第四章 二つ名を持つ少女(1)
■第四章 二つ名を持つ少女
パーティの夜から丸三日のうちに、あわただしく事は進んでいった。
ディーンは、オズヴァルドの訓練を受け、退屈する暇も無いうちに車に乗せられ、遠くの『打ち上げ基地』に運ばれ、そして、撃ち出し加速に驚いた次の瞬間には初めての宇宙旅行の途上にあった。
小型の王家専用クルーザーはエレナが乗っていたのとは異なり自走発着のできないタイプで、最低限の滑空着陸ができるだけの小型機だ。キャビンもさほど広くは無いが、それでも、オズヴァルドを含めた男女四人の侍従、そしてゲストのディーンを加えても十分なスペースがあった。
ディーンはリーザのキャビンから最も遠いゲストキャビンを割り当てられていたが、リーザはたびたび彼を訪ねてきた。そこで対エレナの作戦会議をするわけでもなく、彼の仕事の話などの雑談をするばかりだった。時には、退屈な王族の生活を二時間もディーンに語って聞かせることもあった。
そのような旅が五日ほど続き、ようやくクルーザーは惑星マリアナの恒星系に突入していた。長大な超光速ジャンプ砲『カノン』がクルーザーをそこに撃ち込む。すぐに、クルーザー内のスクリーンには、拡大された惑星マリアナの姿が映っていた。
浅い海がちの惑星、小さな大陸が一つと小島が一つがあるばかりの表面は、最初のうちは青い海水面しか見せなかった。
投擲時の速度と恒星間の相対速度を打ち消すための化学ロケットブレーキが終わる頃、彼らのクルーザーは、肉眼でもマリアナ表面の陸塊が識別できるほどの距離に到達していた。そして、そのすぐそばに浮かんでいる巨大な砲身に身を収めると、降下軌道に向けた小ジャンプをする。精密に誘導されたジャンプで機体は地上五百キロメートルの低軌道に入り、そしてすぐに大気圏に突入した。
地上の宇宙港の滑走路にクルーザーが停止したのは、それから二時間後のことだった。
***
惑星マリアナは、単一惑星国家、マリアナ共和国の統治下にあり、その首都を大陸南方の小島、ロタ島に置いている。宇宙港もロタ島に位置し、ディーンたちが降り立ったのもその小島だった。
取り立てて目立つ産業があるわけでもないマリアナは、住民のほとんどがロタ島に住み観光業に従事している。地下資源の採掘も少ない産業の一つで、それに属する人々が住む都市が北部の大陸に散在しているが、治安が悪く、マリアナを訪れる人が大陸に渡ることはめったに無い。ちなみに、大陸は文字通り『The Continent』と呼ばれるばかりで特定の名は無い。あえて言うのであれば、その中央を流れる大河『マリアナ河』にちなんでマリアナ大陸と呼ぶのが正しいのだろう。
そうした通り一遍の予習をすっかり済ませたディーンは、リーザの侍従の一人としてその列に加わっている。当のリーザは、当然ながらお忍びの旅であり、その身分を厳重に隠しているが、彼女の来訪はすでにマリアナ政府の知るところとなっている。小国とはいえ君主制国家の元首の一族である以上、その身分証が放つ光は抑えようが無く、着陸の正式申請時には、マリアナ政府内に緊急を告げるアラームが鳴り響いてしまったのは仕方が無かっただろう。
もちろん、お忍びであることもマリアナ政府の察するところであり、無用の歓迎を行うような愚は冒さなかったが、彼女の行く先々で彼女に知られぬよう厳重なセキュリティが敷かれていたことも事実であった。だから、オズヴァルドをはじめとした武官が活躍しなければならないような事態は到底起こりえないのだった。
そして、そうした状況を敏くも察しているリーザは、まっすぐに内務省に向かう。
ディーンが聞いた調査の方法はあまりに直球過ぎて驚くしかないものだった。つまり、内務省に出向いて、エレナの名を持つ住民の情報をすべて開示させる、ただそれだけのことだったのだ。
だから、マリアナ政府が彼女の来訪を知り、そのことをまたリーザも知っていることは、計画通りなのである。
内務省で改めて丁重な歓迎(このときには副大統領までそこにいた)を受けたリーザは、こちらもさすが王族と唸るほどの返礼をする。
そこで、ディーンがかろうじて覚えていたエレナのフルネーム、エレナ・ユーニス・エンダーを探していることを告げ、何らかの外交的便宜と引き換えに内務省の個人情報データベースの閲覧を申し出る。マリアナ共和国は、さしたる検討をした風も見せず、副大統領権限でそれを許可する。まるであらかじめ台本があったかのようだが、貧困国マリアナにとっては、小さくとも大富豪国であるエミリア王国との友誼は垂涎の的と言える。このスムーズな取引には、実のところ何の不思議も含まれていなかったのである。
「もう一度確認するわ。エレナ・ユーニス・エンダー。間違いないわね」
端末を前に、リーザはもう一度、ディーンに問う。
「ああ、間違いない。イニシャルがE・E・Eなのが面白いと思ったことを覚えてる」
一度問われた後、エレナとの出会いを何度か反芻したディーンは、今度は確信を持って答える。
彼がそう答えたときにはすでにリーザの手は動いていて、端末にその名を打ち込んでいた。
そして端末画面に表示された結果は、ゼロ件。
「……ごらんの通り、エレナ・ユーニス・エンダーという人物はこの惑星には存在しないみたい。ディーン、間違いは無い?」
惑星マリアナの人口は約二百万に満たない程度で、辺境の貧困国としては少なくは無い方ではあるが、フルネームなら同姓同名さえ一人もいないということは珍しくない、しかし、本人さえいないとなれば、話は別だ。
「そう言われると、自信が無い。思い違いがあるかもしれないが……」
つぶやくようにディーンが答えている間も、リーザは端末をすばやく操作している。
「……エレナは六千人、ユーニスは二千人。不思議なことにエンダーって姓は一人もいないみたい。手がかり無し、ね」
次々に行った検索の結果を口に出しながら、リーザも首をかしげている。
もしや、惑星マリアナ出身だと言うのも、エレナのでまかせか、あるいは、最初から偽名だったのか。
「……すまない、僕がきちんと確認していれば――」
「いいえ、違うことを考えていたの。エンダーって姓がこの惑星に一人もいない……これって、逆におかしくないかしら? ありふれた姓だとは言わないけれど、全くいないとなるとまた話は別だわ」
リーザは言いながら、もし偽名を使うにしても、何かしら聞いたことのある名を使うはずだ、と考える。そうでなければ、その名に別の意味があるのだ――と。
ここであえて、マリアナ出身がでまかせだという可能性を排除する。もちろんその可能性は残っているが、マリアナ表面では、それは考えなくてよい。宇宙に出てからその可能性はもう一度検討すればいいのだ。この小さな世界があの女の出身地だと仮定して――その上で、この結果に何か意味が無いか、と考えるのだ。
「エンダーという名前に、何か心当たりは無いかしら?」
リーザは唐突に、左に立っていた内務省担当官に尋ねる。
「エンダー……ああ、リチャード・エンダー博士、マリアナ市民なら半分は知っていますよ、昔の有名な科学者です。マリアナの誇りと言ってもいいでしょうね。宇宙中に名前が知られている唯一のマリアナ人でしょう。情報科学の天才です。ああ、そうですね、確かに、彼はあまりに偉人ですから、その名を使うことはマリアナではある意味でタブーになっています」
意味はあったのだ。
この惑星で禁忌とされる名を名乗っている。
それこそが――。
「――これが証拠。間違いないわね、彼女は、この惑星出身だわ。この惑星でもっとも特別な意味のある姓を名乗っているんだもの、そう考えるのが当然よ」
その考えに全く賛同したわけでもなかったが、ディーンは深くうなずき返した。
「だけど、だからこそ、捜査は行き詰まりね。この内務省でも彼女に関する手がかりが無いんだもの。さて、この国の警察の力を少し拝借するか、なにか別の手を捜さなきゃ――」
警察、と言う言葉を聞いて、ディーンにひらめくものがあった。
「――エレナは、旧式の火薬銃を使ってた。エミリアじゃあまず手に入らないものだし、この惑星でどんな風に管理されているのか分からないが……個人用の武器がそう易々と流通しているとは思えないよ。入手経路から洗って見たらどうだろう」
刑事もののビデオドラマの受け売りで、彼は提案した。
「入手経路ね、だったら、それこそ警察の手を借りなくちゃ」
「警察でも分かるかどうか」
相槌を打ったリーザに対し、担当官はすぐにかぶりを振る。
「地図をご覧に? ――お見せしましょう。こちらです」
彼は手元の簡易端末でマリアナの地図を開く。そこには、予習した通りのマリアナの陸地図が表示されている。北半球に広い大陸と、その南部の小さな島。
「この『大陸』……ここはどうにも治安が悪いのです。一言で言えば、マフィアがほぼ全土を牛耳っています。いくつもの勢力がしのぎを削っています。多くの武器はここで生産され、流通し、犯罪者に使われています。もちろん、我が国は大マカウ憲章に則って、無許可の武器輸入はできませんから、彼らが扱う武器類は彼らが自ら造るのです。だから、確かに、旧式の火薬銃を使うというその女が、この惑星の、あるいは大陸の出身かもしれないというのは、的を射た考えかもしれません。大陸のマフィアは、神経銃や熱針銃を造る技術を持たないですから。彼らが使うのは、もっぱら非常に古い火薬式の火器なのです」
「――逆に言えば、火器を持つ以上は、マフィアにかかわりのある人間だとも言えるわね?」
「そうかもしれません。そうではないかもしれません。大陸に用のある者は護身用にマフィア謹製の銃を持ち歩くこともあるようですから――もちろん違法なことですが」
内務省担当官としての建前を最後に付け加えて、彼は肩をすくめて見せた。
「警察でも、彼らの情報を押さえられない?」
ディーンは確認するように問う。
「そうですな。それができていれば、とっくにマフィアどもを一掃できています」
担当官の返答に、ディーンはあきらめも混じったため息をつく。
一方、リーザは、ふん、と小さく鼻息を漏らして、含み笑いを後ろのオズヴァルドに送った。オズヴァルドはそれを受けて、軽くうなずく。
「では、我々、エミリア王家の精兵が、ならずものどもを締め上げても異論はございませんな」
彼のその言葉に、一番ぎょっとしたのはディーンだった。
「ま、待ってください、オズヴァルド、本気で?」
「本気だとも。あのエレナならいざ知らず、そうでなければマフィアのチンピラなど相手にもならん。――殿下、ご裁可を」
「もちろん、卿の提案を容れましょう。担当官、ご苦労でした。ご協力に感謝いたします。これで失礼いたします。――ディーン! 呆けてないで行くわよ!」




