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恋をした瞬間に死ぬ呪いなので、無口な騎士様とは家族のふりをします  作者: 百花繚乱


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第2話:恋は、恐怖に似ている

リィナが私たちの部屋に移ってきた初日の夜、城はいつもより静かだった。

嵐の前の静けさ、というほど劇的ではない。ただ、廊下を行き交う足音が控えめで、遠くの笑い声が少なく、夜の灯りがどこか遠慮がちに揺れている。それはきっと、城中が「新しい厄介事」の気配を察しているからだろう。

呪いは、不吉だ。

しかもそれが二人に増えたとなれば、噂は静かに、しかし確実に広がる。

リィナは窓際の椅子に座り、両手を膝の上で強く握っていた。与えられた部屋は私とレオンの居住区画に近い、けれど完全に隣ではない位置。近すぎず、遠すぎない。安全と距離の計算は、相変わらず正確だ。

「寒くない?」

私がそう尋ねると、リィナはびくりと肩を揺らした。驚かせてしまったと気づき、私は一歩引く。距離は、近づくよりも保つ方が難しい。

「……だいじょうぶ」

掠れた声。大丈夫と言いながら、彼女の指先は白くなるほど力が入っている。

私は椅子を引き、真正面ではなく斜めに座った。向かい合うと、どうしても視線がぶつかる。視線は感情を煽る。煽りは心拍を上げる。

「ねえ、リィナ。発作が起きたとき、どんな感じだった?」

直接的すぎるかもしれない。でも、曖昧な言葉では彼女の恐怖に触れられない気がした。

リィナはしばらく黙っていた。黙っている間に、呼吸が少し速くなる。私はそれを見て、自分の呼吸を意識的にゆっくりにした。私が落ち着けば、空気も落ち着く。少なくとも、そう信じたい。

「……ほめられたの」

やっと絞り出した言葉は、それだけだった。

「ほめられた?」

小さく頷く。

「きれいだって……言われて……」

そこで言葉が途切れた。目が潤み、喉が鳴る。心拍が上がるのが自分でも分かるのだろう。怖くて、次が言えない。

私は静かに続けた。

「それで、胸が苦しくなった?」

「うん……。うれしくて……でも、こわくて……」

うれしいと怖いが同時に来る。私も、何度も味わった感覚だ。優しさが毒になる瞬間。感情が芽生えた途端に、それを自分で踏み潰さなければならない苦しさ。

「……恋、だと思った?」

リィナは首を横に振った。

「わからない。でも……うれしかった。なのに、死ぬって思ったら……」

その続きを、彼女は言えなかった。

私は胸の奥に、小さな痛みを感じる。ああ、同じだ。恋かどうかなんて分からない。ただ、感情が動いた。それだけで「死」がよぎる。感情が罪になる。

「私はね」

ゆっくり言葉を選ぶ。

「最初、恋をしなければ死なないって聞いて、“じゃあ恋をしなければいい”って思ったの」

リィナが顔を上げる。大きな瞳が、私を映す。

「でも、恋をしないって決めると、何も感じないようにしなきゃいけなくなる。うれしいも、悲しいも、全部押さえ込む。……それは、生きてるって言えるのかなって」

私は自分の胸に手を当てた。鼓動は穏やかだ。少しだけ速いけれど、危険なほどではない。

「今も怖いよ。感情が動くと、今でも少し身構える。でもね、私は気づいたの」

そこで、扉の向こうに立つ気配を感じた。レオンだ。入ってこない。聞いているかどうかも分からない。でも、そこにいる。

「怖いって思うことと、恋をすることは、少し似ている」

リィナの眉が寄る。

「似てる……?」

「どっちも、心臓が速くなるから」

私は微笑んだ。

「でもね、速くなる理由は違う。怖いときは、逃げたいって思う。恋のときは、近づきたいって思う」

言いながら、自分の心に問いかける。本当にそうだろうか。怖さと恋は、そんなに簡単に分けられるのか。

医師の言葉が頭をよぎる。

“恐怖が常態化している”

もし呪いの本質が「恋」ではなく「急激な心拍上昇」なら。いや、もっと深いところ――“自己を失うほどの感情”が引き金なら。

「リィナ。あなたは、その人のこと、また会いたい?」

少女は少しだけ考えた。

「……わからない」

正直な答えだ。

「でも、きれいだって言われたとき、いやじゃなかった」

私は頷く。

「それなら、まだ大丈夫」

「……ほんと?」

不安と希望が混ざった声。

「恋は、怖いものじゃない。怖いって教えられてきただけ」

そう言い切るには、私はまだ弱い。けれど、彼女に渡せる言葉はそれしかない。

そのとき、扉が静かに開いた。

レオンが入ってくる。いつもの距離で立ち止まり、私とリィナを順に見る。

「……心拍は安定しているか」

私に向けられた問い。私は小さく笑う。

「はい。少しだけ速いけど、安全です」

レオンはリィナを見る。

「お前は」

唐突な問いに、リィナは固まる。私は視線で“ゆっくり”と伝える。

「……ちょっと、速い」

正直に答えた。

レオンはそれ以上詰めない。ただ、部屋の空気を測るように立つ。その沈黙は圧ではなく、壁だ。外からの何かを遮る壁。

私はふと、胸の奥がざわつくのを感じた。

リィナが、レオンを見ている。

その視線は、怯えだけではない。安堵も混ざっている。安全なものを見つけた目だ。

胸が、ほんの少しだけ締めつけられる。

違う。これは嫉妬じゃない。ただの確認だ。彼は騎士だ。守るのが役目。私だけのものじゃない。

……私だけのもの。

その言葉が浮かんだ瞬間、鼓動が一拍、強く打った。

私は自分の呼吸を整える。大丈夫。これは恋の高鳴りじゃない。ただの揺らぎ。

レオンが気づいたのか、わずかに視線を向ける。

「……どうした」

低い声。

「何でもありません」

私は微笑む。作り笑いではない。けれど、少しだけ固い。

リィナが小さく呟いた。

「騎士様、やさしいね」

その言葉が、静かに落ちる。

部屋の空気が、わずかに変わる。

レオンは一瞬、動きを止めた。感情を表に出さない人が、ほんの僅かだけ迷うような間。

「……任務だ」

いつもの答え。

でも、私は知っている。任務だけではないことを。

リィナはその言葉に安心したように頷いた。任務なら安全だ。任務なら、特別じゃない。

私はその様子を見ながら、胸の奥の違和感を見つめる。

もし――。

もし、彼女がレオンに恋をしたら?

もし、その感情が彼女の心拍を跳ね上げたら?

そして、もし。

私がそれを見て、何かを失うほどに揺れたら?

医師の言葉が重なる。

“恐怖が心拍を押し上げるなら、恋以前に危険だ”

呪いは、恋そのものではないのかもしれない。恐怖と恋が混ざり合ったとき、最も危うくなる。

私は自分の胸に手を当てる。

鼓動は穏やかだ。

けれど、どこかで小さな波が立っている。

安心は、永遠ではない。

選び続けなければ、崩れる。

私はリィナに微笑み、レオンを見て、静かに決意した。

この子を守る。

でも同時に――

自分の心も、見失わない。

恋は、恐怖に似ている。

けれど、恐怖と同じではない。

その違いを、私はもう一度、確かめなければならない。

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