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ヴェロニカ Ⅱ  ――、動く ①

「――彩剛石を掘りに?」

「ああ、湖の近くに良質な彩剛石がとれる鉱床があるんだ。以前から申請していたんだが、今朝ようやく街から採掘許可がおりてね」

 カニムは、そういうと満足そうにクレアの淹れた珈琲を味わった。

 ラキシスとカニムは、あの、ほんとにそれでいいのか、とツッコミをいれたくなるような<フィーのギルド入り決定>の顛末のあった、次の日の昼間、琥珀亭の奥まったところにあるテーブル席で会っていた。フィーの姿が人目にふれるのを避けるため、ラキシスは客間でフィーとすでに食事をすませていたのだが、昼食をとりにきたカニムに話がある、と呼ばれて食堂におりてきたのだ。


 ――結局、ラキシスはフィーがヴェロニカの街で暮らすことに決まったので、入居したばかりの下宿を引き払うことになってしまった。新しい下宿先は、琥珀亭。現在、物置になっている二階の部屋だ。居場所をなくしたラキシスは、部屋の片づけを手伝うと申し出たのだが、店主のサラに丁重に、かつ強硬にことわられてしまった。しかし、彼女が店の仕事をしながらの片づけは、とても進んでいるとはいえず、下手をすればラキシスは、今夜も食堂のかたい椅子のうえで寝ることになりそうだった。


「――わたしたちのパーティーがヴェロニカに戻ってきた目的のひとつは、ヴェロニカ産の彩剛石を手にいれることだったから、今すぐにも行きたいところなんだが。……ゆっくり時間をとって、というわけにもいかなくなってしまった」

 その原因は、フィーにある。案の定、フィーの後見人に、カニムとサラのふたりが任命された。後見人が同時期に複数の新人の面倒をみるというのは、異例中の異例らしいが、そもそもフィーのギルド入りじたいが、特例である。そのきっかけとなったラキシスと、同じ人物が担当するのが適当だろう、というのが今回の人選の表向きの理由だが、ほんとうのところは、第一世代の後見など、誰も引き受け手がみつからなかったのだった。

 ラキシスもそのあたりの事情は、うすうす気づいている。ラキシスのとき以上に、フィーに関わる諸手続きは面倒そうだし、そのせいでカニムが採掘に行く時間がとれないのだということは、容易に察しがついた。

「すみません。いろいろと……」 

 カラーレスにきてから、謝ってばかりいる。――情けないが、今の自分は謝ることしかできない……、ラキシスは、寝不足と疲労のにじむ顔で、カニムに頭をさげた。

「いや、気にするな。最近、ヴェロニカ産の彩剛石の稀少性がますます高まってきているから、もしかすると、採掘許可がおりないのではないかと心配していたんだ。わたしたちよりも前に申請していたところより、先にこちらに許可がおりたのは、今回のことに対する見返りなんだろうと承知している」

(…………)

 そう言ってもらえて、ラキシスもいくらか気が楽になったものの、同時に、あの、くえない魔導士長の顔が浮かんだ。

(……あのクラルってひと、フィーに執着してるみたいだったし。……これから先も、なにかあったら、また出てきそうだな……)

 心のうちで、大きなため息をつく。

「そこで、きみとフィーに、採掘の手伝いを頼みたいんだ。魔導士が指定した場所を掘るだけだから、そんなに難しく考えることはない。まぁ、多少は疲れるとは思うが……」

 ラキシスはこの二日、前の下宿に荷物をとりに出かけた以外、屋内に閉じこもっていたので、カニムのこの誘いはありがたかった。とにかく、思いきり、身体を動かしたい。そうすれば、この鬱屈した気持ちも少しははれるのではないだろうか。

「とれた彩剛石の数にもよるが、少しは報酬も渡したいと考えている。どうだろう、引き受けてもらえるかな?」

「はい! ぜひ、お願いします」

 ラキシスの明るい返事に、カニムは安堵したように笑みをうかべた。

「――それで、もうそろそろ来るころなんだが……」

 

 カニムが彩剛石の採掘にあたり、協力を依頼した魔導士は、なかなかの美少女だった。

 蜂蜜色のゆたかな巻き毛を肩までたらし、白磁の肌にいきいきとした翠緑の瞳が印象的だ。少女の生気と身にまとう濃紺のローブとが、みごとな対比をみせている。

 ――神様は、面食いなのだろうか。ラキシスがこれまでに出会った、くじで選ばれたというここの住人は、個性の違いこそあれ、見た目的には一定以上の水準にあるように思える。

 ラキシスがそんなことを考えていると、

「はじめまして、ラキシスさん。アリエルと申します。彩剛石の採掘でご一緒します。よろしくお願いします」

少女のはきはきとした声に、ラキシスは我にかえった。

「こちらこそ! ラキシスです。彩剛石の採掘は初めてなので、お世話かけるかと思いますが、よろしくお願いします」

 ラキシスの力のはいりすぎた挨拶に、アリエルが微笑する。

「さて、明日の打ち合わせをはじめる前に、飲みおさめに珈琲をもう一杯、頼もうかな。アリエルは、何を頼むかい?」

 カニムが、隣に座ったアリエルにたずねる。

「……飲みおさめ?」

 アリエルの問いには、琥珀亭の下宿人となったラキシスが答えた。

「メイドのクレアさんが討伐に出るので、明日からしばらくお休みにはいるんです。クレアさんの淹れる珈琲はとても評判がよくて、だから、今日は、彼女の珈琲目当てのお客さんがいっぱい来てるんですよ」

 フィーの存在で、琥珀亭の客が激減するのでは、というサラの懸念は、今日のところはクレアの珈琲のおかげで救われた。問題は、明日からだ。

(……ほんっと、迷惑ばかり、かけてるよなぁ……)

 借金をしてはいった下宿を早々に出ることになってしまったラキシスは、琥珀亭に下宿代として、まだ一ギルも入れていない。サラにたずねたら、もともと下宿ではないので、下宿代の設定などフィーの部屋の分もふくめて、役場と折衝中とのことだった。

 ラキシスの加入するパーティーのめどは、まったくたっていない。おそらく、フィーのいろいろな手続きが終わってから、ふたり一緒にはいれるところを探すことになるだろうから、まだまだ先のことになりそうだった。

(僕たちのせいで、これから、琥珀亭の商売が困ることになるなら、少しでも働いて、お金を入れなきゃ……)

 ラキシスは、そう心を決めていた。


「お待たせしました」

 クレアが、おまちかねの珈琲を運んできてくれた。香ばしい香りが漂う。カニムが、さっそく珈琲のカップを手に取った。

「ありがとう、クレア。これが、明日から飲めなくなるのは、寂しいよ。今度はどのくらいの間、行くのかい?」

「今回は、少しながめで、三週間です」

 クレアはそう言って、お盆を両手に抱きかかえるようにして持って、微笑んだ。楚々とした雰囲気のクレアは、珈琲だけでなく、彼女自身も人気がある。

 灰色がかった金髪をゆったりと後頭部のまんなかでまとめ上げ、灰青色の瞳は優しく、少し低めの声はやわらかで心地よく……魔導士だと聞かされていてもなお、ラキシスには、彼女が魔物と戦う姿など想像もつかない。

「森へ行くことになったって、聞いてるけど……」

 ラキシスの心配を感じ取ったのか、クレアは明るくかぶりをふった。

「明日からの一週間は、林へ行くんです。前回の討伐からふた月、間があいたので、みんなのコンディションの確認と、森へ行くためのシミュレーションをおこなう予定だと聞いています。……その結果次第で、どうなるか……決まります」

 最後のほうは、かすかに声が震えているような気がした。

「シミュレーションからは、有力なパーティーがサポートにつきます。だから、あまり構えすぎないで、がんばって」

 アリエルのきっぱりとした励ましに、クレアが嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。わたし、がんばります」

 ここでクレアを呼ぶ声がかかり、彼女は丁寧なお辞儀と挨拶をして、呼ばれたテーブルのほうへ行ってしまった。クレアの後ろ姿を見つめていたアリエルが、カニムのほうに向きなおり

「打ち合わせには、フィーさんはいらっしゃらないのですか?」

と、聞いてきた。

(……フィーが、第一世代だと知ってるはずなのに……)

 仕事とはいえ、フィーと積極的に関わろうとする人間がいたことに、ラキシスは驚いた。

(そんな酔狂。あの、魔導士長くらいだと思ってだけど……)

 カニムも、驚いているようだ。

「フィーは今、お昼寝をしてるんです。なんていうか、その、彼女の習慣らしくて……。むりに起こすと、すこぶる機嫌がわるくなるから。起きてきたら、あとで僕から話をします」

「そう、ですか……」

 明らかに、アリエルはフィーと会えないことを残念がっていた。ラキシスとカニムは、顔を見合わせる。

「……フィーに、興味があるの?」

 途端に、アリエルは血相をかえて

「フィーさんに、というより、第一世代が使う魔法に、興味があるんです。わたしは!」

と、言い放った。

 アリエルが使った<第一世代>と、いささか大きな声に、ラキシスはぎょっとして、店内を見まわしたが、さいわい喧騒にまぎれて周囲には聞こえなかったようだ。

「魔導士の性、だろうね。わたしも、その気持ちはわからなくもない」

(…………カニムさんまで……)

 ひとりごとのように語られたカニムの言葉に、ラキシスが顔をしかめる。

「どうかしたかい? ラキシス」

「……なんか、昨日の魔導士長のことを、思い出して……」

 カニムもまた、しぶい顔になった。

「……まぁ、なんだ……。魔導士長ともなれば、立場上からも、わたし達よりもっと、第一世代の魔法をこの目で見てみたい、という欲求が強いかもしれないな……。魔導士長は、第一世代のことを直接知っていたようだったし……」

 カニムは空になったカップのふちを指でなぞりながら、話を続けた。

「――魔導士長のあの物言いも、わたしはてっきり、第一世代をラキシスのもとから立ち去らせるためにされているのかと、はじめは思って聞いていたんだが……」

(あのとき、カニムさん、そんなこと考えてたんだ……)

 ラキシス達が、クラルの強引な話の展開についていけずにいたなかで、ただひとりカニムだけがそのように推しはかっていたとは知らなかった。

「第一世代の特性を知ったうえでの物言いだったのかもしれない、という気が、今ではしている。確証はないが。――どちらにしろ、魔導士長の思惑通りに、転んだようだ……」

 ラキシスは、クラルのしたり顔を思い出した。

(……サラさんが言ってたっけ。魔導士がなに考えてるか、のぞこうとなんてしたら、とんでもない目にあうって……)

 ラキシスは身震いをして、残っていた珈琲をすすった。アリエルは、膝のうえでかたく両手を握りしめている。

 ――その様子を、カニムの青い目が見つめていた。 


 

「第一世代には、会えたかい? アリエル」

 夜のとばりがおりるころ、アリエルは、その男の執務室で面会していた。

「いえ。習慣で、昼寝をしているとかで。ですが明日、彩剛石の採掘で、第一世代も一緒に行くことになっています」

 首尾よく運んでいることを伝えようとするアリエルの気迫に対し、男の反応は、静かなものだった。

「……そうか」

 ランプの灯りにうかぶ、端正な顔がほころぶ。薄あかりのなかとどく彼の声音には、どこか、なつかしそうな響きをふくんでいるのを、アリエルは感じた。

「無理を頼んで、すまないね。対象が第一世代というだけで、他のものは腰がひけてしまって」

「いえ! 魔導士長さまのお役にたてるのでしたら、喜んで」

 アリエルの気負った返事に、クラルは笑みを浮かべた。

「明日は、早いのだろう。今日はもう、戻ってやすみなさい。ご苦労さま」

 クラルの労いの言葉に、アリエルは九十度の礼をして、重厚な扉を閉めて退出した。 


「……待たせたね」

 タペストリーの陰から、黒いローブ姿の男が現れた。

「先程、アルマから、連絡がございました」

 クラルの表情が、曇る。

「……こんな時間に?」

「――はい……」

 その刹那、執務室の小ぶりの窓から、一陣の風が吹き抜け、ランプの灯りが大きく揺らいだ。

 


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