ヴェロニカ Ⅱ ――、動く ④
ラキシス達一行は、指定された採掘場所へ向かう途上で、ドーム状に少し開けている場所に出た。
そこから五方向へ坑道が分岐している。
レニーが地図上で一番長く伸びている坑道を指さした。
「ここが俺達の目的地だ。とすると、あそこの坑道だな」
五本ある坑道のうちのひとつを見やる。
「俺がこの間もぐったのは、こっちだった。毎回採掘場所は変わるのか?」
ガイが別の坑道を示して尋ねる。
「近頃は以前よりヴェロニカ全域で魔物の個体数が多くなって、新たに坑道を掘り進める作業はストップしてるのよ」
アリエルの言葉に、レニーとガイの表情が一様に曇った。
「……そりゃ、厄介だな」
レニーの嘆息は無視して、アリエルは話を続ける。
「だから最近もぐった場所は、めぼしい彩剛石はとりつくしちゃってる可能性高いじゃない。もぐるからには街から決められたノルマ分は、最低でもとらなきゃいけないし」
(……これは思っていた以上に、大変みたいだ……)
三人の間にただよう不穏な空気にラキシスは、イヤな予感がしてきていた。
――不幸体質の自分が請けおった、初仕事……
フィーがしぶっていたのも、うなずける。
「……彩剛石の値段がやたらにバカ高くなってるのは、こういう事情か……」
「ここであれこれ言っててもはじまんねえしな。とっとと終わらせよう。――行くぞ」
地図をたたんで懐にしまい、レニーが皆をうながす。
レニーの後に続き、一行は採掘場所に指定された坑道へと進んだ。
――坑道の突き当り。
アリエルの彩剛石の探索は、予想以上に時間がかかっていた。
そうとう、苦戦しているようだ。
彼女が彩剛石の眠っている場所を見つけるまで、ラキシスとフィーはすることがない。
(……どうしよう? 今訊いてもだいじょうぶかな? 一応今も、仕事中なわけだし……)
ラキシスはしばらく逡巡したあと、坑道口寄りの位置で見張りに立つレニーに、思いきって気になっていたことを尋ねてみた。
「ああ、これね。あっちじゃ、こんな剣、ありえないからな」
そう言うとレニーは、鞘ごと剣を手に取った。
ゆっくりと、剣を抜く。
鞘から刀身が現れた刹那、ラキシスの目に剣をつつむ深紅の淡い光が映った。
――が、すぐに消えてしまった。
そして、――ラキシスは、息をのんだ。
レニーが刃先を、自身の左手の親指にあてたのだ。
――ゆっくりと、横にひいていく。
息をつめて見守るラキシスに、レニーは左親指をつきだして見せた。
――――切れてない。
見間違いじゃない。たしかにレニーはラキシスの眼前で、自分の指を切ってみせたのだ。
(……そんな……)
ラキシスがレニーの指を見、剣に目を向けたとき、レニーはさっと剣を引き寄せ鞘にしまった。
「……言っとくが、俺以外のやつが同じことをやったら、指なくなってるぞ」
「俺は魔道士じゃねえし、どうしてか、なんてわかんねえよ」
レニーは鞘に納めた剣を、ラキシスによこした。
(……重い)
受け取ったレニーの剣は、見た目よりずっと重い――
「この剣に使われてる彩剛石と、俺は相性がいいんだそうだ」
「……相性?」
「ああ。相性がいい人間が使えば、剣は最大級の威力を発揮する。……さっき見たろ」
「はい。ほんとにすごい! 鮮やかでした」
レニーがにやりと笑う。
「武器との相性って、使いやすいかどうかってことだと思ってました……。でもレニーさんの言う相性って、なんだかそういうのとは、違ってるみたいな気がするんですけど……?」
「剣に、好かれてるかどうか、ってことだろうな」
「…………剣に?」
思いがけない答えにラキシスは、レニーの剣をしげしげと見つめる。
「他のやつらは、<剣に選ばれる>――って言い方をする。最初聞いた時は、そんなの冗談じゃねえ、胸くそわりぃって俺も思ってたさ。ところが実際に、こうしてこいつを手に入れて、使っているうちに現金なもんで、他の剣なんて考えられなくなっちまった」
――それはそうだろう。先程のプテラとの戦いで、レニーとガイの剣の差は、歴然としていた。
(……こんな剣があったら……)
「その選ばれるって、……たとえば岩に刺さってる剣を抜けるかどうかって見極めるんですか?」
「…………」
ふいにレニーが黙り込んでしまった。
(うわ! こんなこと聞いて、やっぱ分不相応だって思われたよね! 駆け出しのひよっこが身の程もわきまえず、欲しがってるって……)
恥ずかしさで、ラキシスの体温がいっきに上昇する。
レニーの剣を持つ手がじっとりと汗ばみ、よけいにラキシスをあわてさせた。
「――ここでは討伐が、なにより優先される。せっかくの苦労して作り上げた貴重な剣だ。数も限られてる。剣が使い手に選んだ人間の、実力とか金があるかなんて関係ねえ。採算を度外視しても、そいつに持たせるように図ってくれる」
レニーは独り言のようにそう言うと、ラキシスのほうへ手を差し出した。
……ラキシスの左手は、たいまつでふさがっている。
汗で濡れてしまっている剣を、ラキシスはしかたなくそのままで、おずおずとレニーに返した。
「そういや、ラキシスのその剣はどうしたんだ? 誰に見立ててもらったんだ?」
剣を腰にもどしながら今度はレニーが、ラキシスの剣についてふれてきた。
「はい、これはギルドで先生だった、ゲルトさんに相談して――」
「ゲルトが、先生?」
レニーの声がはねあがり、少し離れたところでふたりの会話を聞いていたガイの顔が、驚愕で硬直した。
「……そりゃ、なんだ……。そいつは、ラッキーだったな」
「はい! とても良くしていただきました」
素直に喜色を浮かべ答えるラキシスに、レニーはひきつった笑みを浮かべる。
――思わず上目遣いになったレニーは、ラキシスに聞こえない、小さな声でつぶやいた。
「……俺は、まっぴら御免だけど」
ずっ……
……ずずっ……
ラキシスの剣は、小柄なレニーの胸のあたりまで届く長さがある。
レニ―はラキシスの剣を、鞘をしたまま値踏みするように軽く振った。
「長さもあるし、けっこう重いな。大変だろう? これを振り回すのは……」
今度はラキシスが、驚いた顔をした。
「……重い、ですか? 僕、長剣はどれもだいたいこの位の重量があるんだろうと思ってました……。ゲルトさんが用意してくれた他の剣とそんなに重さ変わらなかったので。むしろ他の剣のほうが、それより短いのに重さが同じくらいだったんです。刀身の幅と厚みが違ってたせいでしょうか?」
「……へえ……」
「たしかに長いのは大変で、……剣に振り回されてます。でもゲルトさんが、僕にはこれが、一番扱いやすいだろうって薦めてくれたので」
――ガイが腕組みをして、首をかしげる。
「扱いやすい……?」
レニーの唇の片端がひくひくと上がった。
「…………ま、ヤツの基準だからな……」
<ゲルトと、ラキシス>
このふたり。――案外いい師弟コンビかもしれない、とレニーは思った。
ずるり……