第六章 決断のとき(6)
光、熱、轟音の順で駆け抜けていった白熱の槍は、小さな家の屋根に直径八十センチ余りの穴を空けながら突き抜け、反響だけを残して星空の中に消えていった。
ディーンがはっとして見ると、そこには、オズヴァルドが剣を振り下ろそうとした姿のまま固まっていた。
正確に記すなら、剣を振り下ろす右腕を失った姿だった。
熱針銃は、オズヴァルドを直撃こそしなかったものの、それが大気をあぶり弾けさせた余波が、オズヴァルドの右腕を、伝来の剣ごと吹き飛ばしたのである。
ディーンは、とっさの状況の中、ただエレナを守ろうと、振り下ろしてくる剣を狙い撃ちし、見事にやりのけたのだ。一歩間違えば、熱波の渦にエレナをも巻き込んでいたかもしれないというのに。だが、彼にはそれしか手段が無かった。
ドサリ、と音を立ててオズヴァルドが倒れこむ。続けて、鎧がたてるガチャガチャという音が続く。
ふらつきながら、リーザが歩み寄るのが見える。
「ああ、オズヴァルド……」
震えるリーザの声。
オズヴァルドは、ほのかにうなずいた。
「……殿下、これでよかったのです。俺は、忠実なエミリア騎士として家名を汚さず、敬愛する殿下に手錠をかける不敬を為すことも無く……逝けるのです……」
「あなた、まさかわざと……」
震えるリーザの言葉を、オズヴァルドは弱弱しく首を振って否定した。
「本気で……本気でやりました。俺も殿下と同じなのです……誇りあるエミリアの未来を、人外……魔人なぞに……ゆだねるつもりはない……ここで魔人を倒す……そのつもりでございました……」
そして、苦々しげに視線をエレナとディーンの方へ向ける。
「ただ、彼らのほうが上手だった……それだけなのです……」
「あなたはよく戦った。仮にもこの私を追い詰めた。この私をここまで追い詰める人間は、後にも先にもおそらくあなただけ」
エレナは、そう言ってうなずいてみせる。
「失望する必要は無い。ただ私は、人の背を少し押すだけ……知るべきことを本当に心に落とすのは……落とすべき心を持っているのは……私ではなく、人だから。ディーンだけがそうだと思ってた。でもそこに、リーザが加わった。私は安心して二人に全てを託せる。リーザの戦いもあなたの戦いも無駄じゃない」
「エレナ……」
ディーンは思わずつぶやく。
彼は思うのだ。
こうして誰かに託し、彼女は去っていくのではないかと。
これまでの人生も、こうして去り続けていたのかと。
「……そうか……ありがとう。ディーン、殿下を、頼んだぞ。お前は……腕っ節はひどいもんだが……殿下を信頼させる……何かを持っている……頼む……」
「ああ、分かった。だが、オズヴァルド、僕は、君も救うぞ。さあ、行こう。すぐに治療を受ければ大丈夫だ」
ディーンは我に返ったように立ち上がると、オズヴァルドの巨体を引きずり挙げた。ちぎれた腕の断面からぼたぼたと血が垂れる。
「置いていってくれ……すぐに教会の過激派が……」
オズヴァルドの声がかつてないほど弱弱しく消えていく。
「……おい、しっかりしろ、大丈夫だ、僕だって人並みの腕力はあるんだ、おい!」
ディーンが声をかけるが、そばに寄ったエレナが、ゆっくりと首を横に振った。
「もう……今からじゃ助からない」
「馬鹿を言うな、なんと言われても連れて行くぞ!」
ディーンは、重い体をもう一度、肩の高さまで引き上げた。
「……ディーン。あなたの気持ちは……ちょっとだけ、分かる。初めて人を死なせてしまったとき……私は後からそうと気付いただけだったけれど……後悔、絶望、自己嫌悪、そうね、そんな言葉になると思う……きっとあなたもこれからそれを味わわなければならない。私を助けるためにあなたにそんな思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「違うんだ、エレナ、そうじゃない、僕はオズヴァルドを助けるんだ……オズヴァルドを……これは……やっぱり僕のせいなんだ……どうしよう。どうすればいい?」
言い終わるのを待たず、王女リーザが、ディーンの頬を叩いた。
「それ以上のエミリア騎士への侮辱は許しません。彼はエミリア騎士として誇り高い最期を迎えることを自ら選んだのです。さあ、彼を安んじて、そして、敬礼しなさい」
一瞬の呆然の後、ディーンは我に返った。
彼女の言葉が方便だということは分かっている。
――でも、今は、彼女の言葉にすがろう。
オズヴァルドは僕にリーザを託してくれた。だったら、リーザに従うことこそ、オズヴァルドの遺志を継ぐことだ。
心に広がる黒い霧を振り払うには遠かったが、それでも、リーザの言葉は、次に進むための一条の光だった。
彼は、改めてオズヴァルドを床に寝かせ、その胸に主をなくした剣の鞘をそっと供えた。
そしてリーザの隣に立ち、胸に右腕を挙げる騎士に対する敬礼の姿勢をとる。エレナもそれにならう。
忠誠心あふれる勇猛な騎士は、静かに旅立っていった。




