10 再会した美人魔術師様が以前と違って私に優しすぎる
「こんな時期に編入生? しかも四年生からって……かなり珍しいわよね」
「ほら彼女、勇者様の元婚約者だったティアナ・エーデルワイス子爵令嬢よ」
「えっ!? 勇者様に『捨てられた』っていうあの!? なんでそんな人が魔法学院に?」
――などという噂話、もとい悪口が容赦なくティアナの耳に聞こえてくる。
(やっぱり私がアレンに捨てられたことになってるのね。まぁ……アレンは勇者なんだから、周りが彼の話の方を信用するのは当然か)
噂話に一切気がつかない振りをしながら、魔法学院の廊下を歩くのは至難の業である。ティアナは彼女たちに聞こえないよう、小さくため息を吐いた。
魔力観測塔で証明書を受け取った後、彼女は無事魔法学院への編入を許可された。
両親はティアナの編入を心から祝福し、彼女もまた学園の門をくぐるのを心待ちにしていたのだが――。
編入生であるティアナが勇者の元婚約者であるという噂は、瞬く間に学園へ駆け巡ってしまう。
寮の部屋付近の廊下では多くの生徒たちが行き交う。それらの生徒たちからジロジロ視線を送られるのは、ティアナが着ている服装にも原因があった。彼女は現在、制服ではなくドレス姿である。仕立て屋の手違いで編入日に間に合わなかったため、あえなくドレスで登校するしかなかったからだ。
ちなみに制服は直接、寮の部屋へと届けられるという手はずになっている。
ティアナが視線から逃れるため壁の端を這うように進んでいくと、ついに寮の私室へとたどり着いた。
「ここが、私の部屋……!」
今回分け与えられた部屋は幸運にも一人部屋だ。ティアナは安堵と期待に胸を膨らませながら扉のドアノブに手を掛ける。
扉を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「こ、このプレゼントの山は一体何ごと……!?」
なんと、部屋にはぎっしりとプレゼントの山が積み上げられていたのだ。
ティアナは困惑しつつも、部屋の中に恐る恐る足を踏み入れる。
「一体どなたからかしら?」
彼女がプレゼントの山を見渡していると、箱の上に一枚のカードが添えらているのが目に留まった。ティアナがカードを手に取ると、そこには美しくシンプルな字でこう書かれていた。
『ティアナ・エーデルワイス子爵令嬢へ。編入おめでとう。S・H』
「S・H? うーん、イニシャルだけじゃ誰か分からないわね。宛先は私で合っているみたいだけれど。……知らない方からの贈り物なんて、受け取るわけにいかないわ」
とティアナが呟いたその瞬間。
彼女の足元に、どこからともなく一陣の温かい風が吹き抜けた。同時に積み上げられていた大量のプレゼントが、突然宙にふわふわと浮き始める。ティアナが呆気に取られていると、プレゼントに結ばれていた赤いリボンがしゅるしゅると解け、包み紙が開かれ始めた。
「これは、魔法……!?」
箱が開かれ、中から次々に贈り物が飛び出ていく。それらは独りでに部屋のあらゆる場所へ納まっていき、殺風景だった部屋は、あっという間に居心地の良さそうな快適な空間へと変貌したのだった。
「すごい! こんな楽しい魔法見たことがないわ!」
ティアナが感動で頬を上気させていると、ふと一つの箱の蓋が開かれた。
そこから現れたのは学生服。さきほどすれ違った学生が身に纏っていたものと同じデザインだ。呆然と見つめていると、突然、みえざる力により今着ている服が引っ張られはじめた。どうやら今着ているドレスを脱がそうとしているらしい。
「ちょ、ちょっと! いだだだだ! 止めてください!」
髪の毛がボタンに引っかかってるんです! と抗議の声を上げるも、魔法は止まってはくれない。そのまま髪の毛を二本ほどむしられ乱暴に服を剥がされると、その次は学生服を無理やり着させられた。仕上げに胸元に赤いリボンが結ばれ、温かい風が吹き止む。
「……お、終わった?」
しんとした部屋にティアナの呟きが吸い込まれ消えていく。
「なんか無理やりプレゼントを押し付けられてしまったような……。箱もどこかへ消えてしまったし、とりあえずこのままにしておこうかしら……?」
どうやらプレゼントの送り主は相当強引な人らしい。
まさか部屋の外へ放り出すわけにもいかないので、ティアナは諦めて部屋を後にするのだった。向かうは学院の大図書館。子供の頃から夢にまで見た、大量の魔術書が並ぶ姿をついに目の当たりにできる。
「あぁ本当に楽しみ! 魔水晶に書かれていた『付与魔法』について、載っている本がないか探してみましょう!」
制服に着替えると、ティアナへ向けられる視線や噂話は大幅に減った。木を隠すなら森の中ということである。
そしてウキウキと表情を輝かせながら、彼女はついに念願の大図書館へと足を踏み入れた。
「すごい……!」
見上げれば首を痛めてしまいそうなほど高い天井。中心には巨大な天球儀が鎮座しており、それをぐるっと取り囲むように大量の書架が並んでいる。魔術書は魔法で管理されているのか、返却されたであろう本などが空中をふわふわと行き交っていた。
目がキラキラと輝き、胸が早鐘を打つ。
ティアナはしばらくその光景に見とれていたが、溶けていた顔を引き締めると、さっそく魔術書を漁り始めた。
初級魔術書、毒と薬草に関しての書、そして特殊適正についての書――。
それらを腕いっぱいに抱え、隅っこの机へと腰を下ろす。図書館は静かで、レポートを書いている生徒のカリカリという羽ペンの音だけが聞こえた。時折女子学生たちがクスクスと笑い声を零し、司書に睨まれてばつが悪そうにしていた。
静寂に浸りつつ、ティアナが魔術書に読みふけっていたその時である。
「か、閣下よ、サイラス閣下がいらしたわよっ!」
静かだった図書館に、突如として悲鳴じみた黄色い声が上がった。
――サイラス? その名前には聞き覚えがある。
ティアナが声の方へ振り向くと、図書館の入り口に誰かが立っているのが見えた。
(あの方って確か、魔力測定所で私に難癖をつけてきた魔術師では……?)
女子生徒が彼へ向かって熱い視線を投げかけている。先ほど彼女たちに注意していた司書も目をハートにしていた。
するとあっと言う間に人垣が出来て、その中を颯爽とサイラスが歩み進んでくるのが見えた。
(……ん? なんかこっちに向かって来てるような。き、気のせいよね?)
ティアナはなんだか嫌な予感がし、人だかりから視線を逸らして目の前の本に集中することにした。
(うーん、特殊適正について書かれているのはこのあたりだと思うのだけれど……)
「ティアナ・エーデルワイス子爵令嬢」
嫌な予感が、的中したようである。
ティアナが恐る恐る顔を上げると、そこには目が眩むほど破壊的な美貌を持つ男が立っていた。彼の周りだけ白い薔薇が咲き誇っているような幻覚が見える。
「は……はい……左様でございますが……ご、機嫌、よう……?」
何の用があってこちらへ来たのだろうか。とりあえずティアナが返事をするとサイラスの目元がわずかに緩んだ。どこかで『閣下が微笑まれた!?』と悲鳴にも似た叫びが上がる。
「ご機嫌よう。それで、贈り物は気に入ってもらえただろうか?」
「え、ええと。贈り物というのは」
ティアナが困惑しておろおろしていると、サイラスは顎に手を当て首をひねった。
「あぁ、そう言えばまだ正式に名乗っていなかったな、すまない。私は公爵家当主、サイラス・ハーレンフォールという者だ。イニシャルだとS・Hになる」
「こここ、公爵、閣下……!?」
(高貴なお方だとは思っていたけれど、まさか公爵閣下だったなんて!? というか性格変わってませんか!? 前に感じた刺々しさが無くなっているというか……。そしてあの大量のプレゼント、閣下が贈ってくださったものだったのね)
婚約者でもない異性に、しかも一介の子爵令嬢へあんなに沢山のプレゼントを贈るなんて。とティアナが固まっていると、また周囲が大きくざわめきはじめた。
「『氷の魔術師』であるサイラス閣下が、令嬢に贈り物だって!?」
「嘘! あんな地味な小娘に!?」
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