11 弟子入りの提案
(あわ、あわわわわ)
好奇と敵意が一緒くたになった周囲の視線が痛い。
(サイラス・ハーレンフォール……やっぱりどこかで聞いた覚えがある名前。でも、頭がもやがかって思い出せない)
ティアナは魅了魔法にかけられている間の、アレンに関すること以外の記憶がほとんどない。魔法をかけられる前の記憶であれば、手の甲の紋章が薄まると共に、だんだん戻ってくるという医者の話だったが――。
サイラスのことを思い出せないまま彼女が固まっていると、彼はずいっとティアナの方へ一歩足を踏み出した。
「以前は本当にすまなかった。そう固くならないでくれたら嬉しいのだが……。ところで実は今日は君に、一つお願いがあって来たんだ。以前断られた『弟子入り』の件なのだが、どうかもう一度考え直してはくれないだろうか?」
彼がそのセリフを言い放った瞬間、図書館に大きなざわめきが上がった。
「なんだって!? あのサイラス閣下自らが弟子にと望まれるなんて」
「あのご令嬢は一体何者なの!?」
そんな悲鳴じみた声が聞こえてきて、ティアナはだらだらと冷や汗を垂らす。
(え、ちょっと待って。このサイラスってお方、前に会った時は近づくだけで、吐くほどに気分を悪くされていたわよね? たぶん私をストーカーと勘違いしていたからだと思うけれど、誤解が解けたのかしら……?)
だからといって、弟子入りを願うほどすぐに心がわりするものだろうか。
彼の思惑が読めない。
サイラスといえば周囲の視線をもろともせず、ティアナを一心に見つめている。絡みつくような彼の視線に、ティアナは目を逸らすことができずにいた。
静かに、白く美しい手が彼女の前へと差し伸べられる。辺りがしんと静まり返った。
あたりに、サイラスの手を取って当然という空気が流れ始める。だがティアナは。
(――できればお断り申し上げたい! けれど、こんなに大勢の前で断るのはなんだかまずい気がする)
警鐘がティアナの脳内でカンカン鳴り響く。
周囲の様子を察するに、彼はどうやら相当な有名人のようだ。そんな者の誘いを簡単に断れば、恐らくティアナは今後、学園内での立場をますます失ってしまうだろう。
なぜならすでにティアナは悪い意味で有名人だからだ。勇者に婚約破棄された元婚約者――。
かといって『はい、喜んで!』の彼の手を取るつもりもなかった。もう厄介ごとは御免だからだ。
中々サイラスの手を取らないティアナに周囲がざわざわと騒ぎ始める。
すると、そんな終わりの見えない八方塞がりなこの状況を、とある声が打ち破った。
「サイラス。こんなに大勢の前で詰め寄るのは止せ、ティアナ嬢が可哀想ではないか」
「! 陛下」
サイラスがティアナから視線を逸らし、現れた一人の男性へ向かって恭しく一礼する。
(わ、私の聞き間違いじゃなければ、今『陛下』と仰りましたか……!?)
サイラスにならい、その場に居た全員が陛下と呼ばれた男に向かい低く頭を下げる。ティアナもまた急いでお辞儀を披露した。
「一国の王ともあろうお方が、護衛もつけずにこのような場所へいらっしゃるとは」
「護衛ならそなたがが居るではないか。ティアナ嬢、サイラスが迷惑をかけたな。ところで、ここは人の目が多すぎる……とりあえず場所を移さぬか?」
声をかけられティアナは恐る恐る国王を仰ぎ見た。そこには以前魔力測定所で会った、金髪の男が立っていた。彼の顔に浮かんでいる笑みは優しく、ティアナは目を瞬かせる。その瞬間冷や汗が顎の先から滴り落ちた。
「仰せのままに、陛下」
ティアナは二つ返事で国王の提案を了承した。そして周囲の視線をかいくぐりつつ、三人は図書館を後にしたのだった。
*
場所は移され、魔術学院のとある応接室。
「さぁティアナ嬢、こちらに座ってごらん。そんなに緊張しなくても、いきなり取って食べたりはしないから安心しなさい」
(さ、最終的には取って食べられてしまうのでしょうか)
ソファに腰かけた国王が、向かいに置かれているソファへ優雅に手を差し伸べる。
ティアナが返事をする前に、サイラスがそのソファの端に腰を下ろした。
(……え、私が座るほうのソファ? 護衛なのだから、陛下の隣に座るべきなのでは)
「それでは、御前を失礼いたします」
国王と、サイラスとティアナが向かい合う。
「それで、ティアナ嬢。今日はそなたに一つの提案をしに来たのだ」




