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ヴェロニカ Ⅲ  琥珀亭、新装開店する ③

 琥珀亭新装開店初日。


 開店の十五時前には、店の前に招待された面々がそろっていた。

 琥珀亭の下宿人であるラキシスを除く、カニム、レニー、アリエル、ゲルトの四名である。




 ――十五時ぴったりに、飴色の扉が開く。


 こげ茶色の踝まであるロングドレスに白いエプロン姿のサラが、新装開店後初となる記念すべき招待客らを出迎えた。


 今日のサラは、クレアの仕事着と同じものを身につけている。

 これには、カニムをはじめ、全員が意表をつかれた。


 サラはこれまで茜色のドレスに、腰から下の前部分が裾近くまで隠れる丈のエプロンをして店に出ていたから、印象がずいぶん変わる。

 

 彼らの視線と微妙な沈黙から、察したのだろう。

「あぁ。この恰好は、今日はわたしが見本を見せて、その後にフィーにもやってもらうから……」

 少し照れくさそうに、胸に手をあてて説明する。

「――クレアがこの店でしていたのと同じことを、これからフィーにやってもらうんだって説明をしたのよ。……で、恰好もクレアと同じにしたほうがフィーもすこしは自覚するかと思って……」


「……それで、サラも同じ恰好を?」

「そうよ。けっこう似合ってるでしょ?」

「…………」

 無粋な男どもは黙したままだ。空気を読んだアリエルが、とっさにサラをほめる。

「はい。なんだかお若くなったみたい」

 アリエルの言葉にうそはない。茜色のドレスもサラによく似合っていたが、胸当てのあるエプロンの白が顔の近くにくると、印象ががぜん若返る。白とこげ茶のバランスもいい。

 サラもまんざらでもないらしく、嬉しそうに笑うと皆を店内へとうながす。


 カニム、ゲルト、アリエルが、扉をくぐり……

 玄関には、ひとりレニーだけが遠慮がちに立っていた。


「……いらっしゃい。どうぞ、入って。……レニー」

 サラの静かな声に、レニーは口を開きかけたがすぐに閉じてしまい、無言で軽く頭をさげると店の中へ入っていった。



 店内ではすでにラキシスが、厨房から一番離れたところにあるテーブルの脇に立ち待っていた。


「さあ、かけて。ラキの隣りにカニムとアリエル。こちら側にはレニーとゲルト。……いろいろあって、この席順でお願い」

 サラは片目をつぶって見せると、カウンターの方を振り返り、フィーを呼んだ。



(…………人間に、ちかくなった……)

 いつものローブでも、だらんとしたドレス姿でもなく、サラと同じいでたちのフィーを見たラキシスの第一印象である。

 『親しみやすくなった』と表現するのが妥当なのだろうが、ラキシスはこの時本当にそう感じたのだった。


「だめよ、フィー。髪の毛をさわっちゃ」

 フィーは髪型を、サラと同じポニーテールにしていた。……と言っても、サラとはだいぶ長さが違うが。

 髪を上げたので白く細いうなじがあらわになり、優麗な顔は前よりはっきり見えるようになった。


「フィーの髪はものすごくサラサラだから、普通に結んだのではすぐゆるくなっちゃうのよね」

(……ってことは、そうとうきつく結んであるのか……。痛くないのかな? フィー……)

 皆似たようなことを思ったが、それをあえて口にする者は、誰もいなかった。


「今日は、当店の自慢料理をご提供するわ。まずは、スープから。フィー、手伝って」

 フィーはちろりとラキシスの隣り、――カニムではなく隣りの椅子を見て、仕方なくサラのあとについていった。


 ふたりが厨房へ消えていったあと、

「ラキシス……」

「新装開店って、どこが変わったんだ?」

 ゲルトとレニーの言葉が同時に発せられた。


 ふたり同時に沈黙する。

「はい。……え……と」

 ラキシスはゲルトとレニーを交互にながめる。ゲルトとレニーが互いに顔を見合わせたが、ゲルトが首肯したので、ラキシスはレニーの疑問に先に答えることにした。

「テーブルと椅子の配置が変わりました。あと棚も……」

 ……動かせる物を少し移動しただけの、言われてみれば、とういう程度の変化である。


 ラキシスはゲルトに向きなおり、ゲルトの言葉の続きを待った。

 ラキシスの視線を受けとめたゲルトは、ややあって微笑むと、

「……いや、いい」

とだけ、言った。



 サラがスープを運んできた。

 ゲルト、レニー、アリエルの順にテーブルに並べられる。


「フィー」

 サラの声にフィーが食堂に現れる。

 手にしたお盆の上には、スープ皿がひとつ……


「ほぉら! ちゃんと二つ持ってきて」

 フィーは無表情ながらどこか不満そうにサラの方を見たが引き返し、今度はスープ皿を二つお盆にのせて現れた。


(…………ひとつの方がよかったんじゃ……)

 ラキシスの、いやこの場の全員の不安は的中した。


 お盆の上のスープ皿がフィーの身体の反対方向へ滑っていく。それを戻そうとした右手の離れたお盆が大きく傾いた。


 フィーの左手から、お盆が離れ……たとみる間に、忽然と消えてしまった。

 

 ――次の瞬間。


 テーブルの上にお盆が現れ、間髪入れずにスープ皿が二つ、お盆の上に現れた。

 このとき、スープ皿からあふれて空中に盛大に飛び散ったスープが高速で逆回しされたかのようにスープ皿のなかに戻っていったのを、ゲルトとレニーは見逃さなかった。


「………………………」

「…………すげ」


「フィー! もう。魔法はだめだって言ってるでしょ!」

 サラは腰に両手をあて大げさに怒るポーズをとったあと、ラキシス達の方を振りかえり反応を確かめる。

「彼女、この魔法得意らしくて、昨日から連発! わたしはもうすっかり目が慣れちゃったけど、やっぱり――びびるわよね?」


「…………はい。心臓がとまるかと、思いました……」

 ラキシスが胸をおさえ、目の前の湯気のたつスープを見つめている。

 魔導士のカニムとアリエルは、驚愕を隠せない面もちで押し黙っていた。


 スープから遅れてラキシス達の元にやってきたフィーは、心なしか不機嫌そうだ。


(……まずい! 本格的にフィーが不機嫌になる前に、なんとかしないと……)


「フィー。動かすことができるなら、動かないようにすることもできるんじゃない?」


 フィーがこくりとうなずく。


「それよ!」

 ラキシスのその場しのぎの適当な提案に、サラがのった。


 ――――しかし。


 確かにお盆の上の皿は滑ったり、落ちたりすることはなくなった。

 だが、四十度以上お盆と皿が傾いているのに、皿にのった料理が微動だにしないというのも……


 目前で展開される不条理な光景に、沈黙が流れる。

「……皿が動く動かないっていうより、まず盆を水平に保って持てるかどうかの問題だろ?」

 一同の視線がレニーに集まる。

 サラとレニーの目があい、……レニーの動きがとまった。

 サラも、黙ったままだ。

(…………? サラさん?)

 微妙だった空気が、ますます混迷の度合いを深めていく……

 

 沈黙を破ったのは、この微妙な空気をつくりだした張本人であるフィーだった。

「……サラ。これはわたしには向いていないと、昨日から何度も言っています」


 サラが慌てて、フィーをなだめようとする。

「フィーは見た目以上に非力なのよね~。……でも、昨日はお皿ひとつでも危なっかしかったけど、今日は二つに挑戦できてるじゃない。頑張ればできるようになるわよ」


 全員が突っ込みたそうな気配をみせたが、――――口を開く者はいなかった。

 ――なぜなら、ギルドの意向を受けてこうなったのだ、と皆承知している。

 サラのせいではないし、それでなくても第一世代が下宿していることで琥珀亭の経営は逼迫している。

 サラも必死なのだ……


「フィー。フィーはもう早めにお昼をとってお昼寝もすませてるけど、僕はまだお昼を食べてないんだ。サラさんがお祝いにご馳走を食べさせてくれるっていうから、楽しみにお腹をすかせて待ってたんだよ」


 ――人間なんとかしなければ! と意識を集中させると、本人にも意外な一面が顔をのぞかせることがある。

 ……すらすらとフィーにお願いをしている自身の声に、ラキシスは自分で驚いていた。


「――だから、その料理。早く持ってきてほしいな」

 最後に一言、カニム達を気にしながらも、付け加える。


「……一つずつ……でも、いいいから」


 ラキシスの言葉が終わるやいなや、お盆の上の料理が一つ瞬時に消え、カニムの前に移動した。

 目の前に料理を飛ばされたカニムよりも、アリエルの方が青ざめた顔をしている。


 ……そして、フィーがそろそろと、料理が一つだけになったお盆を傾けない様に、慎重に歩いてくる。

 ラキシスの前におかれた料理は、彼の大好物の白身魚を香草と酢油に漬けて焼いたものだ。柑橘とワインのソースの香りが鼻腔をくすぐる。


 ――今日の魚は一段と大きくて、豪勢だ。

 ラキシスの顔が輝く。

 ひとつ仕事をやり終えたフィーが、満足そうに微笑んだ。


 蛇足だが、…………食事はまだ――――始まったばかりである。




 ――――最後に珈琲を残すのみとなった。


 ここで、カニムが小さなビンを取り出した。

「レニー。すまないが、今のうちにこれをきみに渡しておきたいんだが……」


「…………これは?」

 レニーの声が、明らかに引いている。


「ガイの薬だ。魔導士長に頼まれて、最近はわたしが彼を診ているんだ。経過がいいので、前に渡してあるものより少し薬の調合を変えている」

 カニムの答えに、レニーが一気に緊張をといた。


「忙しくて、今日はもう彼のところに立ち寄れそうにない。頼めるか、レニー?」


 テーブルの上に置かれた小ビンの中には、なんとも形容しがたい……不気味な色合いの液体が入っている。


「……あ、ああ。承知した」

 ひきつった笑みを浮かべて、レニーが小ビンに手を伸ばす。


 ……先日飲んだカニムの風邪薬が喉元まで戻ってくるような気がして、ラキシスは思わず口を手で押えた。

 ゲルトでさえ、げんなりした顔をしている。

 どうやらアリエル以外の全員が、カニムの薬の世話になったことがあるらしかった。


「――これで薬効が他の魔導士と変わらなかったら断れるのに、なまじ効くからやっかいなんだよな……」

 レニーが小ビンを懐にしまいながら、カニムに聞こえない小さな声でつぶやいた。




 珈琲はサラが全員の分を運んできた。


「この珈琲は、なんとフィーが淹れたのよー」

 サラの愉快そうな説明に、一同が目を丸くする。


 本当に飲めるのか――? という空気が流れたが、……とても芳しい香りが漂っている。


 おそるおそる、カニムがカップを手にした。


「…………これは?」


 珈琲を一口含んだカニムが、驚いてサラを見る。

「クレアが教えたのか?」


(……ほんとだ。クレアさんが淹れた珈琲に似てる。美味しい!)


「わ・た・し、です!」

 憮然とした調子でサラが答える。――が、すぐに笑顔になった。

「彼女、クレアが淹れた珈琲の味を覚えてるみたいで……。なぜかこれだけは興味を示して、淹れ方をひとりでいろいろ試してたのよね」


 ――――給仕はともかく、これならじゅうぶんいけるんじゃないか!


 琥珀亭の先行きに言い知れぬ不安を覚えていた招待客達は、最後にやっと一筋の光明を見出し、一様にほっとしていた。


 

「フィー。皆さんから、ちゃんとお代を頂いて」


 サラに言われて、フィーがテーブルに戻ってきた。

 何をしたらいいのか? ――――という表情でサラを見る。


 皆気を利かせて、代金ちょうどになるようにお金を出したから、フィーが本当に勘定をわかって受け取っていたのかは疑わしい。


 招待客達が店を出た後、サラはフィーにこう語った。


「このお金は、フィーが頑張って運んでくれた料理や、心をこめて淹れてくれた珈琲に、お客様から美味しかったよ、って……お礼なのよ」




 こうして、……琥珀亭の長い一日――――――『お得意様感謝DAY』初日の営業が終わった……



 お読みいただいて、ありがとうございます!


 実は、レニーとサラの過去のお話を、『遠い記憶』というタイトルで別に投稿しております。(前半部分だけです)

 ただ、この話は、保険でキーワードに「R15 残酷描写あり」を設定いたしました。申し訳ありません。


 こちらで二人が絡むようになってきたので、過去に何があったか書きだして確認したい……という動機で書き始めたもので、はじめは回想で入れられたら、と考えておりました。

 ですが、描写はともかく、異世界の設定の問題でふみこまざるをえなかった内容が、微妙……。考えた末に、保険で上記指定にして、『カラーレス・ワールド』とは分けた次第です。(……ざっくりした内容になっております)

 もちろん、これから物語の進行にあわせて、問題なさそうな範囲で二人の過去の話にもふれていきたいと考えております。


 見通しが甘くてこのようなかたちになってしまい、本当に申し訳ないです。


 どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします。

 

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