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贄の少女

作者: 都桜ゆう
掲載日:2025/12/12

「ほほう。そなたが選ばれた者か。少々、自分を卑屈に見るところがあるようだが、根底に眠るその美しさ。気に入ったぞ」

「……」

 目の前には、村の男性と同じくらいの背丈ではあるが、纏う空気、立ち居振る舞いから、常に上に立つものであるだろう気配が感じられる男がいた。歳は二十中頃に見える。金色の目が、人ではないことを物語っていた。彼は村の果てに住む、鬼であった。

 今日この日、私はこの男への生贄として、ここへ連れてこられたのだ 。

 私は鬼の前に膝をついて、頭を垂れていた。冷たい石の床が、これから迎える死の現実を突きつけてくるようだった。村からこの場所まで連れてこられる道中、村人たちの哀れむような、あるいは厄介払いができたと安堵したような視線が、私を何重にも縛り付けていた。もう、なにもかも終わるのだ。

 私の住む村では十年に一度、鬼へ生贄を捧げるという掟があった。今年がその十年周期の日だったのである。

  誰にしようかとの話し合いの中、見た目中の下。才もなし。家事炊事に関してもごく平凡。嫁の貰い手はないだろうという理由から、私が選ばれたのだ。

 この町では、女は嫁に行けることがすべてであり、そのための教育が盛んだ。それに落ちこぼれしまえば、落第生。嫁にいけないお荷物扱いされ、進路は下女。あるいは最下級の妓楼。みたいな感じで、進路が決められてしまう。その中でも更に下とみなされ、私は生贄と決められた。

 誰にも愛されないならそれでもいいかと、何の反抗もせず受け入れはしたが、やはり死が待っていると思うと少し怖い。

 私をここに連れてきた数名の村の男たちは、鬼の領域に足を踏み入れることを恐れ、すでに屋敷の広間の入り口で踵を返し、立ち去って久しい。彼らはただ「役目を果たした」と安堵していた。なので、これから中で何が起こるかまでは知る由もない。今、この広間にいるのは、私と目の前の鬼、そして周囲に控える鬼の一族だけだ。

「立ちなさい」

 低く、しかし不快ではない声が頭上から響いた。足元から体の芯まで震えが走る。

 鬼の発する覇気みたいなものと恐怖で口の開けない私に、手を差し伸べてきた。若干口調が柔らかくなり、これから取って食おうとしているような気配は感じない。

「気を楽にしなさい。取って食いはしないよ。

 人は生贄とか言っているらしいが……。

 なにやら話が歪曲して伝わっているようだ。決してそのような目には合わせないから、よく顔を見せなさい」

 鬼から伸ばされた手を取ることはできなかった。目の前の手は人とは違う、節くれだった大きな手でありながら、威圧的な力強さに満ちていた。

 その手を見つめる私の心の中では、自分を死から救う微かな希望と、恐ろしい鬼なのだという本能的な恐怖が激しくせめぎ合っていた。

 鬼は、私が手を握り返せないことを理解したのか、そのまま私の手首をそっと包み込み、ゆっくりと立ち上がらせた。その手のひらの熱が、私の冷え切った体にじんわりと伝わってくる。

 恐る恐る顔をあげると、威圧感はそのままだが優しく微笑む鬼がいた。金色の瞳は、私を値踏みするのではなく、まるで私という存在の奥底を見透かそうとしているかのようだった。

「うん。おそらく周囲の環境から委縮して、本来の表情が出せていないだけなのだろうな。なかなか悪くない顔立ちだ。委縮がなくなれば、可憐な笑顔を見せる芯の強いやさしい女性になっていくのであろうな」

「え……?」

 生まれてこのかた、他人から容姿や人となりを褒められたことなど一度もなかった。いつも「出来損ない」「お荷物」、あるいは「嫁の貰い手はないだろう」という評価ばかりで、私の存在は常にマイナスのレッテルを貼られていた。ダメな子と両親でさえも煙たがっていたのだから、鬼の言葉が信じられなかった。私はただ、驚きと混乱のままに、彼を見つめ返すことしかできなかった。

 そんな私を置いてけぼりにして、更に言葉を続ける。

「ふむ…… 。本来であれば、相性の良さそうなここで若い衆にあてがうんだが……。

 決めたぞ。お前は私の嫁にしよう。

 皆、よく聞け! この者は、今日から私の嫁としてここに住まわせる。この者を傷付つけたり汚すような者がいたら、私が許さない。いいな」

 周囲にいた鬼に宣言すると、たちまちあたりは騒然としはじめた。それは、儀式的な静寂から、お祭り騒ぎへと一変するような劇的な変化だった。鬼たちが顔を見合わせ、喜びと驚きがないまぜになった声を上げている。

おさが、ついに!」

「急げ、祝言の準備をしなければならないぞ」

「長の婚姻であるなら食事も婚礼衣装も盛大にしなければ」

 と、鬼達があわただしく動き始めた。

 その喧騒の中で、目の前の男が単なる鬼ではなく、この一族を統べる「長」なのだという事実を知った。

「嫁……? 長……? え……?」

 ついていけないのは私だけであった。

「なんだ? 私の嫁になるのは嫌か?」

 鬼は楽しそうに、そして少しの威厳を込めて尋ねた。

「え……と、なんだか頭が追い付いてないので説明をいただけたら嬉しいのですが……」

「ああ、混乱させてすまない。

 よく聞け。元々、お前は生贄としてここに呼ばれたのではない。古来より、濃くなりすぎる血を薄めるためにヒトを嫁に迎えるという約束がされていたのだが、そちらの村で話がねじ曲がったようだ。

 この地が定める掟は、決して命を奪うものではない。いつのまにか生贄という歪んだ形になってしまったようだな 。

 本来の定め通りであれば、お前はここで、若い衆たちの嫁になるはずだった。

 だがな……」

 鬼は私に視線を合わせてきた。金色の瞳が、真剣な光を湛える。

「だが、私は気が付いた。お前には何かがある気がしてならん。そう。若い衆の相手に収めるには惜しい、底知れない輝きが。

 本来のお前は私の嫁にふさわしいはずだ。この地において、その潜在能力を最大限に引き出してやることができるのは、長である私しかいない。だから、お前を私の嫁にする」

「わ、私など出来損ないですよ。だから生贄に選ばれたんですから」

 私は思わず、反射的にいつもの自己評価を口走っていた。

「断じてそんなことはない。世間、そしてお前の村が言う『出来損ない』の評価など、この長である私には意味をなさない。なぜなら、皆が求める枠に収まらない人間こそが、新しい可能性を持つからだ。

 皆と同じことができなくて出来損ないなのであれば、お前だけの、他のことが出来ればいいではないか。できることはあるのだろう?」

「は、はい。一応は……。薬草の知識はあります。それ以外ですと、刺繍でしょうか。ですが、役には立たないからと言われやめました」

 鬼の長は、わずかに目を見開くと、満足げに口角を上げた。

「皆と同じなどつまらないではないか。できることがあるならその道を極めればいい。必要なものがあればなんでも言ってくれて構わない。全力で協力しよう。

 その道で得た成果は、必ずやお前の自信となり、委縮していた立ち居振る舞いも変わってこよう。

 そして、忘れるな。お前は『出来損ない』と笑われ、はじかれるという底を経験しても、今日この日まで生きてきた。その事実は、お前の内に強い芯がある証拠だ。そうであろう?」

「はい、……そうです。私は、生きてきました」

 長年の自己否定の呪縛が解けたように、その言葉は震えながらも、私の心から湧き出てきた。

鬼の長は、深く満足そうに頷いた。

「お前は、この世で最も美しい宝の原石だ。磨けば、村の鋳型に収まっただけの娘たちとは比べ物にならない光を放つだろう。その光を、私は独占したい。自信を持て。私の見る目に間違いはない」

 この鬼が私を評した言葉、それは私が今まで誰にもかけてもらえなかった、求めていた言葉のすべてだった。

 私は底辺の存在ではない。強い芯を持った優しさを持てる女性だ、と。こんな風に言われたことは、今までなかった。 威厳があり、言葉に強さがある。そして、人をまとめるだけの力を持った存在。まだ会ったばかりで本当の意味では信用しきれてないけれど、こんな人がそういってくれるなら、自分では想像できない未来の自分を想像してみてもいいのかもしれない。

「わ、私、今は何もできない。役にも立たないかもしれませんが、それでもいいのですか?」

 絞り出した声は、震えていた。

「もちろんだとも 。鬼に属すればお前も寿命が延びる 。ゆっくり強くなっていけばいい」

「わかりました……」

 生贄として死ぬはずだった運命はここで一変した。もはや、村の評価も両親の視線も、どうでもよくなっていた。私はこの鬼の長を信じ、彼が示してくれた私自身の新たな可能性を信じてみよう。

 私の返事を聞くと、姿勢を正して再び口を開いた。

「では改めて。

 本日より我妻と認め、ともに歩くと誓う 。だからそばにいてくれるな?」

「はい……」

 私の返事に周囲にいた鬼たちも喜びに沸いていた。

 生贄となったその日、こうして私は鬼の妻となることになった。こんな出来損ないなのに、そんなことはないと言ってくれ、妻に選んでくれたこの方に、せめて並べるように私にできる精一杯を毎日こなしていこうと自分に誓った。



(C),2025 さくらゆう / 都桜ゆう(Yuu Sakura).

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