だから俺は主人公になれない
—―某日、T都正木市。
麗らかな花の季節。
新たな生活を始める社会人。
学年が上がりちょっと大人びてみる学生。
街を歩く人々がごった返す通勤通学時間。
ざわつく交差点に悲鳴が上がったのはそんな平和な一時だった。
「ゲラハハハッ!地球人!てめぇ等みんなブランチにしてやる!」
『キーッ!』
黒い全身タイツに顔には仮面。
軟体動物の様にくねくねと気味の悪い動きをする人形の生物がうじゃうじゃと現れる。
それらを率いているのは黒い髭を顔中に生やした人間かどうか分からない生き物。
一部分だけ長く伸ばした髭をリボンで結んでいるが、それ以外は気味の悪い外見だ。
髭もじゃな彼に「いけ!」と命令された彼らは悲鳴を上げる人々を追いかけ回しては羽交い締めにしたり押さえつけたりし始める。
何故か女性が多いのは非力だからか目についたからか、はたまた趣味だからか、タイプだからか。
「やめろー!」
「助けてぇ!」
「どこ触ってんのよ変態!」
被害者達は悲鳴を上げて助けを呼んでいる。
その声を無視して『餌』として捕獲を続ける髭もじゃ達。
彼らは地球の生物ではない。
数年前、平和な地球に突如現れた悪の組織。
彼らはこの地球を征服する為に異なる惑星からやって来た異星人だった。
地球とは異なる科学技術を用いて行なわれる侵略行為。
彼らの目的はただ1つ、地球を自分たちの物にする事。
その為なら悪逆非道な事でも平気で行なう『悪』そのもの。
どこの星から来たのか、誰も知らない。
恐怖の対象。
だが、そんな悪の組織に立ち向かうべくして立ち上がった者達もいた。
「ゲラハハハッ!大量の獲物が手に入ったぜぇ!」
「いやぁー!」
「待て!」
髭もじゃが今にも1人の女性を食事的な意味で襲おうとしていた時だった。
どこからともなく聴こえて来た声に、その場に居た全員が顔を上げた。
押さえ付けられていた数人は絶望していた顔をハッとさせ、「この声は!」と一筋の光を見い出す。
「平和な地球を脅かし!」
混乱する雑踏に飛び込んで来た人影が5つ、悪の組織に対峙する形で並び立った。
彼らを見て人々の悲鳴は叫び声から歓声へと変わる。
「人を傷つけ貶める!」
「そんな卑劣は許さない!」
「我ら!」
「地球防衛戦隊アースレンジャー!」
そう、悪の組織に立ち向かう彼らは、地球の防衛の要とされている正義の味方。
5人で幾多の悪の団員を成敗してきた地球のヒーローとして戦うヒーロー達だ。
正体不明である彼らに人々は幾度となく救われてきた。
そして今日も襲われている人々の悲鳴を聞きつけ駆けつけて来たのだ。
「またお前達かぁ!ゲラハハハッ!今日こそお前等をブランチにしてやるぅうう!」
「そうはいくか!行くぞ!みんな!」
中心の赤いヒーロースーツ姿の人物が構える。
その声に同意し、仲間も武器を構えた。
レンジャー達に意識が行った隙に捕らえられていた被害者達は、興奮気味に軟体生物っぽい奴らを殴り飛ばし、逃げていく。
正義と悪。
両方が出会えばぶつかり合うのが世の決まり。
それを体現している彼らもまた戦うのが当たり前。
ならばこんな言葉も知っているだろう。
『正義は必ず勝つ』という名言を。
その言葉は彼らにも適用されることとなる。
所詮は悪の組織はやられ役。
主人公を倒した、とおもいきや復活されてやり返されて終わる宿命。
噛ませ犬。
踏み台。
悪役は所詮悪役。
主人公には到底なれず、目的も果たせない。
それが物語のルール。
どんなに強かろうがチートだろうが、噛ませ犬が主人公である正義を駆逐したら物語は終わってしまう。
だから俺は主人公になれない。
「あの糞髭……」
込み合う雑踏の中、滞った交通機関の電光掲示板に表示された『遅延』の文字。
少年は無機質なそれに大きく舌打ちをした。