っ赤になった。
「いっいっいったい、だっだっだっだっ誰なんだぁー実宝とか言ったけど……?
いきなりなに言いだすのぉ俺をブタに被せるなぁ!!
……ってペットのブタに去勢とかする必要はあるのかい?」
それまでしゃがみ込んで、黙って声の話を聞いていた俺は、持てる腹筋の全ての力を使って瞬時に立ちあがった。
そして声のする方を振り向いた。
そこで思いっきり使った足のバネと腹筋は明日の午後辺りには筋肉痛を起こしそうな程だが、そんな事は今はどうでもいい。やはりそこには実宝の姿は見えなかった。
「実宝……? 実宝?」
俺は彼女の名前を呼んでみた。さっきまであれほどはっきりと答えて来た声が、突然聞こえなくなってしまっていた。
「どうしたんだろう……ほんと一時の気の迷いって言うか俺の妄想……?」
周囲を何度見回しても、実宝は俺に答えてくれなかった。しかも気配さえ消えていた。
俺はベットに飛び乗って毛布にくるまった。頭が混乱して来たのだ。
(寝て起きたら何か事態が改善されてるかも……)
と、根拠のない期待で眠りに着いた。
眠りから覚めた俺は気が向いたんで風呂に入る事にした。元々圭祐は清潔で風呂好きな人間だ。俺は長く荒野を旅していたので風呂は無ければ無いで我慢できる体質は備わっている。無論入れるのなら毎日でも入りたい。風呂は俺にとってこの上ない贅沢品なのだ。
『グラン、風呂が沸いた時間だ。入ろう』
「おおっ良いねぇ今日もお風呂に入れる幸せってヤツだ」
そう言って俺は脱衣場で、テキパキ衣服を脱いでバスルームに入ろうとした。
その時、昨日と同じ気配の存在に気が付いた。
(あの実宝と言う声の主だ。今日も近くに現れたようだグラン……)
『圭祐、昨日の声の主の気配がするのかい? 同じヤツか?』
「ああっ俺のすぐ後ろからだ」
『風呂に入って来るのかなぁ?僕 裸見られるのって恥ずかしいなぁ』
「よせやい圭祐、恥ずかしいもんか。居るのか居ないのか分からない相手の事なんか何にも気にするこたぁないよ、全然。とっとと風呂入ろう」
『そうかぁでもその子風呂の中にもし、入って来たらぁ?』
「まぁどっちでも良いよ。あっちから声を掛けて来ない以上、それも気にする事も無いだろう。だって声だけなんだろう実宝って子は。声は可愛いけどもしかして実体は怨霊みたいな姿だったらどうする、圭祐?」
『止めてよ、そうでなくたってなんか怖いんだからぁ』
「ごめん、ごめん」
『だけど……声だけって事になると本当に何かがいるのか、僕らが作り出したエア彼女なのか分からなくなってくるよね』
「そうだけど、確かめる方法なんて今は無いだろう」
その時、圭祐が何かを考えた様だ。
『グラン、ちょっと思い付いた事がある。上手く条件が整えば風呂場で試してみたいんだ』
「そうか、少しでも分かる方法があるんならやって見ようじゃないか、圭祐」
俺は圭祐の思い付きを敢えて聞かなかった。それは昨日の声の主の言葉を信じるのなら、俺達の心の声も少しは聞き分けるって彼女は自分から言っていたからだ。
俺は風呂の蓋を丸めて取り、体を桶にくみ取ったお湯で流してから湯船をその桶で勢いよく掻き混ぜ初めた。圭祐がそうして見ろとアドバイスしたからだ。
すると風呂場の室内温度が低かったせいか、バスタブから大量の湯気が立ち上ってバスルームを水蒸気で満たした。
『グラン、あれ!!』
そう言う圭祐の視線の先には風呂場のドアの内側湯気の中、その湯気に切り抜かれた様に若い女性のボディーラインがはっきりと浮かび上がっていた。
「おい、おい、おいっあれって昨日の実宝って言う子かい?」
俺は驚いて圭祐にそう聞いたのか、彼女に声を掛けたのかなんとも曖昧な喋り方をした。
「はい、私がここにいるの分かりますぅ?」
そう言って湯気の中に浮かぶボディラインは俺に手を振った。
『ああ、実宝の体の形に合わせて湯気が抜けてるからね』
俺は声を落ち着かせて、気持ちの動揺を抑えてそう答えた。透明人間みたいだ。
「わああああ――――い、私がここにいるの圭祐にわかるんだぁ嬉しい―――――!!」
そのシルエットラインは手をバタつかせて腰をくねくね捻らせ自分の存在をアピールしてみせた。
「素晴らしい……なんて美しいボディーラインだ」
俺は彼女の均整が取れたそれでいて胸は並外れて大きいボディラインに見とれて思わずそう口にした。
「どうもぅ」
と実宝。照れているのか、喜んでいるのかわからないが声ははしゃいでいる。
「実宝、一応聞いた見るけど今はオールヌードなの?」
「そりゃぁバスに入るんだから全裸ですよぅ私も」
「恥ずかしくないの?」
「圭祐に見られてるんなら、恥ずかしいですけどラインが湯気で分かる程度ですよね。それなら実宝問題なしです」
「なんで入って来たの、風呂に」
俺は彼女の行動が今一分からないんでそう聞いた。
「えええーーーと、えええーーーーと、実宝も一緒にお風呂入れるかなぁとか思って」
「そうなのぅ?」
「実宝 出来るなら圭祐の御背中とか流してあげたいんです」
「実体が見えないのに、背中なんて流せないでしょう。」
「やれます。やる価値はあります。努力と根性です」
「そう、それならこのタオルでやって見て」
「はい」
そう言って実宝は俺が差し出したタオルを透明な手に持った。風呂場にもし蒸気が発ってなければタオルは空中に浮遊しているようにしか見えなかっただろう。しかし今回は実宝はタオルを空中で持つ事が出来た。
「持てましたぁ実宝は。それでは圭祐後ろを向いて背中をこちらにぃ」
実宝の指定に合わせて俺は風呂場の桶に座って背中を実宝の居る方に向けた。
圭祐の意識は恥ずかしいと思ったのか心の奥に引っ込んでしまった。
(せっかくだから流してもらう感触を俺と一緒に味わえば良いのに)
と俺は圭祐の意識に語り掛けた。圭祐は答えない。
「こんな感じですかぁ」
実宝はたどたどしい手付きで俺の背中を擦り始めた。俺は自分以外の女性に背中を流してもらうのは全く初めての経験だった。無論圭祐もそれは同じだろう。
「良い感じだぁ―――気持ち良い」
俺はそう言った。
「ハイ、私も感動です。こんな形で初めて圭祐と触れあえるなんて」
「とっても気持ち良いよ、ありがとう実宝」
俺は素直に感動してそういった。こんな時圭祐のヤツは黙っているつもりなのか。
実宝がタオルにボディーソープを付けて背中を擦ってくれている感触はとても心地いい。ゆっくりした手の動きから彼女の優しさが伝わってくるようだ。
そんなに力は入っていないのだが、ちょこちょこ動く手の動きが可愛らしくて何とも気持ち良いのだ。 首筋から背中の鎖骨辺りを擦ってくれたタオルは右手の肩から二の腕辺りを擦りはじめていた。実宝の体はかなり俺の体に密着して覆いかぶさっているのだろうか?
背中に何か当たるモノがあった。柔らかくて微妙な感触だ。
(これって……もしかしたら……胸の敏感な部分……)
「はぁ―い、左の腕も洗いますよう」
実宝はそう言って、俺の背中を擦る作業に一生懸命になっている。
(あれっまた背中に柔らかいモノが……ぽちっと柔らかいのが当たった……)
俺はそう感じて、ふっと顔を上げ眼の前の浴室の壁に付けられている鏡を正面から見た。鏡は多少湯気でぼやけているが、そこには俺の後ろから背中を擦っている裸の若い女性の姿がクリアに映し出されていた。頭から肩の辺りまでだが、実宝の姿はなんと今鏡に写り込んでいる。
「実宝……」
俺は驚きのあまり、自分の声が震えているのが分かった。
「ハ――――イ、何ですか?」
そう答えた実宝は顔を上げて俺の方を見た。その時実宝も鏡の存在に気付いた様だ。
「きゃっ!!!」
そう言って実宝はタオルを手から落とすと、一瞬にして姿を消してしまった。
「圭祐ぇ――――見ましたぁ」
「今、気付いたんで、あんまり見てない。でもごめん」
「あああーーん、恥ずかしいですぅ――――」
「一緒に入りたいって言ったの実宝の方だよ」
「だけどう、だけどぅ心の準備ってもんがぁ―――――」
そう言ってまた実宝の気配は何処かに消えてしまった。その時圭祐の意識が顔を出した。
『彼女、見たことある。しかも今日と同じ全裸で、この場所でだ』
(なんだって、それってジッポーの裸見たの2回目って事かい?)
俺は損した気がした。
『だってその時は、声は聞こえなかったし、バスルームに出るお化けかと思ってさ』
圭祐が弁解っぽくそういった。
『あの時も、鏡に映っていた。直接本人の方を見たら、姿は見えなかったかもしれない。でもお化けなんかじゃなかったんだね』
圭祐は思い出しながら、そう言葉を続けた。
俺は風呂から出て、髪の毛を乾かして、服を着替え気持ちを落ち着かせて、ベットの自室に戻った。さっきの実宝との接触はとても中途半端な感じが残っていた。それをなんとか彼女と話して解消したいと思ったのだ。
そこで実宝の気配が何時もしている方向に気持ちを集中してみた。さっき見えた女の子の姿をもう一度見たいと心の中で強く念じたのだ。
そうして意識を集中して眼を凝らすと今まで誰もいなかったはずの空間に薄らとだが……少女が出現していた。少女はメイドの様な服を来ていた。
その少女はキョトンとした顔で両手で口を押さえている。
その少女の姿は徐々にはっきりと見える様になって来た。俺はぽかんと口を開けてその方向を見つめていた。
「圭祐……見えるんだ……私の事………」
ベッドにちょこんと座っている華奢な少女は、14歳程度の年齢だろうか。
美しい金髪を水玉模様の大きなリボンで結って短めのツインテール、所謂ピッグテールにしており、服はウェイトレスの制服から布面積を減らして肩や胸元やへそが見えるような格好をしている。スカートも超ミニスカだ。
「見える……見えるよ、君の姿が……ずっとそこにいたのかい?」
「そうだよ。でも実宝ベットにずっと座っていたわけじゃないけど、さっきはお風呂場にいたし」
「そこは聞いてない」
「そうだよね」
俺はつい出現した少女の全身を上から下までじっと見つめてしまった。
『グラン、女の子をそんなに正面からじろじろ見つめちゃ失礼じゃないか? でも彼女は以前バスルームで見た子だ。間違いないよ』
圭祐がそう言った。
「実宝のこともっと見て良いよ。ううん、見てほしい。今までずっと圭祐からは見えなかったんだから。実宝の姿をはっきり見てほしいんだ」
実宝はそう言って、ベットから降りて、スカートの裾を持ってくるっと軽快に一回りして見せた。首を傾げてニッコリ笑っている。
実宝は幼そうな顔立ちに比して胸はありそうだ。所謂『ロリ巨乳』と呼ばれている体型のようだ。これは圭祐の知識だ。
なのでどうしても胸に視線が奪われがちだが、正直胸よりも気になるのは彼女の『耳』だ。彼女の耳は人間のモノよりもかなり尖っており、俺達の世界で言う属に『エルフ耳』の形状をしている。
少女はうっすらと笑みを浮かべながら、自己紹介を始めた。
ジッポー。彼女が自称するには異世界のかの国の王女様らしいのだが、彼女の過去にはいったいどんなことがあったのだろうか?