4話 世間話は難しい
「話、変えようか」
いや、今までのを聞かれていたとか考えると凄い疑心暗鬼になってくる。
なんかまずいこと言ってるに違いないという考えが拭えない。
背中を嫌な汗が流れていく感触。処罰とかされたりするんだろうか。ああなんかすごい不安になってきた。
いや、こういうのは自分で判断できないものだ。
思い切って聞いたほうがいい。
「な、なぁ、俺聞かれてまずいようなこと、言ってないよな?」
「捉え方による」
あ―――っ!はっきり言えよぉ!!不安が増しただけじゃないか!お前の中でセーフなんですか!?アウトなんですか!?
「ところで」
ケンが控え目に言った。ところでよりセーフかアウトかの判定をだね
「話、変えるんじゃなかったか?」
「そうでした」
気づかないうちに戻っていたようです。怖いね。
しかし、いざ変えるとなると話題が思いつかないものだ。おもしろい話して、と言われた時の心境に似ている。俺が混乱状態の頭で言えるのは、
「ご趣味は?」
「特に」
「好きな食べ物は?」
「味噌汁?」
「休日は何を」
「テレビの前に座ってる」
「座ってるだけ?」
「ん」
なんだろう。上手く会話が繋がらない。何か、何か言わなくては。
「あ、あとは若いお二人で」
「監視してる人と?」
「ごめん。真面目に返さないでいい」
あれだ。話さなきゃ、と思うからダメなんだ。よし、ここはもっと軽く。
「家族構成は?」
だめだった。
「家族……父、母、妹の4人暮らし」
「へー、妹いるんだ!可愛い?」
俺は会話の糸口が見つかったことに喜んでいたが、ケンは少し困った顔をした。どうやら悩んでいるようだ。
「それは、容姿的にか?性格的にか?」
「え、じゃあ両方の側面から」
また困った。困る要素は言葉に詰まるほどの容姿だからか?いや、ケンを見るにそれはないだろう。じゃあ何に困ってるんだ?
「容姿的には」
「うん、容姿的には?」
「可愛いの基準をどこに設ければいいのかわからないが、目鼻立ちは左右対称だ」
「…………うん。わかった」
わからないなら可愛いって答えとけばいいのに。君の血縁ならさぞかし可愛らしいことでしょうよ。
「性格的には」
「うん」
「あまり話さないのでよく分からない」
「…………うん」
それでも分かることはあるだろうに。しかしそれよりも、話が終わってしまった。
「あー…、俺にも弟がいるんだ」
「ふぅん。可愛いか?」
しまった。可愛いを連発したツケがこんなところに。
「世間的には可愛くないんだろうな。でも俺にとっては可愛いよ」
弟をイメージしたことにつられて、色々なことを思い出した。まだ、ここにきて二時間も経っていない。なのに、家が、通学路が、当たり前だった景色が遠く感じる。
「うちの弟はさ、俺のことをおい、とか、なぁ、でしか呼ばないんだよね。あと、友達いないっぽい。同じ高校なんだけどさ、普通移動教室とかって、友達と連れ立っていくじゃんか。弟はさ、いつすれ違っても、ひとりなんだよ」
ケンは「?」を浮かべている。お前もか。
「あとは引きこもり気味で、苛立ちやすくて、細かいことにうるさい。嫌味っぽい。容姿的には、お前風に表現するなら、左右非対称。背は伸びたけど筋肉つかなくてひょろい感じ。ま、俺もだけど」
ケンはこちらを見て驚いたような表情をする。俺が弟の悪い点ばかりを言うのが意外だったのだろうか。俺の趣味は実は人間観察なんだぞー。口だけだけど。
「でも、可愛いんだよ。実は人一倍繊細なところとか、優しいところとか知ってる。わりと子供っぽいところもある。身内びいきだとは思うが、いいやつだ。なんだかんだで嫌えない。し、そう思えるのが家族の特権だと思う」
ケンを見つめる。あんなに完璧に思えたのに、弟に少し似ている。
「お前の妹は、可愛いか?」
ケンは何かを言おうとして、口を閉じる。
彼には、言葉に出来ない想いがあるのだろう。
いつか聞けたらいい。
キィ…
ケンが驚いたように扉のほうを向いた。見るとメイドさんが一人立っている。しかし、そんなに驚かなくてもいいのに。もしやこの人も気配を消していたんだろうか?だとしたらメイドさん凄い。見張りの人より気配消すのが上手いってことだもんな。
「お食事の準備が整いました」
彼女は美しく腰を折った。