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第六章 決断のとき(1)

■第六章 決断のとき


 ディーンがエレナと別れた高原を再び訪れたとき、空はうって変わって快晴で、暖かい日差しが降っていた。

 小さな駅舎風の小屋のそばのベンチは空だったが、彼はそこに座って、大きく深呼吸をした。


 もしかするとエレナはもうここに来ないかもしれない。

 そう言えば、エレナの宇宙船がどうなったのか、聞いてさえいない。

 もう、宇宙に帰ってしまったかもしれないな。


 それでも、彼はそこで待ち続けるつもりだった。

 あの雨のそぼ降る中、ディーンの来訪を待っていたエレナのように。


 好天のリゾート地では、このような公園はほとんど見向きもされないものだ。むしろ、リゾートを楽しむための駐車場に、申し訳程度に公園が付属していると見るほうが正しい。駐車場に車を止めたカップルは、小屋で冷たい飲料などを調達し、公園を横切って山なみを望むハイキングロードへと消えていく。


 ただ、全く無人と言うわけでもない。高地の空気の美味しさを理解できない小さな子供が公園の遊具で遊びたがり、結局そこに丸ごと釘付けにされている家族連れもいる。だから、公園はそれなりに子供のはしゃぐ声で満たされている。


 四季の変化が比較的乏しいエミリアでは、気温変化をトリガーとして繁殖する植物は少なく、勢い、いたるところが多年性の常緑植物で満たされている。あまり目立たない白っぽい花を年中ポツリポツリとつける植物ばかりだ。だから視界のほとんどを緑が覆う光景は、例えば地球からの旅行者には少しまぶしすぎるくらいだろう。だからこそリゾートとしての価値が高いと当初は評価されたのかもしれない。


 足元の芝生はそんな気候に合わせて改良された品種らしく、常に同じくらいの気温と同じくらいの日照にさらされることでほぼ同じ草丈を維持するようだ。よくよく観察してみると、伸びすぎた葉は倒れて枯れてしまうよう茎が弱くなっている。伸びては倒れ枯れて養分となる。そのサイクル、ダイナミクスを知らず、この芝を踏むものは年中同じ草丈を楽しむのだ。


 科学も同じだ、とディーンは思う。

 小さな発見や改良のダイナミクスが、一定の幸福を維持している。その一断面だけを切って、人間の幸福に発展は必要ない、と論じるのは、きっと誤りに違いないのだ。


 エレナにそれを命じたエンダー博士は、それを知っていたのだろうか。あるいは知らずにエレナの延命のためだけにそれを命じたのだろうか。


 だが、エレナがそれに従い、宇宙のあちこちでそれを守る戦いを続ける限り、人類は幸福を維持し続けられるに違いない。


 さくり、という音とともに、見つめていた芝生が踏まれる。

 そのスニーカーの色形に見覚えがあった。


 目線を上げると、ディーンが想像していたとおりの顔があった。


「……エレナ。来てくれたんだ」


 エレナの表情は逆光になって見えないが、微笑んでいるようにも見える。


「私の仕事はまだ終わってないと思うから」


 抑揚の少ない声で、それでも、ディーンの来訪を喜んでいるような声色を含めて、エレナが答えた。


「それよりも、あなたが私のことをあの人に告げなかったことに驚いた」


 そうだった。ディーンは、エレナがここにいることを結局リーザには秘密にしたままだったのだ。


「僕にも分からない。分からないけれど、正解だったと思ってる。リーザは、裏切っていたんだ」


 それでも、結局は彼女に鉱石サンプルを奪われるという自らの過ちを恥ずかしく思い、ディーンは顔を曇らせる。


「君に、僕が間違っていたことを告げようと思って来た。ただそれだけなんだ。君はもう僕を信じられないだろうし――エミリアにも失望しただろうし。君にはそれだけのことをしてきた自覚はある」


「いいえ、私は裏切らない。あなたのことも――全人類のことも。それは私の贖罪だから」


 そしてそれはエンダー博士の最後のオーダーだから。

 きっとそうなのだろう。ディーンは、そう思うのだ。


「私がマカウの遣わした機械のスパイなんじゃないかと疑ってるかもしれない。でも、そうじゃないことは信じてほしい。博士の手記を読んだのなら、きっとそうじゃないって信じてくれると思う」


 ディーンも、それを疑うつもりはほとんど無かった。


「あれから――私はずっと一人ぼっちだった。いろんな人に出会ったけれど、そんな人はみんな私の前から消えていった。みんな私より先に死んでしまった。私も死にたいと思った。でも、博士との約束。私の贖罪。辞めるわけには行かなかった」


 あの手記を読み終えたとき、ディーンが想像したエレナの孤独を、彼女自身が語る。


「きっとあなたも同じように消える、もう消えたんだと思った。だから、また会えて、うれしい」


 少しうつむき加減でそう言うエレナが、あの恐るべき魔人の姿からは想像もできないほど儚げに見える。


「私はずっと女性だった。それは、最初の私が女性だったから――きっと、私になる新しい私も、新しい私を受け入れる私も、お互いに理解できると思ったから」


「……理解?」


「ええ。私は、新しい私を説得しなくちゃならないから。そして一つになって。今までに生きてきた私たちは、私の中にみんな生きてるから。多重人格ってのとはちょっと違うかな。でも、私、ユーニスは、エレナに出会うまでのことも覚えてるし、その……とても幸福とは言えない人生だったけど、それも含めて受け入れてくれたエレナにとても感謝してるし、それを私の誇りだと思ってる」


 他人の人生を乗っ取る恐るべき存在。

 ――だと決めつけていたが、必ずしもそうとは言えないのではないか。

 人生をあきらめたとある少女には、『エレナ』とは、救いに他ならなかったのかもしれない。そんな一面を、どうして僕は想像さえせず、リーザの言葉を軽々しく信じてしまっただろう。


「あと……それだけじゃなくて、もしかすると、いつか、男性に、恋をすることもあるかもしれないと思って。そのくらいのことは許されていいんじゃないかと思って。だから、女性であり続けた。まだそんな人に出会ったことは無いけれど、もしかするとあなたが、と思う気持ちもあって。そのことを確かめる前に、あなたが消えたことが悲しくて。だから、もう一度会えて、うれしい」


 随分半端に告白されてしまったものだ、とディーンは思わず苦笑いしたが、きっと、それがエレナというものなのだろう。ディーンは、深くうなずいた。


「……だったら、もう一度」


「ええ。もう一度、あの鉱石を、探そう。でも、それはあなたがやらなければならないの。私はただ、見守るだけしかできないから」


「そうだ、僕がやらなくちゃ。僕が、人類がそれをやらなきゃならない」


 人類であることを捨てた不死身の魔人に、決意を告げる。


「――帰ろう、エレナ。僕らの出会ったあの町に、あの海に。調査局は閉鎖されたけれど、なんとかなるような気がするんだ。君と、一緒なら」


 そのディーンの提案に、エレナは小さくうなずき、微笑みを漏らした。


***


 もう一度鉱石を探すと言っても、やはりそれは極めて難しい作業だった。

 海底を深く掘り下げなければ見つからない鉱石。だから、海底深部掘削船は必須の装備だ。

 当然ながら、エミリアの民生の掘削船でそこまで深く掘れるものなど存在しない。ほとんどの資源は陸上か、海底でも浅い域から採取できる。


 だが、うまい具合に、閉鎖された海域の調査局の船が、一時的にリース解除されることがエレナの調査で分かった。調査局の別海域への移転は急ぐ話でもなく、移転先にも調査船はある。何より、閉鎖されたとはいえ、調査局には未分析のデータが山のように残っている。この分析作業でこの先数年は業務の予定が埋まっており、調査船を新海域に持っていくよりもリースを解除してしまおうという話になったようだ。


 こうなると、もともと調査局が実質永年リースしてくれるものと思って船を建造したリース会社も死活問題だ。民間の資源調査会社へのリースをもくろんでいた。もちろん、研究目的相場では借り手がつくはずも無いから、民生調査船に近いレベルまでのディスカウントはやむを得なかった。


 エレナが時折懐から取り出す未署名のクレジットクーポンの埋蔵量は、それを短期間借りるのに十分だった。二人は小さな資源調査会社を立ち上げ、ディーンの口座を経由してその口座にクレジットクーポンを移すことで調査船の借り上げ費用に充てる段取りを整えた。


 だが、結局、実質二人だけで調査船を運用するのは無理があった。船員を短期で雇うことはできても、調査装置の運用経験者まで雇うことは無理だった。初めての試験的な航海では、水深五百メートルの浅い海で、海底下二百メートル足らずを掘るのが精一杯だった。


 それでも、二人はただ黙々と次の予定を立てた。


 最初の航海の惨憺たる現状に、諦観さえ漂っていたが、それでも、エレナの生涯の目的と、それに殉じようというディーンの情熱は、ただただ、あの新種鉱石の再発掘だけを目指させるのだった。



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