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第7話:沈黙のお茶会と、砕かれた連帯

 ペンドルトン家の豪奢な客間に、乾いた音が響いた。

 無理やり連れ戻されたジュディは、絨毯の上に突き飛ばされた。


「まったく、手間をかけさせてくれる!」


 怒り心頭のジュリアンが、持っていたステッキを振り上げた。風を切る音がして、ジュディは反射的に身を縮めた。


「二度と逃げ出せないよう、その足にしつけが必要だな!」

「やめて!」


 鋭い声と共に、ジュリアン腕が空中で止まった。ジュリアがその袖を掴んでいたのだ。


「私の人形を傷物にする気!? 足にあざや傷が残ったら、美しいドレスが映えないじゃない」

「チッ……。過保護だな、ジュリア。だが、このまま許すわけにはいかないぞ」


 ジュリアンは忌々しげにステッキを下ろしたが、その瞳からサディスティックな光が消えたわけではなかった。


「なら、傷が残らない方法で、たっぷりと反省してもらおうか」


 二人は視線を交わし、口元を歪めた。最悪の遊びを思いついた顔だった。


「お人形は勝手に動かないし、喋らないものよ。そうよね、マディ?」


 ジュリアの提案で始まったのは、異様な「お茶会」だった。

 ジュディは直立不動の姿勢を強要され、両手で銀のトレイを掲げさせられた。トレイの上には、なみなみと注がれた熱い紅茶が入ったティーカップ。

 腕が震えれば、熱湯がこぼれる。


「一滴でもこぼしたらアウト。声を出してもアウト。お人形になりきりなさい」


 ジュリアとジュリアンはソファに深々と腰掛け、震えるジュディを眺めながら優雅に自分たちの紅茶を啜った。


「ほら、手が震えているよ。無様だね」

「頑張って、マディ。その姿勢、とても可愛いわよ」


 腕の筋肉が悲鳴を上げ、指先の感覚がなくなってくる。

 それでもジュディは歯を食いしばった。耐えれば許してもらえる、そう信じて。

 だが、ジュリアンはすぐに飽きたようにあくびをした。


「退屈だ。ただ突っ立っているだけじゃないか」


 彼は悪意に満ちた瞳で部屋を見回し、指を鳴らした。


「そうだ。脱走を手引きした裏切り者がいたな」


 控えていた他のメイドたちが、一人の少女を引きずり出してきた。

 昨夜、コルセットを切ってくれたメイド――シータだ。彼女は恐怖で顔面蒼白になり、ガタガタと震えている。


「あ……」


 ジュディが声を出しそうになると、ジュリアが人差し指を唇に当てた。


「お人形は喋らないの。喋ったら……シータの指を一本折るわよ?」


 ジュディは息を飲み込んだ。

 ジュリアンは楽しげにステッキでシータの頬を撫でた。


「ルール変更だ。お前の主人が紅茶をこぼしたり、少しでも動いたりするたびに、このメイドが罰を受ける。連帯責任だ」

「ひっ……申し訳ありません、旦那様……!」


 シータが悲鳴のような声を上げる。


「動くなよ、マディ。お前のせいで、こいつが痛い目に遭うんだからな」


 ジュリアンはステッキの先端を、シータの細い指に押し当てた。

 卑劣すぎる。

 ジュディの腕は限界を超えていた。カップがカタカタと音を立てる。

 そのたびに、ジュリアンはステッキを振り上げるふりをして、シータを脅す。

 シータは泣きながら首を横に振っていた。ジュディと目が合う。その目は「私は平気です、耐えてください」と訴えていた。

 その健気さが、逆にジュディの心をえぐった。私のせいで、罪のない子が。

 限界だった。

 ついにジュディの手から力が抜け、トレイが傾く。


 ガシャンッ!!


 陶器が砕け散る音が、静寂を引き裂いた。熱い紅茶が床に広がる。


「あーあ、こぼしちゃった」


 ジュリアンは嬉々として叫んだ。


「罰が必要だな!」


 彼がステッキを振り下ろした先は、ジュディではなく、シータの頭だった。


「ダメェッ!!」


 ジュディは「沈黙」の命令を破り、飛び出した。

 シータに覆いかぶさるようにして身代わりになる。


 ドゴッ。


 鈍い音がして、ジュディの背中に激痛が走った。


「ぐっ……!」

「人形が勝手に動くな! 持ち主の許可なく!」


 ジュリアンがさらにステッキを振り上げた、その時だった。


 カツ、カツ、カツ……。


 廊下から、厳格な足音が近づいてきた。


「何をしているんですか、騒々しい」


 部屋に入ってきたのは、外出していたペンドルトン夫人だった。彼女の後ろには、制服を着た二人の警察官が立っている。


「お母様! この泥棒娘が暴れて――」

「おふざけはそこまでよ、アボット! 警察の方をお連れしました」


 夫人は冷淡な目で、床に倒れ伏すジュディを見下ろした。


「さあ、そこの泥棒娘、少年院に送る前に、たっぷりと取り調べを受けてもらいましょう」


 警察官の太い腕が、ジュディを掴み上げる。


「違う、私は盗んでない! お願い、信じて!」


 ジュディの叫びは誰にも届かない。シータは突き飛ばされ、双子は勝ち誇った顔で嘲笑っている。

 もう、終わりだ。

 ジュディが絶望に目を閉じた瞬間――。


 ジリリリリリリリリ!!


 玄関のベルが、けたたましく鳴り響いた。


「おや、こんな時に誰でしょう?」


 空気が止まる。

 執事が扉を開けると、そこには高級なスーツに身を包んだ、鋭い目つきの男が立っていた。

 彼は警察官に拘束されているジュディを一瞥すると、冷静な声で告げた。


「ペンドルトン家の方ですね。お取り込み中のようですが、至急の要件があり参上いたしました」


 男は懐から、封蝋ふうろうがされた一通の厚い封筒を取り出した。


「我が主、ジョン・スミス氏からの親書をお持ちしました。ジェルーシャ・アボット嬢に関することです」


 その名を聞いた瞬間、ジュリアとジュリアンの表情が凍りついた。


挿絵(By みてみん)


【次回予告】

 絶体絶命の窮地に現れた、謎の代理人。

 彼がもたらした手紙は、ペンドルトン家に激震を走らせる。


「ジョン・スミス……あの大富豪が、なぜこんな孤児を?」


 困惑する双子をよそに、私は屋敷から連れ出される。

 向かう先は、名門「聖ファーガスン学院」。

 そこは新たな学び舎か、それとも――?

 次回、『悪役令嬢・令息 〜双子のジュリアとジュリアン〜 華麗なる悪逆の調べ』 (新訳・あしながおじさん/Daddy-Long-Legs: A New Translation) 第8話


 『親愛なる敵、そして見えない守護者』


 新しい生活、新しい名前。でも、私の心はまだ嵐の中。


挿絵(By みてみん)

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