2話 こちらのセカイ
俺達は部屋から出るように促された。
やっぱり廊下も屋根も石で出来ている。そして灯りはやはり全てろうそくだ。しばらくひらひらした服のやつについていくと階段が見えた。上の階に行くらしい。
思ったよりこの建物はずっと広いようだ。
階段を登ると、外は明るかった。渡り廊下のようなところに出たようだ。柱と屋根と床だけでできた場所だ。柱には精巧な彫刻が施してあって、まるでテレビで見た神殿のようだった。すぐそこに庭が見える。どうやら今までいたところは地下だったらしい。
どうりで窓がなかったわけだ。
外は雲一つない空、眩しくて目が眩む。庭の木々や花々は地球のものと大差ないように感じた。
そこから15分ほど歩いただろうか。大きな扉の部屋に通される。どうやら目的地はこの部屋のようだ。暖かそうな絨毯に、布を張った木製の豪奢な椅子、重厚なテーブルに前衛的な絵画、壺。応接室のようなものだろう、とあたりをつける。
「どうぞお座りください」
上座だけは遠慮したいな。と思っていると少年がかなり上座に近い位置に座った。度胸あるな。俺は大人しく入口に近い位置に座った。兵士がいるのでどうせ逃げてもすぐ捕まるのだろうが、なんとなく入口に近いほうが安心する。
ひらひらさんはそれはもう優雅に着席された。部屋の最も奥から2番目の席。やはり何か席順に意味でもあるのだろうか。しかしこちらに喚ばれたばかりなので、多少のことには目を瞑ってくれると嬉しい。
「さて、まずは自己紹介でもしましょうか。私はベネディクト=セイ=アデレード、どうぞアデレードとお呼びください。この国の魔法師長をしています」
「俺は天野綾人といいます。どうぞお好きなように呼んで下さい。えっと高校三年生です。さっきは取り乱してすみませんでした」
「藤本賢。高校二年生」
「はい。アヤトさんとケン殿ですね」
いきなり自己紹介だった。いや、よく考えたらまず自己紹介というのはあっているのか。とりあえず、これからは失礼の無いように接さないと。俺は完璧にいらない子ポジションなのでいつ放り出されるか、みたいなところがあるので不安でいっぱいだ。
そして名前がわかったのでとりあえずひらひらさん、改め魔法師長のアデレードさんだ。どのくらい偉いのかはわからないけど多分かなり偉い人なのだろう。しかし、明らかに敬称に差をつけられると傷つく。別に殿をつけて呼んでほしいわけではないが、腹黒なら腹黒らしく身の内に隠しておいてほしいものだ。いや、腹黒はイメージなのだが。
勇者ポジションの人はフジモトケンさんらしい。漢字がわからないのでとりあえずケンと呼ぼう。年下で少し安心したのは秘密だ。
「とりあえずこの世界について、後々詳しく勉強してもらうので簡単にお話ししたいと思います。
が、その前にケン殿が私たちが召喚した者という認識でよろしいでしょうか。なにぶん前例がないものでして」
さっきの会話の流れで大体わかっているだろうに、念押ししてくる。慎重な人なのだろうか。ここで俺が勇者だ!って言ったらさっきの敬称が逆になるのかな。いや、しないけど。
「そうだと思われます」
勝手に返事したらケンに睨まれた。どうせそうなんだからいいじゃんか。
「では、国についてお話します。この世界は大きい12の国家と貿易港や街道の中継点を中心とした小都市からなります。小都市も一応12の国家のどれかには所属して税を納めてはいます。ですが、国と国との交渉の結果いろんな国に所有権が移動した結果、あまり自分たちがこの国に所属している、といった意識は少なくどちらかといえば中立都市の様式をなすものが多いです。それから、これがこの世界の地図ですね」
アデレードが巻物状の地図を広げた。和紙のような素材だった。紙の製法を伝えた人がいるということだろうか。
位置的に近かったケンが先に覗き込み、眼を見開く。すごく見たい。しかし、ここからでは見えにくいのでケンの後ろあたりに移動して覗き込む。
俺も思わず声をあげそうになった。
似ているのだ。
地球と。
俺が知っている国の形は一つもないし、よくよく見れば少しづつ大陸の輪郭が違う。輪郭は測量の精度の差もあるのだろう。だけど、全体の形からいえばほとんど一致しているといっても過言ではない。
アデレードさんがヨーロッパのあたりをぐるりと覆っている線の内側を指さし、ここが我が国ですといった。国内旅行しかしたことのない俺にとって、異世界です、と言われるよりよっぽど遠いところに来たように思えて、力が抜けた。ああでも、外が明るかったのはもしかしたら時差みたいなものか。この世界に来たのが大体18時として、ヨーロッパあたりなら10時くらい、少し時間がたってるから11時ぐらいという感じかな。
「12の国家にはそれぞれ得意分野があります。この国、マースというのですが、マースの特徴は魔法、魔法具、魔方陣などの研究が発達した魔法国家であることです。異世界人召喚の影響による新技術の開発などもあり新たな魔法・技術を研究・開発する国というのが得意分野ですね。ここまでで質問はありませんか?」
「異世界人を召喚するのはこの国だけなのか?」
ケンが発言した。俺は情報を咀嚼するので精一杯だ。
「そうですね。次元を超えた召喚に関する情報は秘匿されています。また、この世界の余った力というのは一定ですので2か国で同時にやると召喚に必要な力を溜めるための時間が倍かかってしまいますので、あまり意味がないのですよ。異世界人から得た知識で他の国の方が有効活用できそうだと考えればそちらに開示するようにはなっていますし」
「そうか」
「あの、さっきの話とは違うことなんですけど」
俺が控え目に手を挙げる。アデレードさんは空気読めよみたいな雰囲気出さないでほしい。
「俺たちがこっちの言葉、分かるのも魔法、ですか?」
「そうですね。召喚時の魔方陣に組み込まれています」
「じゃあ、そういうオプション抜いたら、帰れたり」
「そういうあれやこれやを含めて約5年分、といったところですので意味はないかと」
しないようだ。しかし5年で翻訳やらなんやらできる魔法が完成するのはお得なのか?いや世界中から力集めてるんだから燃費悪いのか。
なんだかんだで未練がましいのは仕方ないので許してほしい。
「よろしいですか?では次に魔法についてお話します。魔法は基本5つの属性がありまして、≪木≫≪火≫≪土≫≪金≫≪水≫となっています。これもまた追々、勉強してもらいますね。先ほど、あなた方には知識やアイデアを提供していただきたい、と説明しました。もうひとつ、異世界人は魔法や剣技を習得するにあたり、強くなりやすいのです。その理由もまた後ほど」
おお、本当にチートでありますか。
「この能力の適正も含め条件をつけているので、ケン殿はかなり強くなられることでしょう。……アヤトさんは解りかねますが。最近は戦争などはほとんど起こっていないとはいえ、いつ何が起こるか分からないのが世の常。異世界人の方にはもしもの時の防衛力としての役割も果たしていただくことになっています」
アデレードさんの言葉が刺さります。やっぱり勇者ポジションはケンという感じらしい。もちろんそんなポジション願い下げなのでいいのだが、なんだか自分は役立たずな雰囲気がすごいするので、唐突に路上に放り出されないように気を付けて生きようと心に誓う。ただ飯喰らいにだけはならないよう精進せよ、ということかな。
「とりあえずはこのぐらいで。明日から家庭教師をつけてこの世界について学んでいただきます。あと一時間ほどで昼食ですね。疲れただろうと思いますので、準備ができるまでは休んでいただきましょう」
時差説で導いた時間におおよそあっていたことに気を良くして頷く。おなかも減っているので食事の席は非常にありがたい。隣を盗み見ると同じように思ったのかケンもゆったりと頷いていた。
「ああ、そうでした。申し訳ないのですが、異世界人は一人だと思っていたので一部屋しか用意してないのです。
でも、一時間ほどのことですし同郷の人がいたほうが安心でしょう。部屋に案内させますので、二人とも昼食までその部屋でお休みください」
そう言ってアデレードさんが退室し、俺たち二人も兵士の人に客間のようなところに案内された。
兵士の人が出ていき、二人で顔を見合わせる。微妙に気まずい。
俺は覚悟を決めて口を開く。
「えっと、改めまして、こんにちは?」