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第六章 決断のとき(4)


 照明を落とし、耳を済ませていると、数台の車が家が面する道に停まったのが分かった。

 次いで、バタンバタン、と、ドアの開け閉めの音。


 ディーンが窓から覗こうとすると、


「伏せてて」


 冷静なエレナの声に押し戻され、しぶしぶ、リーザとともにソファの後ろにかがみこんだ。


 窓からは道路側は見えない。足音が近づくのは分かるが、どこからやってくるのか、検討がつかない。

 玄関をぶち破ってくるか?


 庭に回りこんでバルコニーを破ってくるか?

 あるいはその両方か?


 窓の無いキッチン側に身を潜めているとはいえ、その後ろの壁が破られる可能性もゼロではない。何しろ、彼らは熱針銃を持っている可能性だってあるのだから。


 緊張の数瞬が過ぎ、静寂が破られる。


 玄関ドアが蹴り飛ばされ、同時に、バルコニーから黒い塊がガラスを割って投げ入れられた。


 ――爆弾だ!


 そう思うと同時に、ディーンはリーザをかばうように押し倒して倒れこむ。


 だが、爆発音は、間もなく庭から響いてきた。

 それは、どうやら光と音だけのスタングレネードで、しかも、投げ込まれるのとほぼ同時にエレナが右足でけり返して、正確無比に割れたガラスの穴から庭に蹴り出していたのだ。だからその威力を受けたのはむしろ庭からの突入をうかがっていた何名かの突入メンバーだった。


 一方、玄関からリビングへは一度狭い廊下を通る必要がある。だから、備えがあれば先頭から順に撃ち倒されるのが当然の流れであり、庭からの奇襲が失敗したため、彼らは玄関に立ち往生してしまったようだ。


「これであきらめてくれればいいんだが」


「あきらめるもんですか。王女を傷つけてまで先走ったのに手ぶらで帰ったら、彼らは明後日には土の中よ」


「主教様のお祈りをいただけるだけ幸せ者さ」


 緊張に耐えかねてディーンとリーザが軽口を飛ばしあう間も、エレナは油断無く左右に目を配り、突破の隙を探す。

 いかにエレナが無敵の魔人でも、守るべき対象がいる以上、うかつに飛び出すわけにはいかないのだ。


 ふいに、神経銃の照準が自分の目の前をふらついているのに気がついた。それは、魔人特有の感覚。その全知と未来視は、視覚とも聴覚とも違う全く別個の空間感覚となり、『どこ』に『なに』が『在り』または『在り得る』のかを直接的に理解させる。生まれたときから知っていたかのように。


 神経銃の照準が狙っている以上、その銃口がそこに向いている。つまり、エレナの弾丸はそれを打ち抜けるはずなのだ。


 事実、そうなった。


 エレナが次に『知った』のは、神経銃の持ち主の位置と体勢であり、知ると同時に彼女の旧式銃が放った灼熱の鉛玉は、神経銃とその持ち主の三本の指を吹き飛ばした。


 パン、という音に、軽口を叩いていたディーンは思わず首を引っ込める。


 驚いたのは敵も同じで、その動揺の震えを『知った』エレナは、即座に次の行動を起こす。


 指を失った男の隣にいた男をすばやく視界におさめると、引き金を二度引いた。一発は膝に入り、もう一発は神経銃を吹き飛ばす。ひるんだ残る一人が思わず伏せるこむことを『知っていた』エレナは、飛び出して彼が振りかざそうとした投げナイフを蹴り飛ばした。残る一人に致命傷を与えずに止めるにはこれしかなく、なおかつ、もう一人との肉弾戦と銃撃戦を同時に避けるには二発が必要だったのだ。


 最後の一人の腕を銃で打ち抜き三人を無力化すると、エレナはすぐにリビングに駆け戻る。スタングレネードの衝撃から立ち直った庭の一派が再び何かを仕掛けようとしていることに気付いたからだ。


 彼らの手段は、シンプルだった。神経銃のフォーカス距離を固定して、部屋中にやたらめったらと神経刺激波をぶちまけるというものだ。そしてエレナが知ったところによれば、その火力支援を受けながら二名がバルコニーににじり寄っている。


 照準はでたらめだが、だからこそ、エレナがそれをよけるのは困難だった。エレナを狙うという明確な意思が無ければ、彼女の予知能力は半減してしまうのだ。

 何とかリビングを駆け抜け、ディーンたちのところにしゃがみこむ。


「大丈夫か」


「ええ。でも、人数が多い。私に対する戦い方をよく理解してる。面倒」


「ご……ごめんなさい……猊下にはあなたのことを報告してしまったから……」


 申し訳なさそうにリーザは謝るが、


「リーザのせいじゃない。彼らとていずれは学習する。旧式銃と神経銃の決定的な差は、障害物を透過できるかどうか。間に障害物があっては、旧式銃はとても不利だから」


 軽く息を弾ませながら、エレナはそう言い、すばやく拳銃の弾倉を取り替えた。まだ数発残っている弾倉をディーンに投げよこす。


「詰めておいて」


 言われるまでも無く、ディーンは確保しておいたエレナの手荷物を手繰り寄せ、予備の弾丸を取り出しつつあった。


「動けないのか」


 神経銃の刺激波がどこに焦点を結んでいるのか見ることのできないディーンが、尋ねる。


「ええ、部屋中やたらめったらにうちまくってる。やつらの銃のパワーが先に切れてくれればいいけれど」


 そうでなければ危ないのか、という言葉をディーンは飲み込んだ。


 実際、危ないのだ。

 ただでさえ小さな家で包囲された状況。


 それに加えて、『彼女には守らねばならないものがいる』。


 自分が足かせになっていることを感じ、ディーンは焦燥感を覚える。

 マリアナでマフィアどもを単身相手にしているなら、この程度の包囲、あっという間に蹴散らしてしまうに違いない。


「ディーン、点検用に床板が外れるところがあっちにある」


 エレナが指差したのは、キッチンから数歩のパントリーの位置だ。


「リーザをお願い」


「エレナは」


「屋根に出る。相手が見えれば負けない」


 それしかないかもしれない。そう思ってディーンがうなずいたとき――。


 リビングを、強烈な白い光線が横切り、そして轟音。

 それはちょうど、目前に雷が落ちたような音と光、そして衝撃だった。


 バルコニーから玄関にかけて一直線に直径二メートルの穴と、その縁に沿って燃える炎が残った。



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