ヴェロニカ Ⅲ 琥珀亭、新装開店する ②
新装開店初日の招待客は、実に安易な基準で選ばれた。
――――『第一世代と直接、接触したことのある者』
…………時間がなかったのである。
招待客その一。 カニム
彼は、苛立っていた。
目の前の机の上に置かれているのは、ギルドで渡された一通の封書。
中に入っていたのは、一枚の招待券。
――断ることができないうえに、日時がきっちり指定されている。
それも、『時間厳守!』のおまけ付きだ。
しかも、『お得意様感謝DAY! ご招待券』とあるのに、割引はおろか何の特典もない。
……ついでに言うなら今は、クレアの珈琲もない!
招待客に選ばれたのはラキシスを除き、実力者揃いの面々なので金銭的な優遇装置などについてはまったく考慮されなかったのである。
――カニムは、忙しかった。
カニムが計画した『彩剛石採掘』で、甚大な被害が出てしまったのである。
不幸な故意と偶然が重なったとはいえ、関係各署への対応――後始末に追われていた。
そのうえ、彼が後見している『第一世代』の問題も一気に浮上した。
(この、クソ忙しいときにのんびり食事などしていられるか! そのうえ、なんなのだ? この時間設定は!)
――――まったく、いい迷惑であった。
招待客その二。 レニー
彼は、戸惑っていた。
目の前の机の上に置かれているのは、ギルドから届けられた一通の封書。
中に入っていたのは、一枚の招待券。
『琥珀亭新装開店!』の文字が、踊っている。
――この前、琥珀亭の新装開店に駆け付けたのは、いつだったか……?
旅立つ前、あれ程足しげく通った琥珀亭に、ヴェロニカに戻ってからまだ一度も立ち寄っていない。
店のすぐ近くまで出かけたことは、何度もあった。
――レニーは、こわかった。
気丈夫の女店主と、顔をあわせるのが……
ひとつ大きなため息をついて、鳶色の髪をかきむしる。
(……いつまでも、逃げてばかりいられない、ってことか……)
――――これは、いい機会なのかもしれなかった。
招待客その三。 アリエル
彼女は、泣きだしそうだった。
目の前の机の上に置かれているのは、魔導士長から渡された一通の封書。
中に入っていたのは、一枚の招待券。
今回の落盤事故について、彼女へのお咎めはなかった。
彩剛石の起爆スイッチが入ったのは、不運な事故として処理されたのだ。
魔導士長が、裏で手をまわしたのかもしれなかった。
アリエルのしたことが、ギルドに知られていればこのような招待など、あるはずがない。
……でも!
レニーは気付いていた。
彼は、……誰にも話さないでいてくれた。
第一世代も、気付いている!
あの時、こちらを見据えていた、菫色の瞳……
――アリエルは、怖ろしかった。
…………第一世代は、なにを考えているかわからない。
坑内で見せつけられた、第一世代の魔法の力。
(……詠唱なしで、いったいいくつの魔法を連続で展開したのか……?)
もし、あの爆発で、ラキシスの身に危険が及んでいたら……?
アリエルは大きく身震いして、うずくまった。
――――もう、そっとしておいてもらいたかった。
招待客その四。 ゲルト
彼は、喜んでいた。
目の前の机の上に置かれているのは、ギルドで渡された一通の封書。
中に入っていたのは、一枚の招待券。
琥珀亭の料理は美味いし、なによりラキシスに会うことができる。
ここのところ、ゲルトは何かあったときに備えて、ギルドに詰めていることが多かった。
そのおかげで、坑道の事件では駆けつけることができたのだが……
――ゲルトは、動けなかった。
ウィルムが出たことといい、他にもおかしなことが増えてきていた。
原因は調査中としか、知らされていない。
だから、待機を命じられた。
初戦でいきなりウィルムと戦う羽目になった教え子がどうしているか、気になっているのだが、今まで会いに行く時間がとれずにいたのだ。
(これで、おおっぴらに様子を見に行くことができる!)
――――明日が、待ち遠しかった。
余談だが、候補にあがりながら招待されなかった者が二名いる。
ひとりは、ガイ。
療養中のため、除外された。
もうひとりは、デッカー。
職務多忙を理由に本人から辞退したい旨の申し出があり、『先送り』となった。
招待者候補の条件にあてはまりながら、候補に最初から上がってこなかった者もいる。
魔導士長 クラル
彼はギルドからアリエル宛ての封書を預かったとき、ひどく残念がっていたという……