第七章 魔人の魔法(1)
■第七章 ゼンなる魔人
二発の熱針銃の咆哮は、期せずして、教会過激派たちを散らしていた。
過激派を名乗る彼らとて、熱針銃というある種の攻城兵器が火を噴くのを見たことなどあるはずがない。その余りの威力に、命惜ししと逃げ出したのだった。
だから、三人がディーンのスポーツクーペに乗って逃げ出すのには十分な時間があった。
だが問題は、どこに逃げるか、だった。
応急処置のおかげでまだ具合はいいが、リーザの傷も浅くはない。ずっと浅く早い呼吸が続いている。気丈に振舞っているが、もう体力は限界に近い。
とっさにディーンが思いついたのは、海だった。
調査船に乗って逃げ出せば、当面は追っ手を惑わせることができる。
調査船にはもう少し上等なメディカルキットが積んであるから、さらにしばらくリーザの体力を持たせることくらいはできる。
だから彼は、自然とハンドルを港に向けて切っていた。
「……私の治療のことを考えてるのね」
ディーンの考えを読んだかのように、後部座席に横たわるリーザが声をかける。
「ああ。とにかくどこかの病院に――」
「無駄よ。猊下が本気になれば私の居場所なんてどこにもなくなるわ」
……そうなのだろうな、とディーンは考える。
と言って、リーザとオズヴァルドが身を削ってディーンの手元に取り戻してくれた鉱石を、易々と手放せるものだろうか?
それができさえすれば、リーザの罪も軽くなるだろうし、治療も受けられる。
ただし、罪ある王族を一度は匿い、貴族を弑した平民が無罪放免となる目は無かろう。
もともとそんな覚悟は無かったのだ。
――だったらあの時、逃げろと言うリーザを見捨ててエレナと二人だけで逃げればよかったのだ。
だが、リーザを助ける道を選んだ。だったら、とことんやるまでだ。
「……一つ、逃げ道があると思う」
黙っていたエレナがつぶやく。
ディーンは思わず彼女の横顔を見つめる。
「……宇宙へ。私の船で一緒に逃げる。……数ヶ月海に浮かんでるから、燃料は海水から補給できてる。港に向かってたんでしょう? だったら、そのまま。私の船をこっちに呼ぶ」
「……君の船? でもあれは、持ち主不明の船として役所に持って行かれて、どこに係留されてるのかも知れないのに」
ディーンが言うと、エレナは、軽く笑った。
「……私の秘密を、二人だけに話しておこうかな。――二人は友達だから。……そう、私は魔人。『エクスニューロ』っていう知能機械が私の本体。じゃあ、それは、どこにあると思う?」
「どこって――え?」
ディーンの表情に、エレナはうなずく。
「ええ。あの船に。宇宙船の通常装備に紛れ込ませて据え付けてあるの。この私とは、単にブレインインターフェースを介してデータリンクしてるだけ。だから、私はただ、私本体を動かせばいいの」
あの白い翼の機体――あれがエレナそのものだったなんて。
ディーンは思わず、ほぅ、とため息を漏らす。
「宇宙にさえ出られれば、後は情報操作でどこの星へでもすぐに直行できる。いかに主教様とはいえ、宇宙まで伸びる手を持ってはいないでしょう?」
「そうだ、確かにそうだ」
ディーンはハンドルを握りなおす。
「そうとも。僕らは、あの鉱石を宇宙に持って行って、全人類に供する。最初からそうだったはずなんだ。どうして忘れていたんだろう」
それを見ていたリーザも、笑みを浮かべてうなずいた。
「……頼むわよ、二人とも。それはたいしたものじゃないかも知れないけれど……頑迷なエミリア正教からもぎ取った、私たちの勝利の証……。きっと、それがなんなのかを突き止めて……」
そこまででリーザの声は途切れた。
「……リーザ?」
思わずディーンが声をかける。
が、返事はない。
「リーザ、大丈夫か!?」
「……意識を失ってる、少し良くない状況みたい」
エレナが見て取ったものを冷静に伝える。
「……急ごう」
一言だけ返し、ディーンは再びアクセルを踏み込んだ。
***
港町まで妨害は無かった。
そしてそこには、真っ暗な中、確かに、エレナのあの宇宙船が佇んでいる気配を感じた。ほのかに輝く水平線を、見慣れぬ真っ黒な影が遮っている。
ディーンがリーザを抱えて桟橋から宇宙船へ乗り移っている間に、エレナはすぐ近くに停泊したままの調査船へ向かい、メディカルキットを調達した。一般家庭にあるようなものよりもはるかに幅広い傷病に対応でき、当然ながら、はるかに高額な品物だ。リース船から持ち出すわけだから言ってみれば窃盗そのものだが、もはやその程度のことに罪悪感を感じることも無かった。
三人が宇宙船にそろい、一旦沖合に出る。朝まではまだ時間がある。重力がある地上にいる間に、リーザの応急処置をしておくべきだった。
メディカルキットは、リーザに適切な処置と輸液を施し、血圧と脈拍はどうやら安定した値に戻ってきた。きちんと治療をするまでは安心とは言えないが、数日の宇宙旅行くらいになら耐えられるだろう。
眠ったままのリーザをしっかりと固定し、ディーンとエレナはコックピットの機長シートと副機長シートに自らを固定した。そして間もなく、エレナの無言のコマンドで、宇宙船は疾走を始める。
薄黄色の水素燃焼の炎が海水を吹き飛ばしながら機体を加速する。水中翼が機体を押し上げ、やがて水上を滑るように走る。翼の揚力が船体重量を上回る速度になると、ついに最後に水面に接していた簡易フロートがエミリアの海に別れを告げる。
空に飛びだすとそれまでの振動が収まり、ロケット推進の轟音だけが機内に響く。その轟音も、速度が音速を超えると機体を伝わってくる重低音だけに変化し、代わりに尖った機首が無垢の大気を切り裂く甲高い音がかすかに伝わってくるようになる。
船窓を、青い境界が横切っていく。宇宙でも最も明るい青と呼びならわされるエミリアの大気の輝き。それを、ディーンは初めて目にした。
王族外交でたびたび国外に出る王女リーザには見慣れた景色なのだろうな、と、まだ目を覚まさぬリーザのことを考える。
あのか弱い少女が、将来のわずかばかりの自由のために身分不相応の陰謀に加担し、そして裏切り傷ついた。それは誰のためだっただろう。自分のためかもしれない、という過ぎた妄想を押し殺す。
大気の猛烈な抵抗から解き放たれた宇宙船は、まさに快速とも言える速度で飛び始める。もともとこの手の自走宇宙船は加速能力が飛び切りに高い。地上から宇宙へ、一足とびに大砲で撃ち出してもらえる一般の宇宙船でなら数時間の道のりを、その助けなしで走りきらなければならないからだ。もちろんそれだけに燃料効率はきわめて悪く、地上で数か月のソーラーパワーで貯め込んだ水素燃料のほとんどを、星間カノン基地へたどり着くために吐き出してしまう。そこでたっぷりと推進剤を補給しなければ、次の星への旅もままならない。その不自由さは、有閑人の持ち物特有であり、なおかつ、彼らを楽しませる一つの娯楽なのだ。
自動操縦なのか、エレナが操縦しているのか分からないが、船は正確に星間カノン基地への航路に乗った。あとは何度か最適なタイミングでエンジンを点火すれば、最小の時間と労力でたどり着く。それでも、到着予定時刻は、三十六時間後と表示されている。それを見たディーンは、ともかく休息しようとエレナに提案した。考えてみれば、この夜はリーザの来訪から全く休みなく動き続けていたのだから。
***
たっぷり十一時間寝てしまったディーンは、初めての無重力特有の前身のむくみを感じながらも、出発前に飲んだ小さな錠剤が効果的に無重力酔いを抑えてくれているのを感じた。
そして、起きてすぐに、慣れない手つきで磁力靴を履き、キャビンを出る。向かう先は、リーザを寝かせた別のキャビンだ。
着いてみると、リーザはすでに起きていて、傍らにエレナもいる。簡易客席に腰掛けてベルトを締めている。もう少し前に起きて、二人で話していたのだろう。ディーンを見ると、ほぼ同じ口調でおはようと声をかけた。
「……おはよう。もう大丈夫なのか」
「大丈夫……とは言えないわね。傷は痛むし頭はふらふら。ずっと吐き気はするし」
「だったら――」
寝ていれば、と言おうとしたが、無重力では座っていようと横になっていようと負担はさほど変わるまい。
「それよりも、ディーン。覚悟することね。追っ手がかかるわ」
「宇宙に?」
「ええ。猊下の手は長いのよ。エミリアの領空から出ない限りは安心できないわ」
「そのことを話していたの」
エレナが口を開く。
「私たちの航路、この先に、軍艦が数隻。遭遇まで二時間。だから、リーザを起こしたの」
「軍艦?」
「ええ、たぶん、エミリアの領空警備艇ね。警備艇とはいえ、ロックウェル連合国の戦艦のお下がりだから、吹っ飛ばすぞと脅されたら止まるしかないわ」
「どうする?」
「どうしようもないわよ。王女の威厳で押し通る位しか思いつかないわ。まだ威厳なんてものが残ってるならね」
メアッツァ主教が、リーザ王女を犯罪人として告発していれば、威厳など何も残っていまい。だが、一国の王位継承権者をさほどぞんざいに扱うとも思えない。
しかし、それに期待するのは楽観的に過ぎる。
宇宙に逃げ出せばすべて終わり、と思っていたのは、何もかも間違いなのだ。ただ、地上にいるよりは多少は安全という程度で。
「エレナ、この船に、武装は?」
「あるわけがないよ。あったとしても、戦艦には歯が立たない」
土台、武力で圧倒することなど不可能なのだ。
では、もはや、リーザの残っているかどうか分からない『威厳』に頼るしかないのか――。
「――いや、エレナ、あるじゃないか。いつか君は言った」
ディーンが指摘すると、エレナは、驚いたように彼を見返す。
「君は、たとえば、どこかのシステムに侵入して好きなデータを盗んだり書き換えたり、そんなことは自由自在だって。たとえ戦艦だって、それができないはずはない」
「無理よ」
口を挟んだのは、リーザだ。
「エミリアの戦艦は確かに型落ちだけれど……それを補うために、最高級のコンピュータ、知能機械『ジーニー』を積んでいるの。あの知能機械の防壁を破れる者はいないわ……たとえ、魔人でも」
「やってみないと分からないけれど、難しいと思う」
エレナも素直にそれを認めた。
知能機械『ジーニー』。全く知らぬでもないその名前を聞けば、さすがにディーンも閉口する。かつて、マリアナでエレナの住処を暴いた知能機械こそジーニーなのだから。もう、力比べの結果は出ている。
「……そうか。魔人様でもジーニーの相手は無理か」
ディーンはやや皮肉めいた笑みを浮かべて、それに同じような笑みで返してきたエレナに向かって言い、そして、言い終わる前に――。




