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第二章 火花散らす攻防(4)


 ディーンは、リーザ王女から受け取った彼女の連絡先アイコンを端末に表示したまま呆然としていたが、気がつくと、リーザは彼の宅を辞していた。彼女にどんな別れの言葉をかけたのかさえ覚えていない。


「彼女はどういうつもりかな」


 エレナに言葉をかけられて、彼ははっとする。

 エレナがいたことさえ、失念していた。


「あの人の考えは結局分かりきってる。あなたから鉱石サンプルを奪うこと。だからと言って、あなたに連絡先を渡すなんて……軽率に過ぎる」


「奪うだなんて言うな。君がそう思っていたとしても、事実そうだったとしても、ともかく殿下は僕らをすごく厚遇している。この国では、殿下はいつでも僕らを捕らえて拷問する権利を持ってるんだ。そうなれば密入国者の君はもっとひどい扱いを受けてもおかしくないんだ。そういう意味では、君は殿下に感謝を――少なくとも敬意を持つべきだ」


 ディーンは反射的にリーザをかばう。少なくとも、そう、先日のエレナの侮辱的発言に対しても、リーザは恨みに思うことなく対等に接しようとしていたではないか。本来誰からの侮辱も許さない王族にとって、それはこの上ない努力だっただろう。


「ごめんなさい。でも、私はあの人が鉱石サンプルを持っていくことを――許せないから」


「それはこの前言っていた理由で、か? あの時は、拙速はやめようという結論だったはずじゃないか。結局、殿下以外に渡す相手が見つからなければ、そうするしかないだろう?」


「あの人が、ほかの人にチャンスが回らないように手を回している、としても?」


 エレナは、リーザが裏で不正をしているに違いないと確信したうえで指摘するのだが、


「それは、殿下の情熱の裏返しかもしれない。殿下は結局僕自身よりもこの新種鉱石の可能性に情熱を注いでいるだけかもしれない」


「否定は……できない。分かった、あなたに任せる」


 説得を受け入れたエレナは、やや瞳を曇らせる。

 彼女には彼女なりの理由で、リーザにサンプルを渡せないと結論づけていたのだが、結局、そのサンプルを掘り当てたのはディーンなのだ。


「いや僕こそ、君の考えには助けられてるから……これからも、助言を頼むよ」


 ディーンは、エレナに完全に一任されると今度はその責任の重さを無意識に感じ、しかしその感覚を無自覚のまま、こう言ってその重圧から逃れた。


***


 背もたれを倒したソファで寝息を立てているディーンのそばで、ベッドを譲られているエレナが、むくりと起き上がる。

 この小さな部屋にリーザが訪れてから二日半。

 彼女を拒んだことによる事態の悪化もなかったが、事態の好転もまた見られなかった六十時間のそのあとに、エレナは彼女だけが知る方法で、それを察知した。


 ありていに言えば事態の悪化が迫っている。


 着衣を整えながらベッドから滑り降り、ディーンを揺り起こす。

 彼は何度か眉を顰めながらも、うっすらを目を開けた。


 そのぼんやりした視界には、いつもの落ち着いた表情からは想像の出来ないほど切迫したまなざしのエレナの顔が映った。


「……ど、どうした?」


「ディーン、急いで起きて。大切なものを全部持って。家を出る」


「何のことだ――」


「問答は後で! 急いで起きて!」


 言いながらもエレナはディーンの右手を掴み、強引に引き起こした。その腕力は彼の想像をはるかに超えていた。


 眠い目をこすりながらも、ディーンは素早く服をまとい、IDやエレナからもらった匿名クレジット、着替えを何着か、情報端末、それから鉱石サンプルを、エレナの手伝いを受けながら鞄に詰め込む。エレナはもともと自分の着替えを小さくまとめていたので、それを担ぐだけだ。


「急いで外へ! 早く! 走って!」


 半ば怒鳴り声になっているエレナの声に急き立てられ、ディーンは思わず駆け出した。

 部屋のドアを開け飛び出すとすぐにエレナが続く。共有廊下を走ってエレベーターホールへ向かうが、エレナが、非常階段を指して、こっちへ、と叫ぶのを聞いて方向転換する。

 四階の彼の部屋から非常階段で下まで降りるのには一分もかからない。確かにエレベーターの止まっている階によっては非常階段の方が速いだろう。


 マンションの共同玄関を飛び出し、駐車場の車に飛びついた時だった。


 ぼっ、と音がするとほぼ同時に、背中に灼熱を感じる。

 それは音と言うよりは、衝撃だった。


 思わず体を車に寄りかからせて顔を伏せる。


 頭の混乱は一秒で収まり、そして、事実確認を優先する理性が戻ってきたときには、耳は轟音で劈かれていた。

 首だけを回して振り返ると、彼の住宅の斜め下方の一階の部屋を中心に黄色い火球がマンションを包んでいる。衝撃波は構造の一部や仕切り壁を吹き飛ばしながら広がり、火球は次第に形を崩しながら周囲を飲み込み溶かし焼き尽くしていく。


 何者かがマンションを爆破した。


 ようやくその事実にたどり着くと同時に、エレナの叫ぶ声が耳に入ってくる。


「急いで乗って、車を出して!」


「だっ、だが他の住民は……」


「考えちゃだめ! 今は逃げて!」


 その迫力に押され、ディーンは車のドアを開けて飛び込む。運転席にまで熱風が吹きこんでくる。それを避けるように急いでドアを閉め、内燃機関に火を入れる。


「どこへ」


「とにかく離れるの!」


 そう、さっきからエレナはそう言っていたではないか。

 ディーンは素早くシフトレバーを後退に叩き込み、アクセルを床まで踏み込む。車は甲高いエンジンの回転音をまき散らしながら駐車スペースをバックで飛び出す。続けて彼がシフトを1に入れハンドルをめいいっぱい右に切りながらアクセルを踏み込むと、ガリガリと歯車の削れる音を響かせながらも車体は前進を始め、駐車場を出口に向かってまっしぐらに加速し始めた。


 ディーンは、駐車場を出てとっさに右にハンドルを切った。道路の交通を確認さえしなかったが、幸運にも、他の車は走っていなかった。


 きれいに整備された道路はまっすぐに伸びている。ヘッドライトに照らされて輝くレーン境界を無視してさらにスピードを上げる。

 が、すぐにブレーキを踏むことになる。前方の車線を、二台の黒い車がふさいでいるのだ。


「エレナ、あれは――」


「敵! 避けて!」


 彼女の短い警告に従い、ハンドルを右に、中心街へ。左へ向かうと埠頭しかない。

 大通りから外れた道はやや細くなるが、歩行者の少ない深夜、スピードを出すことはたやすい。

 ――だが。


「あの向こうにも!」


 エレナの叫びで目を凝らすと次の大通りへの出口も一台の車が停まってふさいでいる。

 急ブレーキをかけ、すぐにシフトを後退に入れる。ほぼハンドルから手を離し、衝突回避システムに操舵のすべてを任せて全速後進。まもなく、元の大通りに出る。と同時にハンドルを左に切り込み、最初とは逆進方向へ。


 しかし、程なく、同じように二台の車両による通行止めが遠くに見える。再び市外中心に向かう方向へハンドルを切るが、まったく同じように車が出口をふさいでいる。


 やむなく、埠頭に向かう小道へと突進する。


 やがて、港での貨物取り扱いのための広い道路に出るが、その道はどちらに進んでもやがて大きく曲がって埠頭にたどり着く。


「どこかに隠れる場所は――」


 後ろを何度も確認しながらエレナが叫ぶ。


「調査局の事務所近くなら詳しい」


 ディーンは応答しながらも、すでに車をそちらに向かわせている。

 しかし、いくら詳しいとはいえ、結局事務所には、出港待機のための待合室や採掘機材の倉庫、それに職員用の駐車場くらいしかない。事務所の鍵はあわてていて持っていない。中に入り込んで隠れることも無理だろう。


 しかし、マンションを爆破しここまで執拗に彼らを追い詰めようとするのは、一体何者だ?


 ついに向かうべき場所が一箇所に絞られてしまい、余裕を取り戻した頭脳は、ようやく当たり前の疑問を持つ。


 まさか、あの王女が?

 しかし、ここまで大規模な追及劇を演じることができるものなど、ほかにいるだろうか?


 考えれば考えるほど、その可能性は濃くなっていく。

 それは、ディーンの中に混乱をもたらす。

 彼女は、友人になろうと言ったではないか。友人としてこれから相談をしていきたいと言ったではないか。


 そこまで思いついてから、彼は、情報端末に呼びかける。


「デヴァイス・ローラ! 連絡先リーザ、音声接続!」


 ローラと名付けられた彼の端末は、即座に車両システムと連携してリーザの連絡先への接続を試みる。


「ディーン! これはあの人の仕業かもしれないのに!」


「ここまで来て何を。もし殿下の仕業ならここで連絡を取ろうと取るまいと何も変わらないだろう」


「けれどみすみす情報を与えては――」


「もうこの港に追い詰められた以上、敵に与える情報はこれ以上ないさ。それに僕は殿下は敵じゃないと信じる」


 ディーンは、苦心して笑顔を浮かべて見せた。

 それを見て、エレナもようやく緊張の一部を解く。


 彼女にとっては、予想外にもほどがある襲撃だった。彼女が想定していた敵性勢力は、それなりに理性的だった。なぜなら、エレナ自身が理性的だからだ。


 だから、ここまで非常識で暴力的な手段を取ってくるとは思っていなかったのだ。


 ――そうと分かっていれば、ここまでの窮地にはならなかったのに。


 彼女はそう思い、そう思うだけの根拠があることを再確認する。


 自分になら、どんな難局も乗り切れるという根拠を。


「……デヴァイス・ローラ、応答は?」


 それに対し、ローラは、不協和音電子音を短く一回、続けて二回、鳴らした。それは、応答はあったがすぐに切れた、という意味だ。自動車運転中の、騒音環境でディスプレイも見られないという状況に最適化された応答だ。


「……やっぱり出てくれないか。しょうがないな」


「……そう。……ごめんなさい」


 苦笑いのディーンと、自責の念のこもる曇った瞳で見つめ返すエレナ。

 窓の外を、景色が暴力的な速度で流れていく。


「なぜ君が謝る? 君がいち早く察知してくれなければ僕らは今頃丸焦げか……運が良くてもとっくに捕まってる」


「もっと早く気づくべきだった」


「無理を言うな。人間にはできることとできないことがある。不可能事を為せなかったといって謝る必要は無い」


 それでも、とエレナは思う。自分には、できたかもしれないのに、と。


 次の瞬間に、急ブレーキ。

 車が、地質調査局の港湾事務所前に到達したのだ。ディーンは習慣的に景色をキーにブレーキパッドを踏み込んでいた。


 左折で駐車場に入り、表からは見えにくいはずのスペースにすばやく駐車する。


「車から離れよう」


 当初とはほぼ役割を逆にして、ディーンはエレナに脱出を促し、エレナはそれに従った。



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