第二章
約一年前、クリスマスの日――
「アナタは神を信じますか?」
と聞かれた。
僕は、
「信じる」
と、答えた。
冬休みだというのに構内には何人もの生徒が居た。研究にいそしむ者。サークル活動に精を出す者。運動場の方からは、いかにも体育会系の叫び声が聞こえてくる。
僕も元々は陸上部に居た。神様になる前は。懐かしい――。
渚を待っていた。新都大学は僕も通っている大学。最近は忙しくて通う暇も無い。もちろん神様の仕事で……。
「来た、来た」
大学の出入り口、校門から渚が出てくる。何の用事か知らないけれど、今日は大学に行くとか言ってたから渚を待ち伏せ。……ストーカーかよ。
「しまった!」
渚の友人、達子が居る……。コイツ、小うるさいんだよなぁ。顔はかわいいくせに一言、二言が多い。人の話は聞かず、自分が喋る事に命を懸けている。彼氏が出来てもすぐ別れる訳だ。
でも、しょうがない。渚と話しをしなきゃ。昨日、何度も電話を掛けたのに結局、電話には出てくれなかったんだから。
ヨシ、いくぞ!
「ハロー渚、元気ぃ〜!」
…………。
軽すぎたかな? こういう時、何て言えばいいか、わかんねぇ〜。
「あんたねぇ〜!」
達子の甲高い声が頭に響く! こいつ、声の通りが良過ぎんだよな。
「聞いたわよ! 彼女ほったらかして何やってんの!」
うっ……まさにその通りです。
「で、どこに行ってたのよ?」
達子の目線が厳しい。ここは慎重に答えなきゃ。
「猫を、子猫を、えっと……」
「子猫? どんな?」
「どんなって、白い?」
「……連れて来なさいよ! ここに!」
「え!?」
「その泥棒猫をー!」
言っている意味がよくわからない……。
「早く! その色白の女! あんたが子猫ちゃんって言ってる女よ!」
こいつ、完璧勘違いしてる。色白の女? ただの白い、動物の子猫だよ!
渚を見ると涙ぐんでいる。渚も勘違いしてる!? 渚をほったらかして他の女の所に行くわけないだろう!?
「死ね!」
「おぇ?」
「いっぺん、死ね!」
俺は今、人として言われては、いけない事を言われている。達子は鬼のような形相で僕を睨む。本気で言ってるな……。本気で言われてるよ。マジ、へこむわ……。
(神様、来てください)
こんな時に……。
渚、肩を震わしてる。おでこに手を当て、前髪で目を隠してる。見せたくないのかな、涙。でも頬を涙がつたわってるのが見える。
今、何か言っても逆効果のような気が……。達子も居るし、渚は泣いてて、感情的になってるから、きっと僕の言葉なんか聞いてくれない。
(早く、困っています)
今は……。
僕は、渚に背を向け走り出した。助けを呼ぶ声の方に。
「コラ! 逃げんな!」
達子のよく通る声が聞こえる。
逃げてるわけじゃない。逃げてるわけじゃない!
自分に言い聞かせた。
でも、振り向いて、渚を見る事は、しなかった……。
(神様!)
この声……。
頭の中、グシャグシャなのに、どこかで聞いた事のある声だなぁと思った。
「ハァ、ハァ、ハァ」
繁華街に出た。
少し走って、スッキリしたかな。
そういえば、渚と一言も言葉を交わさなかった……。渚の事、早く解決しなきゃ。
それでと。たぶん、この近くのはず。人通りが多くて誰が助けを求めてるのわからない。
「うん?」
ファミレスの中から手を振ってる人が居る。ガラス越しだから光に反射してよく見えない。ファミレスの中に入ってみる事にした。
「ハロ〜、こっち、こっち」
陽気な外人さんだな。神父さんの格好をしてる。
「あっ!」
僕は、思わず大きな声を出した。
一年前の事が鮮明に思い出される――。
「アナタは神を信じますか?」
先代の神様だ――。