六
「どうして自由空間の使用をやめたのです?」
“開発者”の質問に僕はどう答えるべきでしょうか?
思っていることを言うべきか?何も知らないふりをするべきか?
前者を選んだ。
“開発者”が入社を偽ってまで、近づいてきたんだ。特に理由はないですぅなんてとぼけても、ごまかせきれないだろう。
「僕、いや、僕達実験者はただのモルモットにすぎないから。」
「ほう。モルモット……ですか?」
「自由機関は自由空間に不具合があるかどうか確かめるために、実験を行ったと言っていた。だがそれは建前だと僕は踏んでいる。だって、あんな初歩的な問題、自由機関などとんでもない装置が作れちゃう組織なら、すぐわかるはずだ。」頭に怪我をしたおじさんの顔を浮かべながら言った。
「あんなのとは?」
「……」30秒くらいの沈黙と逡巡の後、おじさんのことを教えた。
「空間は機械で作れても、時間までは作れない。だとすると、僕は空間の中で過ごす時間は果たして何なんだろう。答えは簡単だ。時間が作れないのなら、それは誰かの時間だ。空間を使用する度に、あなたたちは誰かの時間が強奪し、僕に与えた。そうよね。」
“開発者”は嬉しそうに笑った。
「いやいや、すばらしい。気に入ったよ、君を。」“開発者”の口調がなぜか砕けてくる。
「君は頭がいい。私は頭がいい人間が大好きだ。会えてよかったよ。」
だが、笑顔がすぐ凍った。
「だけどね。頭はいいんだけどね、賢くないよね。賢い人間は真実を知っていても、喋らないんです。喋るべきではないですよ。」
「そうなのか。」
“開発者”の言葉を信じてない。僕に近づこうとした時点で、やることは決まったはずだ。僕が真実を語ろうと語るまいと。
「ふふん、やはり頭がいいね。
君が思ったとおり、殺しに来たよ。銃なんからしくもない物まで持ってきちゃってさ。」
「質問していい?」
体の震えを必死に押さえ、最後の質問を喉から振り絞るように聞いた。
「なになに?」
「自由機関の存在が世間に知られていない。僕が言いふらしたところで、あなた達には何一つ傷つけられないはずだ。では、なぜ僕を殺す必要がある?」
「もうすぐ死ぬ人間の質問を答えてあげるのは悪役だけだよ。私は悪役ではない。科学者だ、どちらかと言えば、主人公的な位置なんだけど。」
「政府だね。」
ずっと余裕だった“開発者”が渋い顔した。
僕は探偵ではない。が、大まかの見当がつく。陰謀論の映画によくあるシーンで、何かを開発する組織の裏には、かならず政府の影がある。真実を言いふらし、世間に理解されなくても、政府の耳には届く。問題がある装置が世間に知られたら、政府はすぐ開発計画をストップはずだ。
「緊張しなくてもいい。あなたは銃を持っている。僕は生身の人間で、弾丸で撃ち抜かれたら間違いなく死ぬ。だから。」
最後のお願いをさせてください。
「親にメールを1通送らせてください。」
「装置の問題を教えるのか?やめておけ。家族を巻き込むだけだ。」
「よく見てくれ。僕はただの実家暮らしの30代冴えないサラリーマンだ。親にすねをかじってきた分、仇で返すつもりはない。“転勤が決まった。しばらく帰らない”と連絡したいだけだ。」
「ベタなセリフだね。」
「ベターなお勧めセリフある?」
「事務所をこれ以上寒くするような駄洒落はやめろ。まあ、私に内容を確認させるなら、送らせる。」
ケータイを開き、脳内を言うべきことばを紡いだ。
「もういいよ。」
「はやっ!」
“開発者”は時計を確認し、5秒しかかからないことを確かめた。
「女子高生よりも早い自信がある。」
「どれどれ」ケータイを渡し、“開発者”は画面を覗く込む。
「“100年”?なにそれ。」
ようやく送信先のアドレスに気づいた“開発者”が怒鳴った。
「てめぇ!」
“ビッ”と無言に送信ボタンを押した。
一瞬意識を失ったように、“開発者”は白目を向き、しかし、すぐ普通に戻った。
「ここは?」
「会社だよ。後輩くん。」
「あなたは?」
「おいおい、出社初日からボケないでくれる。お前の先輩だよ。ささっと仕事を続けろ。僕は先に帰るけどね。」
断片的な情報を構成し、ひとつのイメージを構成する。“開発者”、いや、入社初日の後輩は自分のことをあらためて構成しはじめた。
「そんなぁ。一人で残業はいやですよ。先輩。」
秋の夜風が体の芯まで吹きぬける。
一人の人間を僕が殺した。
自由装置の本体はもちろん自由機関の基地とやらにある。でも、そんな遠くにある装置がどうやって僕に働きかけ、自由空間を作るの?
答えは簡単だ。ケータイだよ。ケータイをネットワークにして、空間の展開をしている。想像ではない。実際、空間が展開される前にケータイから変な光が出るのを観たことがある。つまり、自由空間は僕個人に作用しているわけではなく、ケータイを持っている人間にだ。
わかるだろう。僕は先自由機関にメールを送ったのだ。“100年”の自由をくれと。そして、自由機関は忠実に当時ケータイを持っている人“開発者”に100年の“自由”を与えた。100年の時間なんて、一人だけでは足りない。装置は多分この町全員からすこしずつ時間を取っただろう。この町には50万人居る。みんなで分けると、一人1日も要らない。誰かが僕のせいで時間をすべて奪われ死ぬことがまずない。
孤独で“自由”の中で100年過ごした“開発者”は、悠久の時間で自分を忘れ、僕が与えた情報で“後輩”というステータスで自分への認識を定着させた。僕を殺そうとすることももちろん忘れて。
命こそ助かったが、いい気がしない。肉体的に殺していなくても、“開発者”という存在を殺してしまった。吐き気に襲われ、しゃがみこんで、口を押さえた。
「何か自由だ。くそったれ。」
ケータイを強く握り、橋から川にぶんなげた。
(終わり)
最終話です。
読んでくれて、ありがとうございます。




