4 初対面の人にストーカー扱いされました
一方、ティアナは。
「か、階段……急だし、長すぎる……!」
最初は段を数えながら昇っていたが、百段を越えたあたりでとうとう息が上がってしまい、数えるのを止めた。疲労で段数を数えるどころではない。
膝に手をつき、肩を上下させながら顔を上げると――まだ先は果てしない。目視する限りでも、魔術測定塔へ続く階段は今まで登った数倍はあるように見える。これではもはや登山だ。
「うそでしょ、まだあんなに登らないといけないの……?」
一瞬、心が折れかける。しかしここで引き返すわけにはいかない。ティアナは自分を励ましながら深呼吸する。
少し休んで気力を取り戻すと、再び重い足を動かし一歩を踏み出した。階段は山肌に沿って蛇のようにくねり、右へ左へと続いている。右へ曲がったその先で、ティアナはふと視界の端に何かを捉えた。
(――人?)
どうやら彼女以外にも、魔力測定塔を目指す者が居たらしい。
一人はサラサラとした長い銀髪。一見すると女性のようにも見えるが、それにしてはガッシリしているし背も高いような気もする。もう一人は金髪の男性のようだ。
ぼんやりその背を眺めながら階段を昇っていく。彼らに追いつくのが気まずくて、極めてゆっくりと。
適度な距離をあけつつ昇っているうち、突然前を行く銀髪の男がチラリ、という様子でティアナの方へ振り返った。
一瞬目だけ二人の目と目が合う。
(な、なんだか今、凄い睨まれたような気がする。なぜ)
だが疲労でそれどころではない。そのまま無心で昇り続けていると、やっとのことで魔力測定所らしき建物が近づいてきた。とうとう階段を昇り切り、ティアナはハアッと大きく息を吐く。
頂はだだっ広い平地であり、その中心には天空に続くかと思えるほどに高い魔力測定塔が聳え立っていた。塔以外、遮るものが何もないため風が強い。
(あぁ、風が気持ちいいわ……!)
――と、ティアナが心地よい達成感に浸っていたその時。
「そこのストーカー」
「……?」
声の方へと顔を向ける。
すると、先ほど前方を歩いていた銀髪の男性が、ティアナの方へつかつかと歩み寄ってくるのが見えた。彼はあからさまに『怒ってます』というような、鬼気迫る表情を浮かべている。
ティアナはぎょっと目を丸くし固まった。
(え!? わ、私、なにか彼を怒らせるようなことしちゃったかしら!?)
だが思い当たる節はない。戸惑っているうちに、彼女の目の前で男が立ち止まる。すらりと背の高い銀髪の彼は、ティアナをを冷たく見下ろしこう言い放った。
「以前にも変身薬を飲み、彼女のフリをして俺を誘惑しようとしてきたな」
「は、はい……? ええと」
変身薬? フリ? ティアナは突然のことに目を丸くする。
「俺の部屋を勝手に物色しただけにも飽き足らず……彼女の姿絵を厳重にしまっていなかった俺の管理にも責任はあるが。だからといって、やっていいことと悪いことがある」
「あの」
「ストーカー行為もそろそろいい加減にしてくれないか。元弟子候補のよしみでずっと我慢してきたがもう限界だ。今すぐここを去り、二度と後を付け回さないと誓え。……もし彼女に少しでも危害を加えてみろ、その時は貴様を永久に出れない牢獄へとぶち込み生まれたことを後悔させてやるからな。言っておくが本気だぞ」
「――――――は、い?」
(な、な、なんですって?)
その人の口から飛び出た言葉に、ティアナは面食らってぽかんと口を開けてしまう。彼に告げられた言葉を理解できなかったのだ。
(ストーカーがなんとかかんとか……)
と、ティアナは彼の顔をまじまじと観察しようとしたところで、息を呑んだ。
陶器のような、滑らかでいて真っ白な肌。王国では珍しい銀色の長い髪に、ミステリアスな魅力を放つ紫水晶の瞳。さらに驚くのは、彼の人間離れしたとんでもない美貌だった。その美しさを際立たせる、エメラルドの耳飾りがしゃらりと揺れた。
あまりにも顔面が完璧すぎていっそ人外じみている。
そして全身から放たれるどこか物憂げな雰囲気が、彼の美しさをより一層際立てていた。
身に纏っているのは漆黒の軍服に純白のロングコート。高貴な身分を思わせるいかにもな出で立ちだ。近くに立たれるとそのオーラに圧倒されてしまう。
彼女が呆気に取られていると、彼の切れ長の瞳が不機嫌に歪んだ。
「何とか言ったらどうなんだ?」
その声にハッと我へ帰るティアナ。ストーカーなんてとんでもない言いがかりだ。
「あ、ああ……ええと。私はあなた様のストーカーなんてしておりませんわ、誤解です。初対面ですし、どなたかと勘違いされているのでは? では私、こちらに用がありますのでこれにて失礼――」
彼女は恭しく一礼し、塔の玄関へ向かおうとした。だが彼によって行く手を立ちふさがれてしまう。
「待て」
(な、何? こっちは急いでるんですけれど)
今度は軽く睨みつけると、彼はわずかに驚いた表情をみせた。しかしまたすぐ冷たい表情へ様変わりする。
「そうやって言い逃れしようとしても無駄だぞ。俺がこちらへ用があることも知っていたな。なぜ前もって俺の目的地を知り得たのか、すべて洗いざらい正直に話してもらおうか」
(えええっ!?!? 何だか完全にストーカー扱いされちゃってるわ。どうしたらいいのかしら)
「う、嘘ではございませんっ! 私はここへ魔力測定をしていただきに参ったのです」
「魔力測定……? ハ、わかりやすい嘘を。魔力測定は、魔術学院へ入学する予定のもっと年若い子供が受ける儀式だろう。見るところ貴様は明らかに子供と呼べる年齢ではない。まったく、ご丁寧にわざわざあの髪色を完全再現するとは……いい出来の変身薬だ。その用意周到さだけは褒めてやるべきか」
ティアナのピンクブロンドの髪を見つめる紫紺の瞳に、一瞬だけ激しい熱が宿った気がした。
「髪色は地毛です。今まで魔力測定を受けてこなかったのには、とある事情がありまして……」
勇者アレンに魅了魔法をかけられていて、魔力測定のことなんて頭になかったなんてとても口にできない。
「――もうっ。はっきり申し上げますが、私、あなたなんかに微塵の興味も抱いてませんわ! いきなり人を捕まえて初対面なのにストーカー扱いだなんて、少々自意識過剰なのではないですか?」
彼の紫水晶のような瞳が大きく見開かれる。
「あなた、なんか……、微塵の、興味も……」
すると彼はそのまま石のように固まり動かなくなってしまった。
(ああもう。なんだかややこしくなってきちゃったわね。ちょっと言い過ぎたかな……。でもここまで言わないと信じてもらえなさそうだったし)
ズキズキと頭が痛くなってきてティアナがこめかみを抑えていると、突然、息を漏らすような笑い声が聞こえた。
「ふ、ふ、ふははっ。――ああ、失礼。ちょっと面白すぎてな。彼に『微塵の興味も抱いてません』などと噛みつくご令嬢を初めて見たもので。ご機嫌よう、可愛らしいお嬢さん」
「!」
銀髪の彼の背後から、ひょこっと顔が飛び出る。ティアナは思わず目を丸くした。鮮やかな金髪に同じ色の瞳。年の頃は初老くらいだろうか、どこか威厳のある顔つきをしている。しかし浮かべている表情は柔らかいもので、彼の人の好さを感じさせた。品の良いおじさまという雰囲気である。
すると突然、この二人とは別の聞き覚えのない声がした。




