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第六章 決断のとき(3)


 ディーンがリーザから受け取った補償金は、ありていに言えば『目玉が飛び出るほどの金額』だった。おそらく、彼女が個人的に動かせる限度額に近いだろう。

 それに手をつけることをディーンは嫌がったが、エレナは気にせずにそれを彼らの調査会社の口座に入金した。


 まもなく、エレナは当然のように調査船の長期リースの契約を済ませ、ディーンを航海に誘った。その元手がリーザの金だと知るディーンは渋ったが、結局は船に乗り、船に乗ってしまえば、掘削に精を出し、最後にはそれを楽しみさえした。


 何日かぶりに自宅に帰ったとき、ディーンはすっかり心変わりしていた。


「――家を?」


 ディーンの提案に、エレナが鸚鵡返しに聞き返す。


「そうさ。郊外に誰にも邪魔されない家を買おう。もちろん調査は続けるさ、それでも、人生を楽しまないって手は無い。お金はたっぷりあるんだ。もともと僕は科学に人生をささげるつもりなんて無かったんだ。僕にとって、採掘は余興なんだ」


 そう言い終わってエレナを見ると、彼女は明らかに不満そうな表情を浮かべている。


「君だってそうだ。いいかい、確かに博士の残した君の使命は、人類の科学的発展を助け続けることだ。だけど、僕がこうして新種鉱石を見つけたときのように君がうまく関わってその助けになれる、そんな時ばかりじゃないだろう。そうじゃないとき、君はどうしてる? 君は、そんな余暇を楽しむべきなんだ。君の人生はとても長いかもしれない。でも、だからこそ、君は、人生のために本気で戦うべきなんだ。マリアナで用心棒まがいのことをやって命のやり取りをするばかりが余暇の過ごし方じゃない。僕はリーザとの戦いに敗れたかもしれないけれど、ある意味で勝者なんだ。なぜって、これだけの補償金を得て、君に初めての余暇を味わわせることができるんだから。いいかい、もう一度言うぞ、僕は科学の奴隷じゃない。自分の人生を楽しむために何だってするぞ、たとえ君の使命とやらを犠牲にしても!」


 そのディーンの熱心な説得に、エレナはついつい微笑みを漏らしてしまい、その微笑が承諾の返事になった。


 ディーンは、結局のところ、エレナの孤独に対する同情が自分の行動の根源にあるのだと自分でも気付いていた。だからこそ、試掘の再開にも同意したし、そのためにリーザの金に手をつけたことも受け入れた。そこからもう一歩踏み出すことは、たいした壁ではなかったのだ。せめて自らの生あるうちは、エレナの孤独を癒せれば。ただそれだけであり、そうと気付けば、全く実る当てのない新種鉱石探しの試みもかえって好都合にさえ思えたのだ。


 一週間をかけず、近郊の小さな丘に中古の一軒家を見つけた。レンガ造りの平屋で、リビングと個室三つに屋根裏部屋、リビングから庭に突き出したバルコニーだけの小さな家だが、二人で住むのにはもてあます広さだった。斜面沿いの傾斜地を庭として楽しめる別荘的な立地だったが、その庭は雑木が茂って手入れがされている風は無かった。売主の老婆は、これを売った後は都会の息子のところに住むのだと言う。


 ディーンのIDと生体認証で所有権移転登記を済ませ、同時に住所変更の同報通知を行って、もうこの日からディーンの居住地はこの小さな家になった。

 引越しは後日適当な運送業者に依頼することにし、その日は、エレナと小さなランタンと丸テーブルを挟んで夕食を摂り、遠距離ドライブ用に車に積んであった寝袋で夜を明かした。


 そこからは、平穏な日々が始まった。


 ディーンは、荒れ放題だった庭の雑木の刈り込みに三日をかけた。だが地面を何とか露出させたところで疲れて熱を出し、二日寝込んでしまった。

 エレナは、ほとんどしたことが無いという料理のために材料を買い込んで、何度か真っ黒で苦いスープを作ってから、ディーンが寝込んだその日に絶品のコンソメスープを出した。


 そんな新しい暮らしを楽しみながら、時折、数日の調査航海に出る。長期リース料に日当も含まれている船員たちにとっても気ままな日々だったに違いない。


 掘削深度は徐々に伸びていたが、相変わらず、新種鉱石は出なかった。それが出るであろう深度に達するのには、まだまだ多くの経験が必要だった。ディーンは一度、彼と同じように調査海域閉鎖で思い切って長期休暇を取っていた掘削担当の同僚に連絡をとってみたこともあったが、彼は婚約者と惑星一周リゾートの真っ最中でディーンを手伝う余裕などなさそうだった。


 どんな手を使っても鉱石を掘り出すのは当面無理だろう。無理であるべきなのだ。

 結局のところ、ディーンにとって、鉱石など出ないほうが良かった。

 この気ままで満ちた生活が続く限りは。


 だが、その鉱石は、思いもよらぬ形でディーンを訪れた。


***


 すっかり日も暮れたある日の夕食後。


 突然、玄関の扉が激しく叩かれる。


 古ぼけた家とは言え呼び鈴もしっかりとあるし、目立たないようにしているわけでもない。夜なら、誰かが近づけば明かりさえ灯るのに、それを無視しての狼藉だ。


 億劫に思いながらも、いざとなればエレナもいるし、と軽く考え、気弱そうな相手なら怒鳴りつけてやろうという考えを心に潜めながら、ディーンは扉を開いた。


 そこには、想像もしなかった人物が想像もしなかった姿で立っていた。


 リーザ。


 いつもお忍びのときに着る明るめのワンピースとつばの広い帽子という姿だが、無残にも、その左肩から左袖、左わき腹にかけて、真っ赤に染まっている。


 しばらく血のにおいから離れていたディーンには、一瞬それが何を意味するのか分からなかった。

 そして、真っ先に行動したのはエレナだった。


「入って。傷口は? ディーン、メディカルキットを」


 真っ青な顔で倒れこみそうになったリーザをエレナは抱くように支え、部屋の奥に導きいれた。

 そのときになって、ディーンはようやく、リーザがひどい怪我をしているのだということに思い至った。


 急いでメディカルキットをクローゼットから引っ張り出し、そのついでに厚手のコートも抱える。


 ソファにコートを広げると、エレナと一緒にそこにリーザを寝かせた。

 メディカルキットの電源を入れ診断モードを起動するとすぐに、透視血流センサーは、リーザの左腕上部と左肩に深い傷があることを発見し、一対のオペレーションマニピュレータをまず左腕上部に貼り付けるよう指示する音声が流れた。


 メディカルキットの指示に従いながら、ディーンはリーザの顔を覗き込む。まだぜいぜいと息を弾ませているが、その顔色はむしろ青白く、状況が悪いことは明らかだった。


「……ディーン、よかった……これを……」


 リーザは治療を受けているのにも関わらず右腕をひねって、ワンピースの腰紐に結び付けていた何かを持ち上げてディーンに押し付けた。


 その形状は間違いなく、ディーンがリーザに渡したはずの鉱石サンプルのケースだった。


「急いでこれを隠して……さあ、早く。それから、これをはがして。私は出て行くわ。私が出て行ったら、百数えて、抜け出して。エレナとどこかへ……」


 か細い声でリーザが続ける。


「待って、まずは治療だ、事情はそれから聞く」


「そん……なことをしてる……暇は無いの……すぐに追っ手が来る……」


「ディーン、丘の下から車が来る」


 窓から外を見ていたエレナが、リーザの言葉を裏付けるかのように警告を発する。


『応急処置が完了しました。マニピュレータをゆっくりとはがし、左肩に貼り付けてください』


 メディカルキットの指示に従いながらも、ディーンは何とか自身の混乱を落ち着かせようと試みる。


 いったいなぜここにリーザが?

 なぜリーザが怪我をしている?


 誰がリーザを追っている?


 疑問を一つ一つ持ち上げていくと、おのずとその答えが意味するもの、陰謀の焦点が浮かび上がってくる。

 リーザがメアッツァ主教猊下に渡したはずの鉱石サンプルを持って現れ、誰かがそれを追っている。答えは一つしかないのだ。


「猊下を裏切ったのか」


 マニピュレータを貼り付けながら、ディーンはリーザに問うた。

 リーザは弱弱しく笑みを浮かべる。


「裏切り……そっか、そうなるわね……こっそりくすねてくるつもりだったのに見つかって……このざま……よ」


「どうしてそんなことを」


「どうして? どうしてって……」


 リーザは一瞬エレナを見て、それからディーンに視線を戻した。


「魔人なんかの助けが……なくたって……人はちゃんと……進歩の道を選べる……見せつけてやりたいじゃない……」


 再び微笑みを浮かべるリーザ。


「あっちが魔人ならこっちは王女様よ……そんな気分だった……それだけ」


「あなたは馬鹿なことをした」


 エレナは無表情な声色でぴしゃりと言い放つ。


「そうね、でも、人間は……馬鹿なことをしがちなものよ」


「私に相談してくれれば良かった。あんな連中、私が蹴散らしてやったのに」


 そう言ったエレナの瞳には、怒りにも似た炎が燃えているように、ディーンには見えた。


「オズヴァルドは!?」


 エレナの言葉に、リーザの忠実な近衛兵の存在を思い出し、ディーンは叫ぶように尋ねた。


「巻き込めないわ……彼は何も……知らない……」


 たった一人、単身で、このエミリアで王にも匹敵する権力を持つ相手のところに喧嘩を売りに行ったのか。

 ディーンはおののきを覚える。


「主教猊下も……何も知らない……という建前でしょうね……今追いかけてきているのは、以前ディーンたちを襲ったのと同じ、教会の過激派よ」


 メディカルキットが応急処置を終えたことを告げる。緊急用の輸液のためか、リーザの顔色は若干良くなったように見えるが、キットは、すぐに近くの緊急病院に連れて行くよう提案する。


 リーザはゆっくりと起き上がり、ソファに座りなおす。ディーンが制止するも、無視する。


「相手が私だって気付かずに襲ってしまって……連中も引っ込みがつかないんだわ。私の位置情報を追ってきてるから、ともかく私はもう行かなくちゃ」


「だめだ、君はここにいるんだ。なぜなら、ここはこの宇宙で一番安全な場所だからだ。そうだな、エレナ」


「ええ、ディーンが嫌でなければ」


「嫌なものか、思う存分に撃ちまくれ。ボディガード料が必要ならこの前のクレジットから好きなだけとればいい」


「もう十分もらった」


 エレナは言いながら、コート掛けから上着をひったくった。その上着の内側には、いざと言うときのためにいつも旧式の拳銃を忍ばせてあるのだ。

 その拳銃を取り出し、マガジンが弾丸で満たされているのを確認すると、彼女は安全装置を外した。


「『友達』を傷つけた罪は、たっぷり償ってもらう」



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