赤い少年
眩しい朝日が射し込み、目を細める。
止めた目覚まし時計は7時を指している。
壁にかけられた制服に腕を通して鞄を持ってリビングに向かうと「おはよう」と聞きなれた声が挨拶をして来た。
いやいや、なんでまたいるんだ?!
「翠、勝手に家に入るなって言ってるだろ?!」
「残念!ちゃーんとおばさんには合鍵もらってるもーん。勇治はご飯作れないからって頼まれてるしね」
にひひ、と白い歯を見せて笑う幼馴染みの笹山翠。
肩まである天然の茶髪に制服のスカートからはスラッとした足。
黒いハイソックスに覆われていない部分は健康的な肌色だ。
運動部で適度に筋肉がついていて、か弱いイメージはないが、アイドルのような顔立ちをしている。
隣の家に住んでいる彼女に鍵を渡したのは単身赴任中の父親についていった母……
何を考えてるんだあの母親は。
――おほほほ!こんな可愛い幼馴染みとひとつ屋根の下なんだから頑張りなさーい!
とかなんとか幻聴が聞こえてくる。
気のせいだと頭を振り、鞄を空いている椅子に立て掛けるのはその息子である赤木勇治。
寝癖のついた髪をはねさせて幼なじみが用意した朝食を文句を言わずに食べ始める。
美少女の幼なじみが居てうらやましいと言われた事があるが、この『世話焼きおかん』のどこが良いんだか……
たしかにそこらのアイドルなんかより化粧っけがなくて可愛い……
(って、何を考えてるんだ!)
「どしたの?」
「なんでもない!あ、美味いなぁこれ!」
こいつはただの幼なじみで妹みたいなものだ。
(それに俺には……)
と思いに耽るが目の前から射たい視線が送られてくるのに気付く。
こちらを怪しい人物を見る様な訝しげな眼で見てくる翠。
勇治は気まずくなって逃げる様にテレビのリモコンを取った。
『次のニュースです。昨日午前8時頃、T都正木市において悪の組織【アグレス】の侵略行為が行なわれました。怪我人は避難時に転倒し軽傷を負った幼児1名。なお、現在はその場にかけつけ事態を収拾した防衛戦隊によって、再び平和の様相を見せております』
「あ、昨日のだ!」
ニュースキャスターの解説に翠が飛びつく。
画面には携帯で撮影されたのか粗い映像が流されている。
黒い髭まみれの男?がくねくねした生き物を大量に従えて人々を襲っている。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
そこへ登場したのは5人のヒーロースーツを纏った防衛戦隊。
悲鳴が安堵と歓声へ変わり、勇治は心無しか誇らしい気持ちになった。
画面に張り付いている翠も同じようで、録画ボタンを勝手に押している。
「あの髭もじゃ、結構強かったね」
「だな……でも、俺たちの方が強いさ」
テレビの中で戦っているヒーロー達。
その中心で赤いヒーロースーツで敵のボスらしき髭もじゃに応戦している防衛戦隊アースレッド。
赤木勇治はその中身である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「え?俺が選ばれた?!」
悪の組織による侵略行為と宣戦布告……それはまだ勇治が小学生かそのぐらいの頃だった。
最初の犠牲に選ばれたのは日本。
世界各国にもその手は伸びているが、奴らの拠点は勇治の生まれた国に置かれていた。
異星人である彼らのテクノロジーに、ただの地球兵器では太刀打ちは出来ない。
だがある考古学者がある遺跡で見つけた古い文献。
それにはオーバーテクノロジーの武器やその使い方、そして、未知の力が記されていた。
これなら強大な敵と戦える。
奴らに対抗すべく、地球政府は防衛組織『ガイア』を設立した。
発見された力を『アース』と呼び、その力を使いこなせるのは地球人だけ……しかも、限られた適合者だけということが判明。
ガイアは各国の選抜された人間に力を与え、防衛戦隊を組ませる事にした。
世界各国から選ばれた人間、そしてガイアは世界の運命を託されたのだ。
その選ばれた人材に勇治は幼い頃から入っていた。
年齢的な問題があり、義務教育を得るまでは秘匿され、明かされたのは高校入学前。
初代アースレッドが重傷を負い、もう戦線復帰は難しいとされたためにメンバー交代を迎えた。
他の4人は健康状態だったが、彼らよりもアースの適合率が高い人間が皆義務教育を終えたため、総取り替えとなった。
戦いに限界を感じていたため、彼らは快く世代交代を受け入れ、教官という形で残る事になった。
最初は戸惑った勇治だが、アグレスが行なう悪行を許せないという気持ちはあった。
できるなら自分が戦って皆を守りたい。
「君にはその力がある」
その強い言葉に勇治も決心をした。
驚いた事に招集されたのは勇治、そして幼なじみである翠もだった。
彼女はアースグリーンとして共に戦っている。
幼なじみ、お隣さん、クラスメイト、そして戦友という肩書きがプラスされた。
偶然にも他の3人も同じ高校に通う事になった同い年の学生らしく、共に戦おうと志を1つにするのに時間はかからず、学校で表向きには仲の良いグループとして通っている。
休日には戦闘訓練。
平日は学生をしながら緊急出動の際は街の至る所に設置されている認証コード付きの隠し通路から、ガイアの秘密基地に移動し、現場に移動する。
防衛戦隊は正体を明かしてはいけない。
自分たちの正体が知られれば、周りの人間に危害が及ぶ可能性だってある。
勇治の両親は現在遠くに居るが、それだって危険なのだ。
しかし、彼らは選ばれた正義のヒーロー。
戦う力を持った、弱きを助ける者。
普通の学生として生活している傍らで世界を救っている。
そんな勇治の平凡な日常が変わった日から1年がたとうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
T都中立市。
都心に近い場所に建てられている都立中立高等学校—―通称立高。
最寄りの電車は立高の制服姿が多く見られる。
1年通った通学路であり、慣れた足並みで翠と共に改札を出た。
流れにそって歩いているとクラスメイトや知り合いに挨拶をされる。
翠は部活の友人を見つけたようで「また教室で!」と言って掛けていった。
1人で歩く勇治はゆっくりとした歩調で周囲を見る。
楽しそうに歩く学生達の姿にほくほくと平和を噛み締めた。
この光景を俺は守ったんだ。
義務とかではなく、心から戦う事を選んだ勇治にとってなによりも嬉しい事だった。
中には新しい制服に着せられているような新入生の姿もある。
昨日は大変だったが、今日はきちんとした平和な朝だ。
校門が見え、勇治はよし!と気合いを入れる。
そして、ふと視界に入って来た背中を見て笑みを浮かべた。
他人の平和を喜ぶのも良いが、勇治にだって日常はある。
普通の学生である時間を大切にする権利はあるのだ。
だから勇治は声をかけた。
正義のヒーローとして悪と戦うアースレッドではなく、1人の学生である赤木勇治として。
「阿久沢、はよっす!」
「ああ、おはよう。赤いの」
彼の友人ある阿久沢真央に。