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第一章 空と地からの来訪者(1)

魔法と魔人と王女様:Seventh、全七章です。前作を全く読んでいなくてもお楽しみいただけるようになっております。


では、どうぞ。


■第一章 空と地からの来訪者


 わずかな街灯の光が漏れこむだけのその寂れた路地裏の廃墟。『彼女』の影が、遠くの光をさえぎり瞬かせる。だが彼女の姿を正面から捉えるものはいない。


 彼女の握る旧式銃の吹くオレンジ色の炎が、闇を裂くフラッシュとなって、彼女に対峙する『敵』たちを照らす。

 全部で十人以上はいるであろう敵たちのうちの何人かが、自らの影を背後の朽ちかけた壁に落とすと同時に、その炎が打ち出した『銃弾』でなすすべなく倒れる。


 敵の男たちは、それでもひるまず路地の奥に彼女を追い詰めようと包囲網を狭めるが、そのうちの一人の男が、脇を黒猫が通り過ぎたと錯覚し、直後、背後から太ももを撃ち抜かれる。


 混乱した別の男が振り向いて銃を構えるが、その銃は暴発する。『トリガーを引いていないのに』だ。それはまさしく、彼女の放った弾丸の仕事だった。灼熱した破片を上半身一面に浴びた男は糸の切れたマリオネットのように背中から路面に落ちる。


 そのようにして、彼女を斃そうとした男たちが六人地面に転がるのに、三十秒とかからなかった。


 そのあたりであきらめればよいものを、さらに三人の男が、彼女を囲むように廃墟の陰から飛び出す。三人は、完全にタイミングを合わせることで、同時に狙撃されることを避ける作戦に出たのだ。


 そして、彼女が照準を合わせるのも待たずに、ありったけの弾丸を撃ち込むべく引き金を引く。

 幸運にも三人のその行動はほぼ同時だった。


 本来なら、彼女に敗北を避けるすべはない。


 だが、彼らがトリガーを引く『直前』に、彼女は、一歩右に、飛び退くというよりは『揺れる』ように動いていた。


 飛ぶ弾丸の一つは、彼女の胸があった場所を通過していった。


 もう一つの弾丸は、彼女の左足があった場所で土ぼこりを上げた。

 最後の弾丸はもともと外れる弾道を闇の中に向かって消えていった。


 その成果を確認するまでもなく、三人は次のトリガーを引く。


 引いたはずだった。


 一人は、彼女の撃った弾丸が右肩にめりこんでいることに気が付き、悲鳴を上げた。

 もう一人は、構えた拳銃が火花を上げながら自らの肩越しに後方に吹っ飛んでいることに気付いた。次に、その右手指の骨が粉々になっていることも。


 最後の一人は、その光景にあっけにとられてトリガーを引く指を止めていた。


 そして、最後の一人は太ももに銃弾を受けて倒れた。


 この一幕で彼女が動いたのはたった一歩。放った弾丸は三発だけだった。


 物陰に二人の男。


 一人は息を上がらせて震えている。

 もう一人は、ずっとここで彼が飛び込んでくるのを待っていた。


「なんだよ、なんなんだ、あの女は!」


 震える男は、かろうじて銃を握りなおす。


 彼は、最後の三人の指揮を執っていた。

 三人の行動を指示しながら駆けていた。


 ともすれば、最後のとどめを彼女にさすために。


 だが、一瞬で倒れた三人を見て、彼は彼のさらに上のリーダーが隠れている物陰に飛び込むことを選んだ。

 もし彼が銃を上げていれば、確実に彼女の弾丸の餌食になっていただろう。


「噂だけは聞いていたが……あれこそがもしかすると……『戦う女神(バトルゴッデス)』……」


 その言葉を聞いた震える男は、顔色をさっと変える。


「……そんな、あれが……『不死身の女傑(イモータルアマゾン)』!?」


「そう、あるいは『不可触処女アンタッチャブルメイデン』」


「いなくなったんじゃなかったのかっ……」


 その言葉を聞いて、リーダーは軽くため息をつく。


「そう、数か月か、数年か、時々姿を消すことは知られているが……それでも、それが永遠だったことは無い。今度もそうだっただけ――だな」


 そして、彼は右手に握った小さな結晶チケットを見やる。彼が取引で『マフィア』に渡すはずだったオフラインのクレジットクーポン、その額、二百万クレジット。


「マフィア相手にちょっとした冒険で一生面白おかしく暮らせる金――甘い考えだったな」


「逃げよう、まだ間に合う!」


「……無駄だ。戦う女神(バトルゴッデス)に魅入られて逃げおおせたものはいない。あれは……女神と言うよりは魔獣だ。どんなにうまく隠れた獲物も嗅ぎ出す嗅覚……」


 震える男は、くそっ、と小さくつぶやく。

 そして、まだうめいている男たちをそっと覗く。


「命まではとられなければまだ――」


「それからマフィアの拷問ってわけだ。どちらにしろ俺たちの運命は決まったようなもんだ」


 リーダーは、クーポンを後ろにほうり捨てた。


「……生まれ変わったら、また組もうぜ」


 彼はにやりと笑うと、物陰から彼女の前に進み出た。震える男はすぐに続いた。


 二発の銃声が、戦いを終わらせた。


***


 この青い海が生まれて、まだ二百年もたっていないことに、彼は改めて驚く。


 惑星エミリア。


 通り一遍の鉱物資源と豊富な水が見つかったこの惑星は、すぐにテラフォーミングの処置を受け、青い海をたたえることになった。


 もちろん、鉱物の採掘、食料の生産はある商社の管理下でそれなりに行われていたが、その生産性は必ずしも高いものとは言えなかった。


 ただ、海だけは美しかった。

 オゾンの多い高層大気がブルーサファイアのように輝くところも、この惑星の美しさを際立たせたと言えよう。


 だから、その商社は、この惑星を、リゾート惑星に造り替えようと考えた。


 だが、そうした動きが始まるや、その惑星に『買い手がついた』。


 惑星一つを買うという前代未聞の大富豪。彼は、とある星間覇権国家と組んだ貿易網の取り仕切りで莫大な財を半生のうちに得た。その覇権国家、『大マカウ国』にしてみれば年間軍事予算の0.01%にも満たない額だっただろうが、ともかく、そのようなわずかな業務委託費用で、『大マカウ国』の支配するいくつかの資源惑星から地球への輸送網の安定が保たれた。その大富豪の知恵だけが、それを成すのに必要な原価であった。


 だから、彼は、そうやって得たいわば『あぶく銭』を、惜しげもなく惑星一つを別荘化することに使った。

 惑星上で生産活動をしていたすべての住民は彼の『使用人』となった。

 いつしか彼は、雇用者ではなく『王』と自分を呼ぶよう使用人たちに言うようになった。陽気で冗談好きの使用人たちは喜んでその壮大なジョークに乗った。


 そうして生まれたのが、『エミリア王国』であった。


 今、海を眺めている彼は、エミリア王国の、そんな陽気な使用人たちの末裔の一人だ。

 王家お抱えの使用人、すなわち『公務員』としての彼に与えられた役割は、この海域の海洋底地質調査。


 深海掘削船研究セクションの副責任者という重い地位にわずか二十二歳で就いていることは、彼の優秀さと言うよりは、エミリア王国のこの仕事への熱意の無さを示している。


 国際惑星資源条約においては、惑星を領有する国家は、そのすべての惑星の地質学的特性を定められた方法で調査し、結果を公表しなければならない。ともすれば貴重な重水資源などを秘匿するといった『人類共通の利益に反する』行為が横行したために無用な星間戦争が起こった時代の反省の結果である。


 エミリア王国も、資源と食料の完全自給あるいは完全消費が成立しない以上は、この条約に加盟している。そもそも、莫大な富で国家と国民が享楽にふけるだけのこの王国にあっては、完全自給を目指そうというものはまず現れないであろう。いずれ、王家と貴族の莫大な資産が尽きるその時までの命運の国家であると誰もが知っているし、その時はその時で、どこかの商社が惑星を買い叩きに来るまでは国際的な人道保護基金で生活だけは保障されるのだから、気楽なものなのだ。


 そうした理由もあり、王家は不承不承ながらも地質調査を続けている。大陸部の調査は遅々として進まないし、海洋底調査に至っては完了面積は一パーセントにも満たない。それでも、調査をしているというポーズだけは必要なのだ。


「おい、ディーン! ――ディーン・リンゼイ博士!」


「あっ、はい」


 呼ばれて、海の色に心を奪われていたことを知ったディーン。


「コアが上がるぞ、作業だ」


 呼びかけた男は、研究責任者のヒョードル・マクフライ。真っ黒に日焼けした顔で煙草をくわえている。それに対して、ディーンは色白のブロンドで、海の男としては実に頼りない姿だ。


 マクフライに呼ばれて彼が向かった先は、コアの引き揚げ作業室だ。海底のさらに下の岩盤を長大な中空パイルでくりぬき、それをそのまま引き上げたものを『コア』と彼らは呼んでいる。


 そのコアが、長い海中の旅を経て、次々に船内に上げられようとしていた。


 ディーンは習慣のように腰につけた小型の超音波探査機を右手に取り、コアの入っているであろうパイプに外から当てる。最初の反応は『空洞』だ。実際には、その探知機は、空気のような比重の低い物体から水、泥、岩盤を正確に同定できる。彼が得た探知結果は『海水』である。


 その反応はすぐに『泥』に変わった。ディーンは即座に冷凍装置のスイッチを押し、管内の超急速冷凍を開始する。このようにしないと、泥の類は管を開けた瞬間に流れ出てしまうからだ。同時に、排水ダクトをすべて開けて、無駄な海水を捨てる。


 床に落ちた海水のしぶきを全身に浴びながら、ディーンは考える。


 毎日この管を下ろしては上げる。


 日々のこの単純作業で何が見つかるというわけでもないし、何を見つけたいというわけでもない。

 コアの切り出し作業の手練が上がっていくだけだ。


 だが、別にそれでいい、と思う。


 仕事にやりがいを見つけようとも思わないし、休日にはそれなりの楽しみだってある。

 今週末も、カレッジ時代の旧友たちと常夏の島へリゾート旅行だ。そこで女の子の一人でも引っ掛けられれば十分に人生は楽しい。


 そんな安楽な人生を送るための『クレジット』を、日々のくだらないパイプの上げ下げでサラリーとして得られるのであれば、これ以上の生活があるだろうか。


 急速冷凍されたコアの一部が取り出され、床に横たえられる。

 すべてのコアを船内に保存するわけにはいかない。そんなことをすれば何千トンという重荷だ。だから、冷凍したコアから、すばやくサンプルを抜き取らなければならない。

 これこそ、おそらくこの船ではディーンにしか出来ないことだろう。


 彼は再び探知機のスイッチを入れ、内部の空洞の有無を確認しながら、サンプルを取り出す場所をすばやく決める。悩んでいる暇はない、そうしている間も新たなコアはどんどんと上がってくるのだ。

 微細振動ハンドルに取り付けられた超硬合金のカミソリをとると、コアにすいっと入れていく。このカミソリは、かちかちに凍った泥だろうと地下深くの固い岩盤だろうとプディングのように切り取ることが出来る。


 ディーンは、自らの経験からもっとも代表的な鉱物構造が見られるであろう位置を特定してどんどんとコアを縦に裂いていく。薄く切り取られたサンプルを除いたコアは、その場で廃棄ダクトから海に捨てられていく。


 一枚目のカミソリの刃が駄目になり、二枚目に替えて一息ついたときだった。


 空を引き裂く轟音に、ディーンの手が止まった。


 飛行機――にしては、甲高く近すぎる音。

 そして、すぐにそれを追ったのは、何か巨大な物体が近くの海に着水した激しい振動だった。


 船は激しく揺れ、やむを得ず作業は中断される。


 ディーンも自らの作業をやめて、甲板に飛び出す。


 そこに見えていたのは、全長五十メートル以上はある巨大な筒状の何かが海上に浮いている姿――そして、波間に見える翼の形から、それは軌道往還シャトル――すなわち、宇宙船であると知れた。



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