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第二章 火花散らす攻防(3)


 調査局の若き研究者の自宅謹慎が解けることはなく、ただ月日だけが過ぎて行った。最初の日の盗難未遂事件以来は、彼の家に強盗が押し掛けるようなことは無かった。もちろん、正規のルートでの研究協力の連絡もまったくなかったのではあるが。


 実のところ、どちらのルートもがっちりガードしていたのは、王女殿下ことリーザなのである。


 リーザにとっては、盗難事件は寝耳に水の出来事だった。ただでさえ警戒させた相手の家にその翌日に押し入るなどまるでありえない選択肢だ。あの賢い秘書ならリーザがそのような馬鹿なことをするはずがないとすぐに見抜くだろうが、暗愚な貴族どもはそうではない。あるいは、あえて勘違いをして見せて、リーザが馬鹿げた試みを繰り返している、と吹聴し始めることさえあるだろう。


 だから、リーザはすぐに盗難未遂事件の調査を命じ、同時に、とある『心当たり』に対して、そのような事件の再発を厳しく取り締まるよう要請をした。


 また、あらゆる研究機関に対して表からも裏からも圧力をかけ、ディーンへの接触を断った。こうして、ディーンの鉱石サンプルにアクセスしようとする二つのルートを完全に遮断しようとしたのである。


 ともかく、彼女の目的のためには、まずはディーンだけがその成果、つまり鉱石サンプルを独占している状態を維持するしかなかった。あとは、どうやってディーンを説得するか、あるいは、永遠に籠に閉じ込めるか、という問題なのである。


 結局、ディーンを間接的に軟禁し続けることは容易い。件の謹慎を継続させ、その身辺を見張っていればいいのだ。なるほど、ディーンは用心深くも自宅や車やその他の身の回り品に至るまで情報の送出をカットし、映像や位置情報を外から得るルートを遮断している。あるいは、あの秘書の入れ知恵かもしれない。


 しかし、人の目まではふさげない。彼の住むあの家の周囲に息のかかったものをうろつかせるだけで十分なのだ。

 だから、リーザは、ただその『結果』をより確実にするための行動をとるだけでよかったのだ。


 そうしてリーザは、ディーンたちが家にいるであろう時を見計らって、自らの足でディーンの自宅の前に立っていた。


 彼女が呼び鈴を鳴らすと、モニターからディーンの声が聞こえる。

 リーザはただそれに、リーザ王女です、と返すだけでよかった。その言葉はエミリア王国内のあらゆる扉を開ける『オープン・ザ・セサミ』なのだ。


 そしてわずか五分後、リーザは、汚らしいリビングソファに腰を下ろしていた。


「――ありがとう」


 ディーンが用意した即席の紅茶の入ったマグカップを受け取りながら、リーザは軽く頭を下げる。ディーンはそのしぐさに驚きの表情を見せるが、それも彼女の計算のうちだ。


「先日はごめんなさい。私は王女として、威厳と権威を保つ義務があったの。今日はこうしてここに来て――そう、ディーン、あなたは用心深くこの部屋を監視する方法をすべて断っている。だから、もう少し単刀直入のお話ができると思うの」


 そのくだけた態度に、ディーンの心を覆う警戒の氷も溶融を始める。


「こちらこそ、大変な失礼をしました、殿下」


「殿下はやめて。私はあなたと友人になりたいの、ディーン」


「し、しかし――」


「王女としての命令をしなきゃだめかしら? では、あなたに対して王女として命じます。この私を敬称無しで――そう、リーザと呼びなさい」


 これは罠なのだろうか?

 そんな疑いさえディーンの中に持ち上がるが、


「……わかりました、リーザ――」


 最後につける敬称を決死の思いで飲み込んだ。


「よろしい。……エレナ? あなたは私のことをリーザと呼んでくれるわね?」


「ええ」


 エレナはそっけなく返事を返すだけだ。


「まあいいわ。ここにきた理由は――そう、ともかくあなたたちと友達になること。それから、改めて、あの鉱石の話をすること」


 もちろん、友達になると言う話は意外過ぎたが、二つ目の本来の目的については、ディーンとエレナは当然のように知っていた。


「駆け引きは無し。私はとある事情であの鉱石がほしい。――そう、例えば、貴族同士の醜い争いのため。そう言っておけば、信じてくれるわね?」


「あ、いや……」


 リーザの言葉に、ディーンは声を詰まらせる。


「どちらでもいいわ。事実よ。そして、他にもあれを狙う輩がいる。心当たりが無いわけじゃないでしょう。あれを私の仕業だと思っているなら残念だけれど、実際には、私には制御できない連中の仕業」


「それは、より強い力を持った貴族、そういうこと?」


 エレナが問い返すと、


「……そうね、そんなところ。私からけん制はしてる。だけど、いつまでも抑えこめる相手じゃない。早いところそれを手放してしまったほうが身のためよ」


「で、ですがリーザ、その、あなたはこれをこの後どのように扱おうとしてるんですか」


「それはあなたの知る必要の無いことよ。それを手放せばあなたは面倒から解放される。後の面倒はすべて私が引き受ける。その何が不満なの?」


 何が不満なのか、ディーンには分からなかった。

 そう、不満はある。確かに不満はあるのだ。


 まさに、満たされぬ思いがある。


 では、何を満たしたいと僕は思っているんだ?


 それに対する回答が、言葉とならない。

 だが、それは、間違いなく、エレナから受け取ったもの。エレナが持っていたそれは深くディーンの心に根を下ろしていた。


 おそらく彼でなければ、あるいはエミリア人でなければ、それを『好奇心』と呼んだだろう。真実にたどり着こうとする、知的生命体の原初的欲求。


「すみません、リーザ。僕はまだ、結論を出せそうに……ありません」


「この私にこんな――!」


 半ば本能的にいきり立とうとして、しかし、リーザは言葉を飲み込んだ。

 そう。高圧的な王女としてではなく、友人として、彼と誼を結び、友好的に目的を達しようと考えたのではないか。

 彼をここに軟禁することが容易であるのだから、その時間はいくらでもあると考えたのではなかったか。


 だから、リーザは、生まれついての王女としての自尊心からくるその怒りを懸命に押さえ込んだ。


「……ごめんなさい、ディーン。そうね、私は焦りすぎてたわ。それがあなたにもたらす結果を――私はある程度、知ることができるの。だから、早くあなたをそこから解放しなきゃ、と焦ってただけ。いいわ、ゆっくり考えて。私はいつでも待ってる。――これ、渡しておくわ」


 そう言って、彼女は自らの情報端末を持ち上げた。

 それはつまり、彼女の連絡先をディーンに伝えようとしているのだ。


 王女個人の情報端末へいつでも連絡可能な特権を持つものなど、このエミリアに何人いるだろう?


 王女への連絡は必ず侍従を経由するものだ。侍従以外で彼女へのコネクションを持つものなど、その親族――つまり王族を除いては、ほぼ存在しないだろう。


 それを平民が持つことは大変なリスクであり、裏を返せば、王女であるリーザがディーンをそこまで友人として信頼している、ということをことに強調しようとする術のひとつなのである。


 ためらいがちに受け取りの承認をし連絡先を交換したディーンに対し、エレナにはその機会は訪れなかった。当然ながら、身分情報を提示できないエレナは、もしそれを持ちかけられても断るしかなく、リーザがエレナにそれを求めなかったことはある意味で幸運だったと言えた。



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