三
自由装置とやらの機能が実証された。原理がよくわからないが、メールの内容だと、都合よく僕の精神が一時的に仮想空間に移され、“人間”を除いた、平行世界のすべてデータを仮想空間に書き写した結果、僕しか残らない空間の出来上がりだ。内心の興奮を抑えながら、同時に不安を感じた。
そう。一番切実な問題、料金だ。かようなサービスは、さぞ大金を取るだろう。今の10分間は試用として扱われ、無料かもしれないが、また使う時、どんだけ金取られるだろう。将来家を買うため貯金している身としては、無視できない話だ。
電車に揺られ、窓に映っている間抜けの顔を見ながら、「一か八か」と呟いた。そして、勇気を振り絞って、向こうが提供したアドレスに料金について問い合わせてみた。返信がすぐ来た。実験段階なので、割引があるそうで、結構合理的な金額の明細が送られてきた。
使ってもいいよなと、自分に確認を取ってみた。
その後不安ながらも、ちょくちょく“自由”を買って使った。便利なものだ。一人になりたいとき、仕事が溜まっているときによく使う。
これで本当に自由になれたかどうかという疑問が何度か頭のどこかを過ぎった。現実的な問題だ。だから、目を逸らした。やっと自由になったと自分に思わせたかった。窮屈な箱庭で意味のなく生きているのでなく、自由な世界で僕は生きているんだ。これでいいんじゃないか?僕が自分に嘘をついたとこで誰も傷つきはしない。
しかし、傷つくんだ。だれかが。それがわかったのが、ある金曜日の午後だ。
今日は友人と晩御飯する約束をしたため、仕事を早く終わらせ、6時に会社を出た。
「やばっ、もうこんな時間。」
渋滞で、バスを降りたときには、約束の時間まで後すこししかなかった。友人が予約した店ははじめてなので、道がよくわからなかった。このままじゃ遅刻決定だ。
「つ、使っちゃおうか。」
店を探すのに手間をかけたくなくて、自由空間を作り、ゆっくりと店を探し、現実の時間が省きたかった。
(本来はGPSを使うなり、ケータイの地図機能を使うなり、方法はいろいろだが、最近はひょんなことで、ついつい自由空間を頼ってしまう)
ケータイのボタンを押した瞬間、町中に溢れた人が幻影のように消え、僕しか存在しない世界となった。
「急がないと」20分もかけて、ようやく店を見つけた。すぐそこなのに、最初の分かれ道を間違えたせいで、20分も費やした。現実だったら、今はもう友人に頭下げて、謝っているところだ。
よし、これで間に合う。自由空間から帰還した瞬間、悲鳴が聞こえた。
悲鳴を元を探し、走っていった。着いたら、悲鳴の元はすでに2、30人ほどに囲まれた。
「父さん!父さん!しっかりして!」
みんなの視線の先を追い、倒れた50代のサラリーマンのおじさんが倒れていて、そばで娘らしき女性が泣いていた。おじさんの額に打撲の跡に似たひどい傷があった。
「誰かに襲われたのか?」手際よく救急車を呼んだ通行人の男性が聞いた。
「う、ううん。」女性がゆっくりと口を動かした。「だれも居なかったよ、急に、血が額から出て、倒れた。」
「そんなわけな…」男性の声が途切れた。気づいた。これだけ人間が居るんだ。本当にだれかに襲われたら、気づくはずだ。だけど、周りの人に聞いても、そんなやつ知らないといわれた。
救急車がやっと来て、野次馬が退散した。
僕は、立ち尽くした。タイミングがぴったりすぎた。自由空間が終わったとたん、おじさんが倒れた。偶然だと、普通思うが、どうしても、胸騒ぎが収まらなかった。




