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1話 どうやら異世界に来たようです

 次に視覚が戻ったとき目に入ったのは、地震大国日本ではまず見られないような石造りの部屋とアンティークな家具。部屋に窓はなく、蝋燭の灯りが揺らめいている。そして布をたっぷりと使ったひらひらとした服の手に杖を持った男、物語の挿絵で見るような槍を持った兵士が数名。

 それから、へたり込んでいる、俺とは違う学校の制服を適度に着崩した同じ年頃の男。


「なんだよ、これ」


 目の前の少年が呆然としたような声でつぶやいた。

 うん、俺も同じ気持ちだ。

 理解しなきゃと、思うのに、思考が止まってしまったかのように、うまく頭が働かない。息が詰まって、なぜか冷や汗が出る。

 汗を拭こうと、手を額に持ってくると粉っぽい感触。見ると、白い粉が薄く付着していた。今気づいたが、床に粉が撒かれている。いや、撒かれているというよりは線のようになっている。ああ、何かの模様に沿っているかのようだ。

 緻密に描かれた白い粉の模様はまるで、アニメや映画に出てくる魔法陣のようで。




「異世界の者よ」


 ひらひらが言葉を発した。よく見れば顔立ちが外国人っぽい。


「異世界?なんのことだ」


 目の前の少年が返す。そういえば確かに意味不明だったな。よくぞ聞いてくれた。というよりひらひらの服の方が理解できる言葉を話してくれて何よりだと、深く息を付いた。英語は本当に苦手なんだ。この場合、英語でない可能性もあるけど。



「ああ。私たちがあなたを召喚したのです。おや、あなたたち、のようですね。指定したのは一人なのですが」


「召喚?どういうことだ?」


 なんか複雑なことになってきた。しかし、目の前のやつ、切り返し早いな。

 状況を未だに飲み込めないまま、ただ目の前の情景を眺める。


 まるで一人だけ、切り離されたみたいだ。



「あなたたちをこの世界に呼び寄せたのですよ、魔法を使ってね」


「魔法?」


 

 魔法、という単語が聞こえた途端。その声にかぶさるように少年の声が響く。どちらかというと、高めの聴きやすい声だ。

 彼の声に、明らかに未知のものへの好奇心が含まれているのを感じ取って微笑ましくなる。どうやら彼のテンションがすごい勢いで上がっていっているらしい。いやー、俺もファンタジー臭がするなとは思ってたんですよ。とくにひらひらさんの杖とか、もう魔法使いーって感じで。あとはローブさえ羽織っていれば完璧なのだけど。



「そういえば過去にこちらにいらした異世界人も最初は魔法に驚いたという記録が残っています。これからは日常的に目にすることになると思いますが、見せましょうか?」

 


「…見せてほしい」


 淡々としたひらひらさんの声と、焦がれるような少年の声との対比がどことなく面白い。少年が抑えきれない魔法への興味でそわそわしているというのに、俺はどこかぼんやりとしていた。まるで、薄い膜一枚隔てて見ているような、そんな感覚だ。




 ≪火よ、我が、手の上に在れ≫




 男が何事かつぶやくと手のひらの上に野球ボール大の炎の球が出来上がった。


「おお」

 少年の驚きの声。確かにすごい。魔法には健全な男子高校生としてとても憧れます。



 ≪業火を宿す、矢となりて≫


 さらに男が続けて言う。

 その言葉に反応するように炎が形を変えた。大きな矢尻のような形だ。

 ひらひらした服の男がすぅ、と大きく息を吸い、厳かに言い放った。


 ≪穿て≫



 そう言うと炎の矢尻は、壁に向かってひゅっと飛ぶ。当たった部分を中心に半径1mぐらいの炎の渦ができた。炎はすぐに消えたが、石造りの壁が黒く煤けて削れている。思ったよりも威力が強い。


 少年はキラキラとした目でひらひらさんを見ていた。しかし魔法がある世界か。すごいなー。


 すごい、か。まるで他人事だな。



 目の前で次々訳の分からないことが起こるからか、どうも思考停止状態というか。気が抜けていく。最初は焦っていた気がするが、今はもう脱力感というか、やるせなさというか。せめてあの兵士がこちらに槍を向けていればもっと状況にあった対応ができるのだろうが、どうもこの人たちにはこちらが反抗するかもしれないという考えがないようだ。いや、仮にあってもあちらは魔法がつかえて、武器も持っていて、実践経験がある。それに対しこちらは丸腰。しかも俺はひ弱な文科系男子だし。そう考えれば妥当か?でも異世界人なんて、何してくるかわかんないと思うんだけど。


 いけない。脱線だ。



 俺が迷走している時間でひらひらさんは新たな魔法を繰り出したらしい。少年は魔法で作られたと思わしき水の蛇に感激中だ。クールな一匹狼っぽい外見なのに、残念だな。是非とも外見通りのキャラを貫いてほしかった。過去多くの変人やキャラの濃い人たち(主観)に出会ってきたが未だクールな一匹狼系は接したことがないから興味があったのだけど。あ、なんか話が進んでいた。今、少年がひらひらさんに質問しているところだ。また思考が迷走していた。これからは真面目に聞こう。すごい取り残されてる感じがする。


「俺たちは無作為に呼び出されたってことか?」


「いいえ」


 ひらひらの服はこの質問を想定していたのか、すぐに返答した。要するに、勇者よ、みたいなものだろう。で、多分目の前の少年が勇者。きっとこいつがチートですよ。だって俺はそういうタイプじゃないもん。しかも今、俺は自転車を足の間に挟んだまま倒れている。間抜けだ。そろそろ足が痛くなってきたので右足を救出せねば。

 前で行われるやりとりに耳を傾けつつも、足を自転車の隙間から出そうとする。しかしどうにも前かごに積んだカバンが重いのかうまく足を出すことができない。


「私たちが用意した魔法陣と対になる魔方陣をあなたたちの世界、異世界に置いてあるものの一つを真似て設置しました。こちらの世界で準備が整ったとき、私たちの設定した条件にあてはまる者だけが魔方陣に触れようと思うように創られています。そして触れた瞬間、あちらの世界からこちらに転移する魔法が発動するようになっているのです」



「そういうことか」


 なぜか少年は納得した。おいおい、俺には全然意味が分からないんですけど。魔方陣とか。詠唱じゃなかったのかよ。

 思うようにまわってくれない頭で、考える。


 条件にあてはまる、つまり選ばれたものだけが触れようと思う、何かに俺たちのどちらかが触って、ここに転移した、ということか?

 あのとき、俺は自転車をこいでいたから新しく何かに触れるということはしていない。よろけたけど、精々地面に靴が付く程度。魔方陣踏んだ、とかじゃないだろう。なら、多分なにかを作動させたのは目の前のコイツ、ということになる。


 あー、そういえば、自販機の前に立ってたやつ、コイツと同じ制服だったな。あれ、というより髪型とか制服とか着崩し方とかにてんなぁ。もしかして。


「なぁなぁ」

 俺は思い切って少年に声をかける。そういえば今こっちに来て初めて声を出した。


「なんだよ」

「さっき、ジュース買おうとしてた?えっと、なんかペンキですっごい細かい模様の描いてある、やたらマイナーな品揃えの自動販売機で」

「マイナーかどうかは知らないけど、そうだ。驚くぐらい喉が乾いてたから」


 同一人物でした。


「あの近くにさ、スーパーあるよね。かなり安いとこ。あと、マイナー自販機の100mぐらい手前に大手のメーカーの自動販売機がさ、同じ値段であるんだよ。なんでそっち選ばなかったの?」

「知らない。あの自販機の前でいきなり喉が渇いたんだ」


 気が付いたら自販機でジュースを買おうとしてた、と続ける少年。そうか。


「さっきぶつかっちゃって、ごめんな」


 彼は少し何かを思い出す仕草をし、思い当たったのか小さく首を前にかしげた。


「ん」


 よかった。謝らずに消えるのは失礼だと思ってたんだ。今そんなことを思い出すのも状況にそぐわなくておかしいかもしれないが、謝れてよかった。すこしすっきりする。



 そして


 ひらひらさん、あなたが欲している人物はコイツです。


 しかし、マイナー自動販売機があんなにも品揃えが微妙で、しかしユニーク商品もなく、聞いたことないメーカーの割に値段設定が大手メーカーと同じだったのはそのせいか。ついでにやたら細かい模様もよく見たらこの床の模様にどこか似ている。人目を引くためのデザインとかじゃなかったのか。そういえば会社名とか書いてなかったもんな、なるほど納得。

 で、本来なら買う気にならないようになっているのを、買いたいと思ったコイツが選ばれし者で、ここに喚ばれたのです、と。


 なんじゃそりゃ。




 じゃあ俺は関係ないはずだ。

 俺はなんでここにいるんだろう。魔法陣に位置的にかすってたのか?やっぱりぶつかったからか?


 ぐるぐる考えてる俺をよそに、少年がひらひらに声をかける。



「なぁ、聞いてもいいか?」


「かまいませんよ」


「俺たち、何のためにここに喚ばれんだ? なにか理由があるんだろ?」



 おお、よくぞ聞いてくれました。確かに目的によってこっちのこなす課題というか義務というか押し付けられるものが違うもんな。やっぱり勇者よ、魔王を倒してくれみたいな定番かな。それにしてもお腹すいた。カレー食べたい。早く帰らないと夜になってしまう。読みかけの小説も気になって仕方がない。ああ、あと録画していたアニメも、早く見たい。


「私たちは、定期的に異世界人を召喚することで新たな発想や知識を取り入れてきたのですよ。知識に差はあれど、何らかの利益をもたらしてくれる異世界人はこの国の宝です。そのため出来るだけ文化の違う世界の優秀な者を、と望み召喚されたのがあなた方ですね」




 文化の、違う?服も着てるし、見た目にそこまでの差異はない。というよりそれなら、俺や目の前の男のような10代の若造じゃなくて、もっと年季の入った職人や達人みたいなのを呼び寄せるべきだろう。少なくとも俺が逆の立場なら、そうしている。


 それよりも、



「すいません。俺家に帰りたいんですけど。帰れますか?」


「条件の中に、あちらの世界に未練の無い者というのがあるはずなのですが、まさか、あなたは戻りたいのですか?」


「はい。俺、なかなかに幸せでしたし。順風満帆、ってほどでもないんですが、夢も希望もありました。帰りたいです。な、えっと、君は?」


 俺は目の前の少年にも話を振る。




「……俺は、戻りたくない」



 おや。この人は本当にひらひらさんの要望にかなった人なわけだ。訳ありのようです。しかし、この際これは好都合だ。この人がいればこの世界的にはOKなはずだし。俺はどうやら巻き込まれただけのようだから、この際少年を残して俺だけ帰らせてもらおう。今思うと最初は混乱したけど、貴重な体験ができた。帰ったら小説か漫画でも書くべきかもしれない。



「じゃあ、俺だけ返してください」


 

 俺は当然の様にその台詞を口にした。


 しかし、ひらひらさんは微妙な顔をしている。戸惑うような、困ったような。

 彼は少し躊躇い、口を開いた。


「すいません。今までの方は、その、戻りたい、とおっしゃる方がいなかったので。あちらの世界に戻す方法が確立していないんです」


「…………え?」


「そもそもこの世界に転移していただく方はこの世界に住んでくださり、永く貢献してもらえる人、という訳ですし。条件ももちろん、そうなるように設定しています」




「いや、でも、俺らが住んでたとこからこっちにこれたんだから、逆もありだと思うんですよ。なにか方法とかあると思うんです」


 俺の必死の訴えに、ひらひらさんは何もわかってないな、というような顔をして言った。


「いえ、実は転移には流れのようなものがあって、あなた方の住んでいた世界からこちらの世界に来るのは流れに沿っているので少ない力でできるのですよ。例えるなら船で川の上流から下流に物を運ぶのと下流から上流に運ぶことの違いですかね」


「ああ、じゃあ必要なエネルギー、通じないかな? 力を溜めるまで時間かかる、みたいなことですか?」


「そうですね」


 なんだ、すぐにはできませんってことか。

 でも行方不明の変人になるのは正直嫌だな。どのくらいなら大丈夫だろう。三ヶ月? まあそのくらいなら……。


「具体的にどのぐらい準備にかかります?」


「140年ですね」


「は?」



「ですから、一人の異世界人を呼ぶための力が溜まるまでの時間です。もちろん、こちらからそちらへの事例はありませんから、あなた方のいた世界からこの世界への移動の時間です。流れに沿っての移動でも世界の維持に必要な分を差し引いて集めると140年かかる計算になります。あなたの行きたい方向の移動にはそれ以上の力が必要、ということですね」





「…っ!もしかしたら俺がすごい長生きするかもじゃないですか!そうだ、この世界の俺らがいたところとは時間の流れが違うかもしれないし!」


「過去の異世界人の記録では最高齢で98歳となっています。この世界の者よりも長く生きる傾向が見られますが、最低でも140年というのはさすがに無理かと。時間の流れはこちらの時間と異世界から来たものの話を統合すると、ズレはないようですね。こちらでの100年はあちらでも100年ですし、どちらも24時間365日が基準です」



 うるう年はあるんだろうか、というかそんなことじゃなくて、ああ、だめだ、帰れない、みたいな雰囲気。

 こっちは、そこの少年と違ってあちらの世界に未練たらたらなんだよ。




「なら!その力ってやつを無理に集めたら!」


 叫ぶ自分を、馬鹿みたいだ、と頭の中でもう一人の自分が嘲笑う。ひらひらさんの憐れむような視線を見た。はいはい、分かっていますよ。もう自分のなかでこの質問には意味がなくなっているのだ。だって、こんなに鈍った脳みそでも分かる。無理に集めたとして、30年や40年ごときでは帰れないのだろう。


 それに、無理矢理力を奪う存在をこの世界の人たちは許さない。地球でいうなら、電力を自分が元の世界に帰るためにすべてくださいと言っているようなものだ。それも何十年といった単位で。数日なら我慢してくれるかもしれない。だが、この場合は考えるまでもない。俺はこの世界で、有用ではなくなる。邪魔なモノは消されると相場が決まっているではないか。それに、何十年かけて戻ってどうするのだろう。完全に浦島太郎じゃないか。




「ふっ……」


 なぜか可笑しくもないのに笑い声がこぼれる。それになぜか少年が目をみはった。





「思ったより賢そうですね。安心しました」



 こちらの考えをすべて見透かさているような発言。もっと、頭がよかったら元の世界に帰る方法を見つけられたのかもしれない。もっと、バカだったら希望を捨てずに生きられたのかもしれない。俺は中途半端なんだ。


 ああ、ひらひらさんが最初に会った時よりずっと腹黒そうに見える。俺、性格悪いのかな。




 でもようやく一つ理解できたよ。








 ――俺は、この世界で生きるしかないんだ。


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