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5話 混乱  (ケン視点)

 細かく模様の入った自動販売機が目に入った途端、異様にのどが渇いていることを自覚する。

 財布から、千円札を取り出して自動販売機に入れる。


 飲みたい飲み物はなかったが、かまわない。



 この、喉の渇きをどうにかできるなら。





 逸るようにボタンを押すのと同時に、背中に何かがぶつかった。


 その瞬間目が眩むようにセカイが白く染まる。

 











 白く、白く染まっていく景色を、他人事のように眺めた。

















 次に眼に入ったのは石づくりの部屋だった。生まれ育ったところだから、わかる。さっき俺がいた周辺にはこのような建物などない。木製の手作りの家具。灯りはろうそくのみ。珍しいとは思うがこれだけでは特定できない。ならば、ここはどこだ?もっと情報が必要だ。


 周囲をさりげなく見渡す。石畳の上に倒れていたというのに体に違和感はない。そう時間は経っていないのか?


 最もこの状況に関係ありそうなのは生成り色の布を丁寧にヒダになるように纏った男。肩につくぐらいのプラチナブロンドで、手には杖を持っている。この服装はかなり古代に見られたもので、美しいヒダを作るために召使を使ったらしい。それに、杖にはまっている宝石はかなり大きいが本物のサファイアだ。あんなに大きいものは見たことがない。

 男は人を使う生活をしているおそらく権力者で、金もあるということか?


 部屋にひとつしかない出入り口の両側には薄い鎧を付け、槍を手にした兵士が一人づつ。権力者らしき男を守るように三人。背後に少し離れて二人。逃げるのは無理そうだ。


 足元というより膝をついた体勢なので膝の下には白い粉。どうやら何らかの法則のある模様のようだ。そういえば、飲み物を買おうとした自動販売機に描かれていたものに酷似している。同じ図案なのかもしれない。


 図案を見ていると自分のすぐ後ろにも人がいることに気付いた。それも、俺と同じような状況の男がもう一人。市内のA高校の制服を着ている。不自然なのは自転車にまたがるような姿勢のまま倒れていることだ。自転車ごと連れてこられたのだろうか。意味が解らない。

 その男も、現状を理解するためかあたりを観察しているようだった。冷たさを感じさせる硬質な顔立ち。色白で細身、眼鏡をかけている。頭の良さそうな男だ。この人も連れ去られたのだろうか。


 しかし、何のために?

 目的もわからない。どうすればいい。


 わからない。理解、できない。何一つ。


「なんだよ、これ」



 そう声が漏れた。





 権力者らしき男の話によると、どうやら魔法を使って俺たちをここまで連れてきた。ということらしい。信じられないような話だが、男の仕草にも表情筋にも違和感は見られなかった。嘘をつけばどこかに違和感があるはずなのだが。

 それに、この状況に他にぴったりくる推論はあるだろうか。否。


 魔法。まるで幼いころ読んだ物語のようだ。



 理解できないことが楽しい。楽しくて仕方ない。

 ここ数年、感じなかった感情。



 男は俺の感情も揺れを感じとったのか、世間話でもするように提案する。


「そういえば過去にこちらにいらした異世界人も最初は魔法に驚いたという記録が残っています。これからは日常的に目にすることになると思いますが、見せましょうか?」



「…見せてほしい」



 不安と期待ではじけそうだ。こんな体験をずっと、待ち望んでいたのかもしれない。





 ≪火よ、我が、手の上に在れ≫


 彼がそうつぶやくと、炎の球が彼の手の上に出現する。




「おお」


 思わず声が漏れる。手品のようだ。でも手品じゃない。わかる。これは、≪魔法≫という技術なんだ。

 なぜか俺は、とても素直に魔法という存在を受け入れられた。


 見逃さないように、目を凝らす。




 ≪業火を宿す、矢となりて、穿て≫





 男が言うと、言葉に従うように形を変え、放たれた。壁に当たった時の反応もタネなど見当たらない。まだあらを捜している自分に苦笑する。


 男は続けて言った。


「もう一つ、見ますか?」


「見たい」



 ≪水よ、我が、手の上に在れ、流れを宿し、蛇の姿となりて、舞え≫



 男の手の上で、水の球が蛇のように形を変えて、宙に躍り出る。流れるように部屋を泳ぐ。すごい。どうやって浮いているのだろう。それよりも水がろうそくの火を受けてちらちらと色を変えるのが、たまらなく美しかった。




 知らない力、技術。驚くことばかりで。なら、


 なんのために?そもそも目的などなく誰でもよかったのか?



「俺たちは無作為に呼び出されたってことか?」


 と独り言をつぶやいた。




「いいえ」


 男が律儀に答える。これは、俺たちに情報を渡す意思があるということだろうか。



「私たちが用意した魔法陣と対になる魔方陣をあなたたちの世界、異世界に置いてあるものの一つをまねて設置しました。こちらの世界で準備が整ったとき、私たちの設定した条件にあてはまる者だけが魔方陣に触れようと思うように創られています。そして触れた瞬間、あちらの世界からこちらに転移する魔法が発動するようになっているのです」


 となるとこちらで思い当たるのはあの自動販売機か。床の模様と自動販売機の模様を魔方陣と考ると、その話と辻褄が合っている。



「そういうことか」





「なぁなぁ」


 もう一人の男が声をかけてきた。この一連の出来事の最中ずっと気にかけていたが、男は眉一つ動かさなかった。瞬きしかせず、ずっとあたりを観察していたようだ。


 先ほどの会話を聞いて同じことを思い至ったのか、自動販売機に触れた経緯について尋ねてきた。

 質問が終わると、抑揚のない声で「さっきぶつかっちゃって、ごめんな」と言った。そこでようやくあのとき背中にぶつかったものが彼だと気付いた。




 それよりも今は現状を把握しなければと、権力者に質問を重ねた。それは、この男も同じだったようだ。



「すいません。俺家に帰りたいんですけど。帰れますか?」




「条件の中に、あちらの世界に未練の無い者というのがあるはずなのですが、まさか、あなたは戻りたいのですか?」


「はい。俺、なかなかに幸せでしたし。順風満帆ってほどでもないんですが、夢も希望もありました。帰りたいです。な、えっと、君は?」




 俺?俺は、幸せだったか?夢は、希望はあっただろうか。ただ、淡々と過ぎていく日々。帰りたい、という思いなどどこにもないと気付く。



「……俺は、戻りたくない」









 そういえば、俺はあの世界でなんのために生きていたのだろう










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