表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋をした瞬間に死ぬ呪いなので、無口な騎士様とは家族のふりをします  作者: 百花繚乱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

第五話:呪いの正体

その夜、リィナの発作は、前触れもなく起きた。

夕食を終え、部屋で三人で静かに過ごしていたときだった。会話は少なく、けれど穏やかで、危険なほどの高揚はない。私は書き物をし、リィナは窓辺で本を読み、レオンは壁際で控えている。

突然、本が床に落ちた。

乾いた音。

「……っ」

リィナが胸を押さえ、椅子から崩れ落ちる。

「リィナ!」

私は駆け寄る。心臓が一気に跳ね上がるのが分かる。だが、立ち止まらない。

彼女の呼吸は荒く、瞳孔が開き、視線が定まらない。

「いや……こわい……」

繰り返すその言葉に、私ははっとする。

恋ではない。

誰かに触れられたわけでも、甘い言葉をかけられたわけでもない。

ただ――怖い。

「レオン、水を」

短く指示すると、彼は即座に動く。私はリィナの背中を支え、呼吸を合わせる。

「大丈夫。ここにいるよ。ゆっくり吸って、吐いて」

私の鼓動も速い。

でも、壊れない。

リィナの手は冷たい。

「こわい……置いていかれる……」

その言葉に、胸が締めつけられる。

置いていかれる?

「何に?」

私は静かに問いかける。

リィナは涙をこぼしながら、震える声で言った。

「エルナ様が……騎士様と、話してるとき……わたし、いなくてもいいって……」

その瞬間、私の心臓が強く打った。

失う恐怖。

取り残される恐怖。

それが、彼女の心拍を押し上げている。

レオンが水を差し出す。私はリィナの唇にそっと当てる。

「ゆっくり」

彼女の呼吸は次第に落ち着いていく。

危険域を越えずに、戻ってくる。

やがて、彼女は泣き疲れたように眠った。

静かな寝息。

私はその横で、しばらく動けなかった。

「……見たか」

レオンが低く言う。

私は頷く。

「恋じゃない」

「恐怖だ」

その一言が、部屋の空気を変える。

呪いは、恋を条件にしているはずだった。

けれど今の発作は、恋ではない。

恐怖。

失う不安。

「医師に報告する」

レオンが言う。

「私も行きます」

即答だった。

医務室の灯りはまだ消えていなかった。

医師は私たちの報告を黙って聞き、記録を取る。

「……予想はしていた」

やがて、そう言った。

「呪いは“恋”をトリガーとしているが、正確には“急激な自己喪失感”だ」

「自己喪失感?」

私は聞き返す。

「自分の存在価値が揺らぐ感覚。愛されない、選ばれない、必要とされない。そうした感情が、心拍を強制的に押し上げる」

私は言葉を失う。

「恋はその一因にすぎない。強い執着や依存、恐怖も同様だ」

医師は淡々と続ける。

「エルナ。あなたが死ななかったのは、恋をしても“自己を失わなかった”からだ。安心があった。選ばれているという確信があった」

胸の奥が熱くなる。

レオンの言葉が思い出される。

――俺は、お前を選んでいる。

「つまり……」

私は慎重に言葉を選ぶ。

「呪いは、恐怖を増幅させるためのもの?」

医師はわずかに目を細める。

「その可能性が高い。恋を禁じる呪いに見せかけて、実際には“強い感情”を制御不能にする魔術」

「誰が、そんなことを」

レオンの声は低い。

医師は首を振る。

「出所は不明だ。古い王家の記録に類似の記述があるが、詳細は伏せられている」

伏せられている。

管理されている。

私は背筋が冷える。

もしこの呪いが、単なる事故ではなく、意図されたものだとしたら。

恐怖によって人を縛るためのものだとしたら。

医務室を出た後、廊下は静まり返っていた。

私は歩きながら、自分の鼓動を感じる。

速い。

だが、冷静だ。

「……怖いか」

レオンが問う。

「少し」

正直に答える。

「でも、前とは違います」

私は立ち止まり、彼を見上げる。

「恋をすると死ぬ、って言われていたときは、世界が狭かった。でも今は、怖さの正体が少し見える」

レオンは黙って聞く。

「呪いは、感情を否定させるためのものかもしれない。怖がらせて、閉じ込めて、生き方を制限する」

私は息を吸う。

「だったら、逆です。怖くても、選び続ければいい」

レオンの瞳がわずかに揺れる。

「リィナも?」

「はい。あの子が“選ばれている”と感じられれば、恐怖は弱まる」

その言葉を口にして、私は自分の胸を探る。

私は、リィナを脅威だと思っていた。

でも今は違う。

彼女の恐怖は、私が通ってきた道だ。

彼女が安心を得ることは、私の安心を奪うことではない。

「レオン」

「何だ」

「あなたは、騎士として平等に守る。でも、人としては選ぶと言いましたよね」

「ああ」

「だったら、私も選びます」

彼は少し首を傾げる。

「何を」

「恐怖より、信じるほうを」

沈黙の後、レオンは短く息を吐いた。

「……馬鹿だな」

優しい声だった。

私は笑う。

「知っています」

胸の鼓動が、ゆっくりと落ち着いていく。

呪いの正体は、恋ではない。

恐怖と、自己喪失。

ならば。

私たちが選び続ける限り、呪いは完成しない。

遠くで夜の鐘が鳴る。

リィナはまだ眠っている。

明日、彼女に伝えよう。

「あなたは、ここにいていい」と。

その言葉が、彼女の鼓動を守る。

そしてきっと、私の鼓動も守る。

呪いは、感情を奪うためにある。

でも私は、奪われない。

恋も、恐怖も。

全部抱えたまま、生きる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ