006 フリージア・パニック③
私こと、フリージア・セイクリッドのまだ懊悩は続く。
喜怒哀楽。
人間の表情は多様である。
人間が人間たる理由はその豊かな感情を持ち合わせること、そしてその感情を抑える力にこそある。
即ち、感情を御すことができないものは人間として未熟。
なおさら、戦いに身を置くものとしては、感情の乱れが死を招くことは誰もが知っている。
だが、どうにも私はまだまだ未熟であるようだ。
胸に沸々と湧き上がるこの気持ちを抑えることができない。
そう、ダリア。
ダリアが悪い。
あの馬鹿ダリアである。
「こんの馬鹿ダリア!」
「ひんっ!」
ダリアの頭に容赦ない拳骨をかます。
唯でさえ足りない頭が、さらに足りなくなるかもしれないが今更である。
この馬鹿は殴った程度では治るまい。
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ダリア! 能無し! チビ! ドチビ!」
「うぅ……、それは余りに酷いんじゃないかなぁ……」
「うるさい馬鹿ダリア!」
「そう。あまり、その……泣かないでよね?」
「うるさい!」
全く情けない。
全く恥ずかしい。
――さきほどまでの出来事を思い返す。
ダリアが不審者を追いかけ山奥へ消えた後、私はすぐさま部下を村の警備に当たらせ、ダリアを追うことにした。
そして、そこで私が見たのは、ダリアが謎の女の前に崩れ落ちる姿であった。
目の前の光景が信じられず、頭が真っ白になり、次に気づいた瞬間にはその女の下で無様に這いつくばっていた。
「……あの、その、違うんです」
何が違うのかさっぱり意味がわからなかったが、その澄んだ"少女"の声は私の意識を覚醒させるには充分であった。
「……私は、その、あの子……死んでません」
「え、あ……?」
「……むにゃ、うふふ、駄目ですよお姉さま……」
私の隣で倒れていたダリアの寝言。
そして私は現状を理解し、ただ黙するしかなかった。
「……お姉さま、駄目、駄目ですってばぁ……むにゃにゃ」
――回想終わり。
「馬鹿ダリア! 私が、どんなに心配したと思っているんだ!」
「う、ごめんってばぁ……」
ダリアが意識を取り戻したと聞いて、すぐさま駆けつけた私であったが、目覚めたダリアを目にした途端、抑えていた感情が一気にあふれ出てしまったのであった。
全く……未熟である。
「……ふんっ。今日はもうこれくらいにしてやる。……してやるから二度と、心配させるんじゃないぞ?」
「……うん。ごめんなさい、フリージア」
「……少し、村の様子を見てくる」
「うん」
踵を返し、私はダリアの元を去る。
溜まった感情を全て吐き出したせいか、気持ちは次第に落ち着きを取り戻していた。
だが、まだしばらくはダリアの顔を真っ直ぐに見れそうにもない。
風にでも当たることにしよう。
部屋を出ると、廊下の先に一人の可憐な少女が立ち呆けている。
言わずもがな、ダリアと私を制した彼女である。
容貌。きわめて良し。あのお目目で見つめらたらきっとヤバい。
体型。スレンダー。適度な肉付きがなお良し。
胸。私よりない。(あたりまえだな)
尻。ダリアより小さい。
――そして黒髪。
東方の人間を見たことはあったが、彼女ほど綺麗な髪をもった人をみたことがない。
その容貌も相まって不思議と視線が吸い寄せられる。
「……あ、その、フリージア、さん」
私の存在に気づくと、どこか不安そうな顔で私の顔を見やる。
まあ、そのような顔になるのも私がしたことを考えれば仕方がない。
「君には、本当に迷惑をかけたな……。感情のままに相手に斬りかかるなど獣にも劣る浅ましさだった。大変、申し訳ない」
私は胸に手を当て、騎士の礼をとる。
「……あ、あのっ! 本当にいいんです! 私は別になんともありませんし、むしろフリージアさんの方こそお怪我はありませんかっ!?」
「ああ、私は大丈夫だ。……しかし、君はその剣の腕をどこで磨いたんだ?」
「……その、知り合いに」
「さぞ、高名な方なのだろう、お名前は何と?」
「……あ、えっと、からしにこふ?です」
「ふむ、知らない名前だが、きっと貴君の師だ。さぞ、高名な方なのだろう」
「ありがとうございます……すみません」
こうして私はどこか不思議な美少女と邂逅を果たしたのだった。