彼方のシュピーゲル
史上最強の没入感を売り文句とする老舗のMMORPGがある。『彼方のシュピーゲル』――ただし、製作陣がこだわり抜いた“没入感”を演出するためのリアリティにおいてこのゲームの評価はきれいに賛否が分かれている。
本来は重厚な冒険物語が繰り広げられる『彼方のシュピーゲル』は、ファンとアンチの双方から「ストーリーそっちのけでキャラ育成だけをする生活シミュレーション」と揶揄されていた。
毎日健康的な食事をとり、律儀に剣を振っていれば筋力と体力のステータスが上がる。毎日教本をリアル時間換算で読み耽って課題をクリアすれば知力と魔力のステータスが上がる。そしてその生活習慣はプレイヤーキャラクターの外見にまで影響する。つまり不摂生を続ければ機動性の低いデブキャラになり、肌が荒れて不細工になるし、美容に気を使えばそれだけ美男美女キャラになるのだ。
外見、中身ともに理想のキャラクターをクリエイトするにはゲーム内での生活を規則正しく送る必要があった。逆に言えば、キャラクターを一目見ただけでそいつのやり込み度合いが一発で分かる。これはある人にとっては長期プレイのモチベーションになり、ある人にとってはプレイスタイルの縛りとして敬遠された。俺はハマった側だった。
俺の相棒は筋骨隆々の大男だ。身長は二メートル強、丸太のような腕には数多の戦場で最前線に立ってきた証の無数の傷跡。精悍な顔にも斜めに走る刀傷があり、背中に身長ほどもあるツヴァイヘンダーを背負っている。名前はアイゼン。もう四年以上もパーティを組んで一緒に冒険しているフレンドだ。
そして俺は、ふわふわしたフリル付きのミニスカートに黒いニーハイの小柄な美少女魔道士、名前はクララ。銀色のロングヘアは錬金術スキルで自作したオイルによって月光のごとく煌めき、日夜の勉学で磨かれた紫水晶の瞳には理知の光が宿っている。傷一つない白い肌に華奢な手足は魔法一本で敵を退け、癒しの術を駆使してきた証。
アイゼンと並んでいるから余計に可憐さが際立っているのもあるが、自キャラという贔屓目を差っ引いてもクララは本当に可愛らしい。もちろん、中身とは似ても似つかないが。
このゲームでは努力が外見とステータスに如実に反映される。やり甲斐は凄まじい。だが悲しいかな、その努力は現実において正反対の効果を発揮する。自キャラが強くなればなるほど、かわいくなればなるほど、かっこよくなればなるほど、モニターの前に張り付いている俺は運動不足で太った不細工になっていくのだった。
ちなみにアイゼンを始めとするフレンドたちはみんな俺を中身も女だと思っている。俺もあえて訂正していない。べつに騙そうとしてるわけでも姫プをされたいわけでもないが、最初に中身の話をせずにいたらいつの間にか誤解されたまま言い出すタイミングを完全に失ってしまったのだ。
そもそも『彼方のシュピーゲル』には高度なボイスチェンジャーが備わっている。俺の言葉はクララのかわいらしい声で発せられる。俺がコミュ障をこじらせて常に敬語だったのも、中身まで女だと誤解された要因の一つだろう。
だから俺たちは、互いの現実をほとんど知らない。それでもまあゲームに支障はない。リアルなんか知らなくてもアイゼンと遊ぶのは楽しかった。
***
ところで、『彼方のシュピーゲル』には魔法職専用の人気防御スキルが存在する。発動すると魔方陣の内部が三秒間無敵になり、あらゆるダメージを無効化するという強力な技だ。ただ詠唱時間とクールタイムが長く、使用中は他のアクションを行えないので発動のタイミングにはそれなりの技術と仲間との連携が要求される。
名は《絶対領域》。このスキルの人気の理由は強さではなかった。魔法職の女性キャラクター専用装備である《黄昏の鏡界》を着用している場合に限り、発動時に特殊なエモートが追加されるのだ。片足を軽く引き、杖を胸の前に浮かせてくるりと回転する。その瞬間ふわりと広がるミニスカート。ちらりと覗く、ニーハイとスカートの裾の間の素肌。
つまり《絶対領域》を発動すると絶対領域が見えるのだ。要はネタスキルである。
「アイゼン、スキル発動するからあっちの敵をお願いします」
「この程度なら俺はバフなしでも乗り切れるぞ」
「念には念を」
「どうせまたスクショ撮りたいだけだろう」
アイゼンは呆れながらもモンスターを誘導し、カメラの邪魔にならない位置へ移動してくれる。本当によくできた相棒だ。
「ほんとに好きだよな、そのスキル」
「うん。最高。考えた人は天才」
「ははっ、そうか。クララはかわいくなるために毎日がんばってるもんな、撮っておきたくなるのも分かるよ」
「う……うん」
下品ではないギリギリのラインで、日頃の美容と健康を意識した生活がしっかりと反映された美脚が露出する。転職の容易でないこのゲームで俺がレベリングが苦行すぎて投げ出す者の多い魔法職を選んだのは、まさに絶対領域のためだった。
ことが起きたのは、ある日曜日のこと。俺は通販サイトでなんとなくニーハイを検索していた。変な意図はない。ただの、ちょっとした好奇心だ。『彼方のシュピーゲル』の装備品は極端にファンタジーなデザインじゃないから、クララの衣装に似たものが現実にもあるかと思ったんだ。そして……普通に見つけた。しかも安い。太腿の部分に細いレースが付いてるのが千円ちょっと。《黄昏の鏡界》の脚装備にそっくりだった。
気がつくと購入ボタンを押していた。数日後、俺は届けられた箱を開けて黒いニーハイと見つめ合う。
どうしよう、買ってしまった。買ったからには履いてるところが見たい。しかし男がニーハイを履いてどうする。頼める彼女も当然いない。
そもそも俺は仕事は在宅、趣味はMMOの成人男性、美少女であるクララとはかけ離れた身長百七十センチそこそこ猫背のデブだ。共通点といえば肌の白さくらいだろうか。滅多に外に出ないから生白いだけだ。顔立ちだってずば抜けて不細工ではないにしろ特別整ってもいない。
昔から自分の外見が好きではなかった。俺は筋肉がつきやすい体質で、よく食べて少し運動するとすぐにいかにも体育会系なマッチョになってしまった。にもかかわらず俺は、極度の運動音痴なのだ。反射神経も鈍い。いつも過剰に期待され、宛てが外れてがっかりされた。ますます運動が嫌いになっていった。
俺はクララに憧れていた。美少女になりたかったわけじゃないけど、小柄で美少女で自分とは正反対の、理想的なほど自分のキャラクターに合った容姿を持っている彼女のようになりたかった。だからクララを育成するのはとても楽しい。
で、このニーハイをどうする? いくらリアル志向のゲームとはいえ二次元の向こうに装備を届ける技術はない。
俺の頭の中に悪魔のささやきが聞こえた。……家の中だし。誰も見てないし。
俺はニーハイに足を差し込んだ。みちみちすぎてふくらはぎまでしか入らなかった。これじゃただのハイソックスだ。しかしふくらはぎに感じる緩やかな締めつけと、靴下の縁からはみ出た贅肉を見ると奇妙な高揚感を抱いた。
その部分だけクララの絶対領域が再現されていた。
これがすべての始まりだった。
***
ゲームの中でクララが教本を読み漁り魔力向上に勤しんでいる。その時間を使ってリアルの俺はダイエットに励んだ。下手に運動をすれば筋肉がついてしまう。だから俺は美容系の女性インフルエンサーを参考にしながら食生活を改善し、ながらヨガとストレッチで美脚を目指した。
俺の部屋には真新しい姿見が設置されている。クローゼットにはニーハイと同じく通販で買ったスカート、ワンピース、ブラウス。化粧品は専用の収納ボックスに収まり、ヘアアイロンとウィッグスタンドまで存在している。約半年かけて、俺はこれらを着て違和感のない体型を作り上げた。ゲームをしながら。
なぜ、どうしてこうなったとは思いつつ、不思議と納得してもいる。単に女装趣味に目覚めたわけじゃない。俺はクララのようになりたかったんだ。
そして始めてみると女装は奥が深かった。最初はニーハイとスカートだけだった。だがスカートを履けば上半身との釣り合いが気になる。トップスを変えれば髪型が気になる。ウィッグを被れば眉毛が気になる。眉毛を整えれば肌が気になる。スキンケアすれば映える化粧をしたくなる。
気になるところをひとつ直すと、別のところが見えてくる。ゲームのキャラメイクと同じだ。姿勢や歩き方も意識した。服の組み合わせを考えるのが楽しくなっていた。体型が整ってくると、ひきこもり気質ゆえの色白と元デブゆえのもち肌がいい方向に作用した。
鏡の中に知らない女が立っている。長めの黒髪を耳にかけ、薄く化粧を施した中性的な顔。白いブラウスに紺色のプリーツミニスカート。黒いニーハイの上に絶妙な幅の素肌が覗いている。ふとももの肉がちょっと乗って、レースが開いているのがポイントだ。
「……いけるな」
小柄でかわいい系のクララとは雰囲気が違うが、少し前の俺とは似ても似つかない、どう見ても清楚な美人だ。
俺は鏡の前で、《絶対領域》のエモートを真似てくるりと回転した。スカートがふわりと広がる。よろけた拍子にベッドの角に小指をぶつけた。
現実は無情にも物理ダメージをカットしてくれない。鏡の中で美人さんが足を抱えて悶絶していた。
***
いつものごとく『彼方のシュピーゲル』にインして、回復薬の精製に使う薬草を採取していたら、隣で釣りをしていたアイゼンがふと呟く。
「クララ、明日って暇?」
「昼過ぎなら空いてます」
「よかったら、会わない?」
心臓が跳ねた。リアルで会おうと誘われたのはこれが初めてではない。特にアイゼンはふとした雑談から同じ地方に住んでいると分かって以来、何度かプチオフの話題が出ていた。そのたびに俺は仕事が忙しいとか予定があるとか、適当な理由をつけて断っていた。
ゲーム内とはいえ五年近い付き合い、アイゼンが出会い厨でないことくらいは分かる。それでも俺は現実の自分を見られたくなかった。クララはかわいい。アイゼンは俺が男だと知らない。現実の俺を見たら、騙されたとは思わないまでもきっとがっかりするだろう。今後の関係もぎくしゃくするかもしれない。それが怖かった。
だが、今なら……。俺は姿見を振り返った。少なくとも初対面の相手に女だと思われても不思議ではない姿が映っている。これなら。いや、待て。これはこれで問題がある。女装して会いに行ったら、別の誤解が発生する可能性が高い。
「ほら、あの駅前のショッピングモールがリニューアルしただろ? 一人だと行きづらくて、どうせなら一緒にどうかと思っただけだから。気が乗らないなら無理しなくていいんだぞ」
追い打ちのようにアイゼンが気遣ってくれる。会うのが嫌なんてことはない。むしろ俺だってアイゼンの中身にちょっと興味がある。クララの姿だったら会えるのに。そして今の俺は、クララに近い姿にはなれる。
「いいですよ」
気づいたら俺はそう言ってしまっていた。たぶん、勇気が出るのを待っていたらいつまでも一歩を踏み出せない。そんな無意識の勢いで口をついて出た言葉だった。
俺がリアルで会うことに消極的なのを知っていたアイゼンは、驚きつつも嬉しそうだ。その顔を見ただけで少し気が晴れる。
「あの、ゲームのキャラと現実の外見がかなり違うので、びっくりしないでくださいね」
「誰だってそうだろ。俺もリアルは全然こんなんじゃないぞ」
「たぶんアイゼンが想像してる次元じゃなく違う」
「あのな。俺たち何年の付き合いだよ。クララがよぼよぼの婆さん魔道士でも、つるっぱげのおっさん戦士でも、俺はお前と遊んでたよ」
「ハゲはともかく、戦士職同士だったらこんなに頻繁にコンビは組めないですよ」
「そりゃそうだけどさ」
思わず理屈っぽく返してしまったが、アイゼンの言葉に胸の奥が温かくなった。
そして待ち合わせ場所と時刻を決め、なんとなく気恥ずかしくなってしまった俺は今日はそのままログアウトすることにした。
「じゃあ、また明日」
「おう。楽しみにしてる」
俺は男だと先に言っておくべきじゃないか。あらかじめ写真を送ろうか。いや、アイゼンの連絡先を知らない。ゲーム内での個人情報の交換は禁止だ。
そもそもどんな格好で行くのか? クローゼットの中を眺める。ダイエットを機に手持ちの衣類は一新していたが、普段着の男物は体のラインが見えないようなゆったりしたサイズの、人混みに溶け込むことを最重要視した地味で無難な服ばかりだった。
俺にとっては自分で見て悦に浸れるくらいに整えた女装姿こそが完全武装無敵の全身絶対領域だ。やっぱり、ミニスカにニーハイで行こう。アイゼンに会うなら尚更、こっちが俺の本当の姿だ。
***
そして翌日、待ち合わせ時刻である午後一時。俺は二十分前に駅前の大きな時計台のもとに到着した。
今日の服装は白いブラウスに淡いグレーのカーディガン、黒のプリーツミニスカート。足元はもちろんニーハイで、低めのヒールのショートブーツ。『彼方のシュピーゲル』の王都にある魔術学院受付のお姉さんをイメージしている。《絶対領域》の実装時にPVでスキルを披露していたNPCだ。俺と同じくらいあのゲームに没頭しているアイゼンならこれで俺だと分かってくれるだろう。
彼はどんな姿だろう。同じ戦士職でもアタッカーを続けていれば比較的細身の素早いマッチョになるし、タンクを続けていれば城塞のようにごつい体格になる。アイゼンは立派な体躯にスピードも兼ね備えている。リアルの見た目は分からないが、粘り強く根性があるのは間違いない。ゲームキャラほどではなくてもきっと背が高くて肩幅が広くて、いかにも体育会系という感じなのだろう。一人称視点で見たら圧を感じて怖くなってしまうかもしれない。どうしよう。
そんなふうに今更の不安を抱えていた時だった。
「あの……」
背後から声をかけられた。振り向くと、そこに立っていたのは小柄な女の子だった。身長は百五十センチくらいだろうか。癖のある柔らかそうなショートの茶髪に、大きな丸い瞳が猫っぽい。ブラウンのブルゾンに細身のデニムパンツ。黒いショルダーバッグを抱えている。
「あの、もしかして……クララ?」
「……え」
俺は固まった。女の子も固まった。数秒間、沈黙が流れた。そして俺の視線が女の子のショルダーバッグに吸い寄せられた。いつぞやのコミケで来場者へ無料配布された『彼方のシュピーゲル』のアクキー……戦士職向けのツヴァイヘンダー型。
俺は恐る恐る尋ねた。
「あ……アイゼン?」
女の子は、ぱっと顔を輝かせた。
「そう! よかった、やっぱりクララだ! 人違いだったらどうしようってびくびくしちゃった」
俺は空を見上げた。秋晴れだ。いい天気だ。
なるほど。何がなるほど?
いつも俺を庇ってくれる頼もしい相棒。ボス戦で無茶をしては俺に治癒魔法を投げつけられる、あのアイゼン。
インしたらまずは素振りと打ち込み、スタミナを上げるために移動は徒歩、回避力強化のために時々あえて武器を外して徒手空拳も鍛える根っから脳筋の、あのアイゼン。
「クララ、見た目が違うって言ってたからいろいろ想像してたのに、普通に美人じゃないか。確かにクララとは雰囲気が違うけどさ」
にこやかに話すアイゼンからは確かにゲーム内と変わらない人柄の良さを感じる。しかし俺の頭をより混乱させるのはその声だった。
どう聞いてもゲームから聞こえてくるのと似たような低い男の声だ。
いや、アイゼンなんだから男の声がすることに違和感はないはずだ。なのに目の前の小柄な女の子から発せられると脳がバグる。
「なんですか?」
俺は深呼吸して、念のために確認した。
「失礼なことを言ってたらごめんなさい。アイゼンって、男?」
アイゼンは目を丸くした。
「え? 何を今さら。見ての通りだよ」
見ての通りなら女の子なんだよ。
「クララが女の子ならあんまりしつこく誘うのもな、と思ってたけど、男同士ならもっと早く会ってたらよかった」
俺が男だということもバレていた。そりゃそうだ。見た目がどうであれボイスチェンジャーを通さない声は完全に男なのだから。
***
俺たちはひとまず目的のショッピングモールに向かい、一階の真新しいカフェに入った。アイゼンはカフェラテを、俺はホットコーヒーを注文。そして改めて自己紹介をした。
アイゼンの本名は愛染晶、二十五歳。とてもそうは見えないが、俺より二歳年上だった。
「愛染だからアイゼンって、ほぼ本名じゃないですか」
「クララこそ、『倉本だからクララ』なら似たようなもんだろ」
「まあ、そうなんだけど」
音声会話があるからゲーム内でも呼ばれて違和感のない名前にしたかったのだ。
彼はカフェラテを一口飲み、ぽつりとこぼした。
「俺、昔から小柄で童顔で力も弱くて、トレーニングしても筋肉がつきにくい体質でさ。だから鍛えたら素直にマッチョになれるアイゼンにハマったんだよな」
「俺も……同じ感じ。かわいい服が好きだったから女キャラにしたけど、クララがかわいくなっていくのが楽しくて」
「その格好は始めから?」
「いや」
妙な話、アイゼンが女の子のような見た目だったおかげで女装趣味を打ち明ける緊張感は和らいでいた。それでもやはり勇気は必要だ。俺は気持ちを奮い立たせるためにコーヒーを一口飲んだ。
「理想像を作って遊んでるうちに、俺もクララみたいになりたいって思うようになって。ニーハイ買ったのがきっかけで、いろんな服買って……似合うようになろうと思ったら、なんか、こうなった」
「すごいな。ゲームの理想に合わせて現実を変えたってことだろ? 並大抵の努力じゃないよ。尊敬する」
目の前にいる女の子、じゃなくて青年は、ゲームの中で巨大な両手剣を振り回している人物とは正反対だったけど、その褒め上手なところはまるっきり俺の知っているアイゼンだった。
自分の外見が嫌いだと思いながらずっと何も行動を起こさずにいた。でもクララの真似をしてみたおかげで、今の俺は自分を前より好きだと思えた。
その日の午後、俺たちはショッピングモールで遊び尽くした。ゲーセン、フードコート、書店、それから興味本位でレディースファッションの店にも入ってみた。幸いにも今の俺たちはしゃべらなければ女性の二人連れにしか見えず、誰にも咎められるようなことはなかった。
さすがに試着は気が引けたのでスカートは選べなかったが、通販と違って肌触りを確かめながら実物を手に取って選ぶのはすごく楽しく、ついつい新しいトップスとニーハイをいくつか買ってしまった。そんな俺をアイゼンは終始にこにこと微笑ましげに眺めていた。
「クララ、こっちのスカートは?」
「だめ。没。長すぎる。それじゃ膝下しか見えない」
「ふとももにこだわるなあ。ボス戦の装備選択より真剣だ」
「ゲームだとやり直せるけど、リアルの失敗は致命傷になるから……」
「俺もいっそのこと、こういう女の子っぽい服も着てみようかな。スカートは無理だけど短パンならいけそう」
「ショートパンツと言ってほしいんですが」
「クララ、俺の絶対領域も見たい?」
冗談めかして言われて俺は硬直してしまった。正直、見たい。ゲームのアイゼンはさておき、リアルの愛染なら絶対に似合うだろう。ジーンズ越しにも美脚が伝わってくる。しかしあまりにも見たすぎて本気度にドン引きされそうだったので、俺はとりあえず曖昧に頷くだけに留めておいた。
***
夕方まで二人で遊んで、駅で別れたその夜。時刻は午後九時、俺がゲームにインするとアイゼンはすでに王都公園の噴水前で待っていた。
「おかえり、クララ」
「ただいま……って、その挨拶なんか変ですね」
「まあな。俺も言ってて思った」
クララとアイゼンが並んで立っている。
筋力カンストを維持しないと装備できない重鎧、岩石系のモンスターも両断できる大剣。現実の愛染を知った後だとなんだか笑えてくる。悪い意味じゃない。俺がクララに愛と手間を注いでいたように、彼もアイゼンに膨大な熱意を注いでいたのが実感として分かったからだ。
こんなに正反対に見えて、俺たちは案外似た者同士かもしれない。この長い付き合いで何を今さらとアイゼンはまた笑うだろうけど。
「そういえばさ、男性用だけど俺もオーバーハイソックス買ってみたよ」
「え!? ど、どうでした?」
「結構いいな。ちょっと締めつけられるけど、脱ぐ時に気持ちいいし。あとなんか足のシルエット? きれいに見える、気がする」
「それ分かる!」
俺は思わずモニターの前で身を乗り出した。若干フェチの入った会話を気兼ねなくできるようになったのが嬉しかった。
アイゼンが噴水に腰掛けて照れくさそうに頭を掻く。
「ずっとかっこいい格好がしたくて、憧れてて、似合わない自分にイラついてたけどさ。今の自分に似合う服もいいかもなってクララを見て思えたよ。ありがとな」
「それは、その……同じです」
他の人だったらリアルで会う勇気が出なかったと思う。そしたら俺は自分の趣味を本当には自分で肯定できないままだった。俺の女装が彼に良い影響を及ぼせたのなら、それはアイゼンの言動が巡り巡って彼のもとに返ってきたんだ。
「アイゼンは、リアルでもかわいいし、すごくかっこいいよ」
***
俺たちの関係は少し変わった。週末にはリアルで会って、一緒に服を買ったり映画を見たり、カフェに行ったりするようになった。また明日、と言って別れつつ結局その日の夜のうちに王都公園の噴水前で再会する。
ゲームに没頭していれば決まった通りの安心できる毎日が訪れる。だけど勇気を振り絞って踏み出した絶対領域の先には、予測不可能で奥深くて、そして楽しい世界が広がっていた。
ところで、俺の影響でファッションの趣味が広がった愛染がミニスカにニーハイを履いてくれる予定は今のところないが、ゲーム内のアイゼンはたまに露出度の高い鎧を着るようになった。
「ほら見ろ、クララ。俺の絶対領域」
「ちょっと違う。確かに肉体美ではあるけど」
「スクショ撮っていいぞ」
「いらないかも」
余談だが、リアルでの付き合いができてより行動を共にすることが増えた俺たちは、相変わらずクララの中身がリアル女だと思っている他のフレンドたちから「あいつら付き合ってるらしい」と勘違いされるようになった。
俺もあえて訂正していない。俺の中身が男だってこと以外は間違ってないので、べつにいいだろうってのが俺たちの考えだ。




