002 ダリア・ミーツ・ガール②
「迷った!」
颯爽と不審者討伐へと赴いた正義の使者こと、私、ダリア・グローリアスは山の中を徘徊していたのだった!
「ミイラとりがミイラに。不審者討伐のはずが不審者に……。……ミイラって何よ?」
フリージアの元をピューンと飛び出し、山道と思われる道をとりあえず走ってきた。
まあ、完全に迷子というやつであろう。
思い返してみれば、あからさまに山道では無いような場所も通ってきた気がする。
……さて、ここからどうするか。
一度道を引き返そうにも帰り道がわからない。
万事休す、である。
「早まったかかしら……?」
「あ、あの……」
「う~ん……」
「あのぉ……」
「……困ったわね」
「……あの?」
「ま、とりあえず、まっすぐ進めばどっかには出るわよね!」
「いえ、あの、それはやめた方がいいと……」
「ひえぁっ!」
「きゃぅ!」
後ろに人がいたっ!?
私としたことが、背後を取られるなんて!
振り向くとそこには人。
相手は黒いローブを顔が隠れるほど目深に被っている。
そして、片手に持った……あれは、刀?
……これって、完全にさっき言ってた不審者じゃない!
血走った眼なんかフードで絶対見えないけど!
「あんた、……不審者ね!」
「……え?」
「覚悟しなさい! 此処であったが100年目よ!」
こんなところでいきなり不審者の奴と遭遇するなんて私ってば恵まれてる!
私は道に迷ったのではなく、きっとここに導かれたに違いない!
でも、考え直してみれば不審者討伐はフリージアの元から逃げるための口実だったわけで、本当に出現しなくてもよかったのにとも思う。
でもでも、これも国民のため!
ファイト、私。
私は呆けた不審者に一気に襲い掛かる。
相手が動揺している今は絶好のチャンスである。
私の武器はなんといってもこの拳。
リーチこそ短いが、その軌道は変幻自在。
間合いさえ詰めてしまえば、勝機はこちらにある。
対して、不審者側。
相手が持っているあれはおそらく刀。
東方の国の剣であると聞くが、我が国などで一般的に使用されているロングソードとは異なり、刃は薄く、切れ味が鋭いと聞く。
そして、その最大の特徴は、見た目。
やや湾曲した細身の刀身と一つしかない刃。
異形の剣である。
詳細こそ知らないが、相手が剣に類する物を持っている以上、ソレを抜かせるまでに一撃を加えれば私の勝ちである。
「死に、さら、せえええええええ!」
一回の踏込みで、敵の目の前にまで一気に接近する。
身体の位置は低く保ち、移動を目で悟らせない。
あとは、渾身の拳で最大のアッパーカットをお見舞いするだ……け?
アッパーカットとは名だけ、実際は掌底を相手の顎先にかまそうと腕を突き放っただけだったが、感触はなし。
腕が中空を切り裂いただけであった。
「あ、あのっ!」
私から少し離れた場所に相手は移動していた。
……今、何が起きた。
相手が刀を低く構える。
しかし、刀は鞘から抜こうとしない。
……あきらかに舐められている。
東方の刀使い――武士とは皆武術の達人という噂を聞いたことがある。
根も葉もないただの噂であると信じていたが、目の前の敵の存在を見るとどうやらそうでもないようだ。
確かに私は奴の目と鼻の先まで踏み込んだ。
でもその時、確かに私は油断していたとはいえ、相手を顎を打ち抜いたと錯覚したのである。
つまり、相手は拳で打ち抜かれる筈のところをギリギリで避けたということだ。
本来なら避けられないほどに接近した拳を、だ。
狸に化かされたような気分である。
それとも、まぐれであったのか。
いや、腐っても私も武人の端くれ。
あの動作は決して偶然が為すものではない。
「……ただの不審者じゃないってわけね」
「あ、あの、だから!」
「ダリア・グローリアス、全力で行くわ!」
相手は既に刀を構えており臨戦態勢である。
刀と拳ではリーチの差は歴然。
当然、間合いをどう詰めるかが勝負の分かれ目になる。
しかし、相手は相当の使い手。
剣の道を究めたものは変幻自在に剣を扱い、高速で動く矢をも切り落とすという。
相手の技量が如何程のものかは正確に測ることはできないが、きっと恐ろしく強いであろう、と身体が察する。
であればこそ、勝つ方法は一つ。
肉を切らせて、骨を断つのみである。
抜かない刀は即ちただの鈍器である。
アレに打たれる痛みは計り知れないだろうが、決して腕が無くなることはない。
覚悟は決めた。
であれば、後は走って、相手を打つだけである。
「悶え、死、ねええええええええ!」
「……なんなんですかぁ!」
身を屈めて、一気に接近する。
私にできることは一つだけである。
であればこそ、考えることはいかにそれを成功させるか。
相手は刀を構えている。
リーチが相手の方が長い以上、先手を加えてくるのは確実。
低い位置で構えられた刀は、あきらかに私の動きを捉えている。
打たれることは確実である。
「勝てば官軍! 負ければ賊軍! 死体に口なし! 目くそ鼻くそよっ!」
刀の動きを顧みず、比較的当たりが大きい胴を打ち抜こうと拳を振りぬく。
一撃。
一撃さえ、加えられれば。
「……あ?」
刃が抜かれていた。
首元に刃。
ご丁寧にも私の振りぬこうとした拳が、抜かれた鞘で抑え付けられている。
今、私、死んだ?
空いた方の手を首に宛てがう。
どうにも首は繋がっているようだ。
確実に死んだ気がした。
勝てない、と今の一瞬でそう悟らされた。
私は、負けたのか?
何が起きているのか全く理解ができない。
状況が掴めないままの敗北。
それは圧倒的なまでの技量を以てして、私が完全に制圧されたということだ。
こいつは、……何者?
「……あのっ!」
突然、不審者に声をかけられる。
先ほどまでは全く気にしていなかったが、妙に高い声。
まるで……、いや、あきらかに女の声である。
「え?」
ふいに不審者と視線があった。
はらりと落ちたフード。
そこには悪魔のような形相をした男はいない。
血走った眼をした怪物もいなかった。
……なぜなら目の前にいたのは、可憐な少女であったからだ。
思わず同性の私でも見とれてしまうほどの美人。
艶のある黒く長い髪。
綺麗な顔立ちに透き通るような瞳。
片手に持った刀の存在が不思議と少女の神秘性を際立てている。
凄く強くて、凄い美人。
そして、どこか儚げな雰囲気。
先ほどまで私を襲っていた底知れない恐怖は霧散していた。
命を今にも奪われそうだというのに、この気持ちは何なのだろうか。
なんというか、……安堵感?
「……うん、貴女になら殺されてもいいかもね」
「え?」
張りつめていた心が一気に解放された反動か。
もしくは、混乱していた頭に謎の美少女が飛び込んできて頭が現状を処理できなくなってしまったのか。
私は、自身の意識が遠ざかっていくのを感じた。
「きゅ~☆」
「え!? あのっ! あのっー!」
「……ダリア!? 貴様、ダリアに何を――」
「え? あ、あ?」
――私は気を失った。