7 結婚なんて絶対にお断りです
(は、はい……?)
彼の口から飛び出た衝撃的な言葉に、ティアナは目が点になる。
(ワタシガ、カレト、ケッコン?)
「ええと……なんと、申し上げればいいのか……」
(出会って間もないし、かつあんな言いがかりをつけてきた人と結婚したいわけないのですけれど。むしろどちらかというと……)
――絶対、嫌だ。
そう言いたい気持ちを抑え、ティアナはゴニョゴニョと言葉を濁す。恐らく彼らは高位貴族。口を滑らせ失礼な物言いをすれば、怒りを買いトラブルを招きかねない。彼女が押し黙っていると、金髪の彼は目をスッと細めた。
「困らせていることはわかっている。すまないとは思うがこれは大事なことだから、嘘偽りなく正直に教えて欲しいのだ。大丈夫、どんな答えでも怒りはしない」
ずいっといかめしい顔がティアナに迫ってくる。そう言われましても、と困り果てた彼女は横目で老紳士に『助けてください』という視線を送った。その視線に気づいた老紳士が同情するかのように苦笑する。
「ティアナ嬢の素直な気持ちをへい……閣下にお伝えすれば良いかと」
「その通りだ。ちなみに嘘を吐けば、あそこに置かれている天秤が右側へと傾くからすぐバレるぞ?」
そう言うと金髪の彼は、部屋のテーブルに置かれている天秤を指さして見せた。それはいわゆる魔道具と呼ばれるもの。
(質問の意図はわからないけれど、どうやら嘘をついてその場しのぎもさせてもらえないようね)
とうとう逃げ道のなくなったティアナは、観念して彼の突飛もない質問に答えることにした。
「うっ……。で、では……さきほどの閣下の質問に正しくお答えするならば――」
ふいに銀髪の男――サイラスが顔を上げる。するとティアナとサイラスの視線がかち合った。
「恐れながら、私は閣下と結婚したいとは一切望んでおりません」
ハッキリと、サイラスの目を見て毅然と言い放つティアナ。すると彼は目を見開き、ピシリと石のように固まってしまった。嘘か真かを判断する天秤は動くことなく水平を保っている。
(当然の結果だけれど、動かないでくれて安心したわ)
「な、なるほど。嘘はないようだな。正直に答えてくれて感謝する」
金髪の男が喜びと気まずさを織り交ぜたような、複雑な表情を浮かべた。
すると彼は何か考え込む仕草を見せた後、決心したように顔を上げ――そしてティアナへ向き直り神妙にこう語りだした。
「――ティアナ・エーデルワイス子爵令嬢。君は素晴らしい能力を秘めている、千年に一人の才能といっても過言ではないだろう。魔水晶を割ってしまうほどの君の魔力量は、恐らく筆頭魔術師の魔力量をも遥かに凌駕するものだ。……それを踏まえ、折り入って願いたい」
(え、私の魔力量ってそんなに多かったんですか……!?)
とティアナが驚いていると、金髪の男が突然、大仰な身振りでサイラスの方へ自らの手を差し向けた。
そして彼の口から思いもよらない言葉が飛び出す。
「ティアナ嬢! どうかこの彼――サイラスの『弟子』となってくれないだろうか!?」
「…………へっ!? で、弟子!?」
(藪から棒に、いきなりなんの話ですか!?)
驚いて言葉を失くすティアナ。だがそんなことなどお構いなしに、金髪の男の熱弁は止まらない。
「もし君がこの話を受け入れてくれるのなら、彼は持ちうるすべての魔法の知識を君へ継承することだろう!!」
「ちょっ、閣下、押さないでくださ……!」
金髪の男はぐいぐいと強引にティアナの背中を押し、彼女をサイラスの目の前へと引きずり出した。至近距離で向かい合う形になった二人。サイラスは目を丸くしティアナの顔を直視する。
次の瞬間、彼の脳裏に過去の忌まわしい記憶がフラッシュバックした。
「――っ、うぷっ!?」
サイラスは自身の口元を押さえると、突如として跪きその場で盛大にえずいてしまう。胃からせり上がってくる酸っぱいものを必死に抑えようと努めながら、彼はサーッと顔を青ざめさせた。
(し、しまった……!)
うら若き貴族令嬢を目の前にして吐き気を催すなど、絶対にあってはならない失態だ。サイラスは恐怖に震えた。思い出すのは、かつて家族や周囲から向けられてきた軽蔑の眼差し。『汚らわしい』『バケモノめ』と罵られ、まるで虫けらを見るようなあの目――。
もしあの冷たい眼差しを、また彼女に向けられたら――。
彼はギュッと耐えるよう目を瞑り、ぶるぶると指を震わせる。




