一度目の終わり
生まれた時から、体が弱かった。特に心臓に負担がかかりやすいらしく、小さい頃から病院に入退院を繰り返していた。
当然、学校生活で友達はあまり作れなかったけれど、お見舞いに来る人数は意外と多かった。……まあ、ほとんどが人気者である双子の妹についてきただけだったけど。
妹は姉である自分からしても呆れるほどに体が丈夫だった。おまけに容姿端麗、成績優秀、運動神経も抜群と、いわば完璧超人、しかも性格も愛想もいい。
自分も頭脳では負けていないと思ってはいるが、それ以外では……。
しかも、自分で言うのもなんだが、私は無表情だ。別に感情の起伏が無いわけでは無くて、思ったこと、感じたことが表情に出にくいだけだ。
二卵性なので顔が似てないうえ、体つきも、色素も薄く全く違うので、初見の人は私たちが双子だとは思わない。知ったときは皆驚く。その反応を見るのは娯楽の少ない入院生活での、数少ない楽しみの一つだ。
病院は暇だ。散歩しようにも長時間の外出は許されていないし、ネットや読書は、始めると長時間没頭して眼が疲れて頭痛がしてしまうことがしょっちゅうで、看護婦の人に怒られてしまう始末だ。
住んでいる市内でも有数の進学校に特待生で入った妹は、高校での出来事を三日に一回はお見舞いに来て話す。一応私もその高校に進学しているんだけど、偶に連れてくる同じクラスの同級生とやらの顔に、見覚えはない。
登校日数よりも入院日数の方が多いんだから当たり前だけど。
今日は近々行われる文化祭の準備についての話だった。もうそんな時期だったんだ。毎年毎年季節の移り変わりであるこの時期は体調を崩してしまうんだけど、今年はその兆候がない。
もしかしたら、と思って担当医の人に文化祭に行けないか相談してみた。簡単な検査をして、当日までに体調に変化がなければ、という条件で許可が出た。
それからは表情には出てなかったと思うけど、ワクワクした。
体調が悪化しませんようにといるのかもわからない神様に願いながら、当日が来るのを待った。待ち遠しかった。
当日、妹の持ってきた制服を着る。久しく着ていなかったので、違和感が少し残る。
妹は、私が文化祭に来れると聞いて、私以上に喜んでいた。一人でも行ける、と言ったのに頑なに一緒に登校する、と聞かないので、諦めた。
久しぶりに足を踏み入れた校内は、記憶の中の校舎よりも派手に、華々しく飾られていた。文化祭だから当然か。
妹の案内で校内を回る。飲食物はあまり食べられず、運動関連の出し物には参加できなかったけど、文化部の主催する暗記大会には妹とペアで参加して、見事優勝した。嬉しかった。
お昼を過ぎたあたりから咳が出始めた。名残惜しいけど、そろそろ病院に戻った方がいい。念の為、タクシーで戻ることにした。
タクシー会社に連絡してタクシーを待つ間、妹と他愛のないことを話していると、まだ遠いが、鉄骨が荷台に積み上げられているトラックが、のろのろと走っているが見えた。走るたびに積み上げられた鉄骨がガタガタ揺れている。積み荷を固定している留め具が少し外れて緩くなっていた。嫌な予感がする。危ないな、と思って妹に告げようと視線を向けたら、妹はしゃがんでいた。靴紐が緩んでいたらしい。なぜよりにもよって今日、そんな靴を履いてきたんだ、おい。妹は続いて私の靴も直すと言ってきた。私もか。革靴にしとけばよかった。
トラックがすぐ近くまで来ている。まあそんなタイミング良くはならないだろうと思いたかったけど、生憎、タイミングよくなってしまった。
留め具が外れ、運の悪いことにそれは私たちの側だった。妹はまだ気づいてない。このままだと巻き込まれる。
流石に、それはないんじゃないかと思った。
私は正直、妹のことが少し嫌いだった。
私が望んでも手に入らない健康体を持って、私が行きたくても行けない学校での生活を、事細かに楽しそうに話す。親にしたって、入院費は出してもらっているが、既に私に関心はない。私にはないものを沢山持っている妹が羨ましくもあり、妬ましくもあった。
だからといって、妹がこんなことで死ぬのは、おかしいとは思う。
妹の制服の襟首を掴んで放り投げる。自分でもよくもまあこんな力が出たなと思う。おかげで私は動けないが。
自分の影が鉄骨の影で覆われていく。こんな死に方でも、まあいいかなと思う。どうせ長くないことは自分でもわかっていた。どうせなら病死以外の死に方がしたかったところだ。妹のポカンとした顔も見れたことだし、人生の終わり方としてはいいかな。
……ああ、物事がスローに感じる。私は妹に向かって精一杯の笑顔を向ける。
「……バイバイ」
直後、私の視界は黒く塗り潰された。
こうして私――林崎春香の十七年の生涯は終了した。
…………終了、したはずだった。