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ヴェロニカ Ⅱ  ――、動く ③

 彩剛石採掘の一行は、ヴェロニカ湖のほとりにある坑道口付近の番小屋にいた。

 小屋には採掘のある時だけおかれる張り番がふたりいて、レニーが代表して彼らと入坑の手続きをしている。


 ――フィーはずっと伏し目がちで、浮かない顔をしている。――心ここにあらず、といった様子だ。

 <仕事>をして報酬を得る――魔導士長も鬱陶しいくらい言っていたことだが、フィーにはそれがどうもピンとこないようだった。

 昨日フィーに今回のバイトの説明をしていた折に、ラキシスはそう再認識した。

 第一世代だからなのか――

(……僕がひとりで決めちゃって)

 やはりフィーのことは、ちゃんと彼女自身に確認してから決めるべきだった……

 後悔先にたたず……なのだが、そんなふうにフィーを気にかけ反省しながらも、憂いをおびたその風情についつい魅せられてしまっている自分がいる。

(……サイテーだよなぁ……)

 自らの知らなかった一面に気づかされ、ラキシスの自己嫌悪は深くなるばかりだった。


「お待たせ。坑道の地図を借りてきた。しっかし、しばらく留守にしてる間に増えたよな~。前は地図なんかなくても平気で行けたのに」

「それ、いったいいつの話よ? ところで、わたしたちが今日もぐる予定の坑道はどれ?」

 レニーを中心にして、アリエルとガイが集まり地図を見ながら話し合っている。

 小屋までの道中、そしてここでもラキシスが奇異に感じたのは、三人のなかで一番年少にみえるレニーが、集団を仕切っていることだった。


 ――その答えは程なくして、坑道で得ることができた。


 露天掘りで椀状にあいた穴から鉱床に向けて、地中に坑道がのびていた。大人が片手を伸ばしたほどの高さと幅のある横穴が続いている。

 硬い岩盤を削りとったあともなまなましい坑道の深い闇のなかへ、ラキシス達はたいまつの灯りと番小屋で受けとった地図をたよりに踏み入った。

 ――ひんやりと湿っぽい空気がまとわりつく。

 先頭にレニー、アリエル、ラキシス、フィー、ガイの順に並んで、湿気に足をとられそうな悪路を進んでいく。


 坑道にはいって間もなく。

 ――漆黒の闇から一対の小さな火の玉が現れた。――とみる間に火の玉は増殖し、けたたましい羽音をたてて黄色い牙をむき出しにして襲ってくる。

 一行を、蝙蝠によく似た魔物の群れが襲った。

 ――プテラだ。


 アリエルがラキシスとフィーを壁際に誘導する。アリエルは持っていたたいまつをラキシスに預けるとふたりに背を向け、かばうように立った。


 プテラの最大の武器は、牙だ。神経毒があり、なかには獲物を噛むと同時に吸血する種族もあるという。


「そんじゃ、やるか」

「おう」

「まかせたわよ」

 緊張を顔にはりつかせたラキシスとは対照的に、レニー達三人には余裕があった。

 不規則な動きで飛来するプテラを、先頭のレニーが迎えうち、討ちもらしたものをアリエルの前に出て来たガイが引き受ける。


 ラキシスは、魔物を見るのも、魔物と人との戦闘を見るのも、これが初めてだった。


 一撃だった。

 レニーの動きには無駄がない。ぎりぎりまでプテラを引きつけ、バゼラードを一閃する。


 ――プテラの身体が、霧散する。

 次のプテラも。その、次も……


『プテラの急所は、首にある。その一点を、正確にとらえることができれば、仕留めることができる』

 ゲルトの言葉が、脳裏によみがえる。


 ――仕留める、とは、こういうこと……


 ここは坑道だ。なのにふたりは、少しも不自由を感じさせない動きで、かわし、切り払い、次々とプテラを仕留めていく。


(…………すごい……)


 プテラは集団で間断なく襲ってくる。

 小型の魔物の連続する攻撃をうけながら、複雑に入れ替わり飛びまわる――そのなかのどのプテラに、剣を向けたらいいのかなど、今のラキシスにはおそらくわからないだろう。


 ――そんな状況にありながらレニーは、迷うことなく適格に標的を選び、確実に片づけていった。

 ガイもレニーのように一撃で、とまではいかないが、少なくともアリエル達三人にプテラを近づけさせたりはしていない。


『実際、人間を相手にするのとはわけが違うからな。魔物相手のほうが成長も早い』

 魔物相手の戦いを目の当たりにし、ラキシスはゲルトの言葉の意味を肌で感じていた。


 プテラの数が減り、彼らのすばやい動きにいくらか目が慣れてきたラキシスはレニーとガイの、ある決定的な違いに気がついた。


 ――剣の違いだ。


 ガイのバゼラードはプテラを叩き切っているのに対し、レニーのバゼラードはプテラの身体にすべるようにはいっていき――斬っている。

 刀身の形状はさして変わらない。ふたりの、腕の違いだけじゃない。


(……血のりが、ついていない……)

 ガイの剣が魔物の血に染まっているのに、レニーのふるう剣は、鞘から抜き放たれたときのまま。

 ――鋭利な輝きを失っていない。


「お疲れさん」

 坑道口の方に逃げて行ったプテラにはかまわず、レニーは剣を鞘に納めた。

「……ずいぶん、数が多かったな」

「いや、この間もぐった時もこんなもんだったぜ。今日は坑道にはいってすぐだったんで、ちょっと驚いたが……」

 アリエルもうなずく。

「まじかよ。――見境なくあっちこっち掘り返したんで、ここがやつらの恰好の棲み処になってんじゃねえだろうな」

「あなたのその剣ならプテラくらい、どうってことないでしょ」

「ああ、俺の長剣よりぜんぜんいい。手に入れたのは、カイロンか?」

「…………」

 レニー達の話題がレニーの剣のことに及んだので、ラキシスも話の輪に加わりたかったのだが、完全に出遅れてしまった。

 話の内容は既に、剣の入手経路に移ってしまっている。


「ラキ。どうかしましたか?」

 間近でささやかれたフィーの声に、ラキシスはどきりとした。

 たいまつの揺らめく灯りを映したフィーの菫色の瞳が、ラキシスの顔をのぞきこんでいる。

 ラキシスはどうしようもなく赤面していく己を自覚した。

 たいまつの赤い炎にまぎれて、どうかフィーが気付かないことを願った。

「……ど、どうって?」

「なにか、気になることがあるのではないですか?」

(見抜かれてる……)

 昔からラキシスは、思っていることが顔にでる、と言われてきた。

(……それで、どれだけ損してきたことか……)

 ――出会って間もないフィーにも気づかれてしまった――

(ほんっと、情けないやつ……)

 心のうちで大きなため息をもらす。いっぽうで、ラキシスはフィーが気づいてくれたことが嬉しくもあった。

(今さら、別にかくすことでもないし……)

 ラキシスは、レニーの剣に視線を移した。

「あの剣、レニーさんの剣。普通じゃないよね? そのことをレニーさんに訊きたかったんだけど……」

「――彼の剣は、彩剛石をまぜた鋼でつくられています」

(え…………?)

 ラキシスは驚いて、フィーを見る。

 フィーはたいしたことでもないと言わんばかりに、淡々とした調子で続けた。

「昨日お話しませんでしたか? 彩剛石は、加工することもできると……」

「……あ」

(……そう言えば、そう聞いたような、気もする)

 正直、あまり覚えていない――

 フィーの静かなまなざしに、ラキシスは素直に頭をさげた。

「ごめん、魔法に使う石だとばかり、思ってた……」


「ラキシス、フィー。出発だ」

 レニー達の話が一段落したらしい。

 アリエルにたいまつを返し、ラキシスは番小屋から借り受けてきたつるはしを手にとった。

「とっとと終わらせて、帰ろうぜ」

 一行は再び一列に並んで、坑道の奥へと歩き出した。


 お読みいただいて、ありがとうございます。

 初投稿ということもあり(……言い訳がましい 汗)、「R15指定」しませんでした。

 のほほんファンタジー目指してましたし(……もう、どこが? って感じになっちゃってますね 泣)、自分にリアルな戦闘シーンなんてムリ~、と思ってましたし。

 ――ところが今回、

 小物の魔物の急所を、レニーのあの特殊な剣で、切り払ったら……どうなる?

 それを、具体的に描写したら……?

 ……「out」……(……パタ)

 ――ひっからないように、努力します (汗)。

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