13 ポーションへ込めた願い
「ここが俺の研究室だ、さぁ入ってくれ」
「は、はい。失礼いたします」
魔法学院の北棟の奥、人気の少ない地下室にサイラスの研究室はある。黒檀の扉が開かれた先には、ティアナが思い描いていたままの『魔術師の研究室』があった。
机の上に置かれた大量のスクロール、自動手記する羽ペン、宙に浮くいくつもの天球儀。一歩足を踏み入れると、インクの香りがティアナの鼻をくすぐった。
(自動手記の魔法なんて初めて見たわ! 閣下からプレゼントをいただいたときも、自動開封の魔法がかけられていたわよね)
ティアナが目を輝かせて研究室を眺めていると、隣からクスリと小さな笑い声が聞こえた。目を向けると、そこには微笑ましそうにティアナを見つめるサイラスの姿。彼女はハッと我を取り戻し、恥じらって頬を染めた。
「申し訳ございません、つい。初めて見るものばかりで、思わず見とれてしまいました」
「謝らなくてもいい。好奇心旺盛なのは良いことだ」
サイラスが柔らかく笑む。彼の顔面のあまりの美しさに、ティアナは今度は違う意味で頬を染めてしまう。そのまま彼女が照れて押し黙っていると、サイラスが口を開いた。
「改めて――。仮ではあるが、君が俺の弟子になってくれて本当に嬉しいよ、ティアナ嬢。それで、もしよければなのだが、君のことを『ティアナ』と呼んでも構わないだろうか?」
「もちろんです、閣下」
「それと、『閣下』というのも堅苦しい。せっかく師弟関係になったのだから、俺のことはどうかサイラスと呼んで欲しい」
話しながらサイラスがソファに腰かけ、ティアナに向かい側へ座るよう手を差し伸べて促す。彼女は『失礼します』と呟き、ソファへ腰かけた。
「では恐れながら、サイラス様……とお呼びさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ティアナが名前を呼ぶと、サイラスは一瞬だけ息を呑んだ後、ふわりと花が咲くように微笑んだ。ティアナは思わず目を見開く。以前も感じたことだが、彼は本来このように物腰柔らかで笑顔が多い人だったのだろう。なぜなら、ほぼ初対面で身分も低い自分にこんなに優しく接してくれるのだから。
数々のストーカー行為で心を閉ざしてしまったのであれば、不憫だと思った。
(い、いちいち笑顔が美人過ぎて心臓が持たないわ……!)
彼女はざわつく心を必死で落ち着かせる。
「あぁ、そう呼んでもらえたら嬉しい。……ところで、ここからは本題なのだが」
声のトーンが引き締まり、ティアナはハッとサイラスへ視線を向けた。
「ティアナ、早速ではあるが、君の特殊適正『付与魔法』について説明しておきたい」
「は、はい」
「付与魔法、とはその名の通り、人や物に対して何らかの効果を付与することができる希少な魔法だ。……そして更に特筆すべきなのは君の『SS』というランクだ。SS級の付与ともなれば、その効果は恐らく絶大なものになる」
「付与魔法ってそんなに珍しい魔法なのですか?」
「もちろん。君が何か手作りしたものに、特別な力が宿ったという経験はないか?」
彼の問いに、ティアナは少し考えた後口を開いた。
「特別な力、が発揮されたかどうかはわかりませんが、ポーションならよく手作りしていました」
「ふむ、ポーションか」
サイラスが思案するよう顎に手を添える。その傍で、ティアナは苦い記憶を思い出していた。アレンに魅了されていたころ、彼のためにポーションを煎じ続けていた日々を。
今思えば、完全に正気を失っていたと思う。年頃の令嬢が友人とのお茶会にも参加せず、地下室で一心に鍋をかき混ぜていたのだから。両親だってかなり心配したはずだ。だが当時のティアナは、アレンのためにと何の疑問も抱かず、一心にポーションを作り続けた。
そのポーションに、何らかの力が付与されていたのだろうか?
「そのポーションはまだ残っているか?」
「いいえ、編入する前にすべて処分いたしました」
「そうか。もし君さえ良ければ、ポーションを使って実験をしてみたいのだが」
「もしお時間をいただければ、材料を取り寄せてご用意させていただきます」
「それには及ばない。ひとまず、俺の作ったポーションで試してみよう」
そう言うと、サイラスは立ち上がると棚から一本の青い瓶を取り出し、ティアナの目の前へ置いた。
「ティアナはポーションを作っていた時、どんなことを願っていた?」
「…………使用者の、無事を」
「そう、か」
ティアナがサイラスを盗み見ると、彼は彼女よりももっと辛そうな表情を浮かべていた。ひどく傷つけられて、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな表情を。ティアナは思わず虚を突かれてしまう。
(……?)
なぜ彼がそんな顔をしているのか、ティアナにはわからない。するとサイラスは一呼吸した後、口を開いた。
「では、その時と同じようにこのポーションへ願ってみてくれ」




