2 剣の担い手
アラームは鳴りやまない。しびれる手足が今は憎たらしい。
ゆっくりと足を進めていくと奥のドアから声と銃声が鳴り響いている
ドアを開けると
それは、あの日の再現だった。
燃え盛る炎 破壊された建物 死に絶えている人
何もかもがアノ赤い世界と同じだった
目の前にいるのは犬のような形をした異形……
あの日と同じ完全なる再現
人ならざる力を得た今の僕でも本能的に勝てないと分かった。
だってあれは
兄さんを殺したパンドラなんだから
足はすでに逃げ出していた。逃げる場所なんてないのにただ歩き出した
躓く。これも同じ
体の痺れがさっきより効いてきた気がする
呼吸をくり返す喉も動かなくなってきたようだ これも同じ
アイツが近づいてくる 同じ
……僕はまだあの赤い世界から抜け出せないのか。努力を重ねここまで這い上がってきたのに。
兄さんの意思を受け継ぐことができたのに。
ここで終わりなのか。兄さん……
「約束したよな。お前は俺の代わりに人を救うって」
声が聞こえた。兄さんの声だ。
そうだ終わりじゃないここは始まりこの世界を突破してこそ僕の明日が見えるはず
喰いかかろうとしてくる犬型のパンドラの鼻先を思いっきり蹴り上げる
その反動喰われることだけは回避することはできた
ヤツにはたいしたダメージにはならなかっただろう
それはそうだヤツにダメージを与えるのならエルピスを使うしかない
だがこちらは痺れがとれておらず十分に動けない。
だが確実にヤツの四肢を粉砕しよう
立ち上がり片手を空中に出す
イメージするは最強の武器
ヤツを惨殺するには そう兄さんが持っていたあの武器と同じ威力が必要だ
故にイメージする。
まだ現れはしていないが僕の中に眠る
最強の武器を!!
「ぉ―――」
瞼を開ける
体の全身は発火したように熱くかかげていた片手はそれこそ紅蓮
「な―――これは兄さんの……!?」
僕の視線にはありえないものがある握られている
「あ―――」
俺ではなくこの剣自体に意思があるのか。
「オオオオオオオオォオーーーー!」
握られている黄金色の剣はマルタのような足を止まることなく切断した。
ヤツは片足が無くなったことでバランスを崩し、振りぬいた剣はガラスのように砕け散った。
体が発火したように熱くなる。
だがそんなことに関心はない。
剣が折れた
それはありえないことだ。あの剣は砕けるはずがないだってあれは兄さんの武器なんだから
もう一度、黄金色の剣を取り出し切りかかる
だが、体に触れた瞬間ガラスのように砕け散る
「どうして―――!」
茫然としているとヤツの尾が体を捕らえる。
上空に弾き飛ばされた俺は地面にたたきつけられる
だけどこれで分かった。
イメージの強さによって剣の強さが変わっているってことに
だから、二度も砕けるなんてありえない
砕けるってことは僕自身のイメージが、兄さんの剣には及ばなかった
高鳴る咆哮。殺害せんと向けられる眼光
次こそ俺を喰い殺すと、三本脚で向かってくる
だが――――そんなことはどうでもいい
今の相手はお前じゃない。
カミシロ=シュリにとって相手は1人
砕けるはずのない剣が砕けたってことはイメージに綻びがあったため。
イメージするなら剣だけじゃなく、担い手をも再現する―――!
精神を引き絞る
挑むべきは自分自身のイメージのみ。一つの妥協も許されない。
体全身を熱が覆い隠しとけるかの如く発火する。
「ぎ―――くう、う、ああ、あ―――!」
武器の構造を模倣し
蓄積された経験に共感し
構築された材質を理解し
あらゆる製作にかかわった工程を凌駕し―――
いまここに幻想の剣を作り出す―――!
噛み殺さんと咆哮する。
狂ったように喰いついてくるヤツの顔をめがけて黄金の一閃を放つ
剣は止まることなくヤツの牙をたたき割り
衰えることなく顔面を切り裂く。
あの巨体は半分に切り裂かれ血の雨が降る。
戦いは終わったのだ。
血の雨があたりの火を消火していく。
静寂が僕を包み込むと
あれほど熱かった体が冷めていく
剣は柄から砂のように消え去ろうとしていた。
「兄さん……僕、やったよ」
どうやらやっと赤い世界から逃げ出すことができたようだ。
体は限界だったのか意識が保てない俺は眠るように倒れた。