第一章:武道の心得、乙女の矜持
練習試合に勝利したおとめは、隣の試合場で繰り広げられている男子の部の試合を見学することにした。
ちょうどそのとき、市立笠紗高校3年生、香月岬人の出番が近づいていた。
「次、香月先輩の試合よ!」
「キャーーーッ!香月センパーーーイ!ステキーーー!」
黄色い歓声が観客席を揺らす。まるでアイドルを応援しているかのようだった。
だがここは薙刀道場。練習試合とはいえ、節度を欠いた声援に顧問がギロリと睨みをきかせると、騒いでいた女子たちはすごすごと静かになった。
ようやく静まった道場に、再び緊張の空気が満ちる。
対戦者が向かい合い、一礼して構えを取る。
おとめも、ぐっと力を込めて二人を見つめた。
「始め!」
審判の鋭い声と同時に、岬人の対戦相手が通常の袈裟斬りとは逆方向――左下から右上へ斬り上げる“逆斬り”の構えで踏み込んだ。
「──むぅん!」
格上の岬人に真正面から挑んでも勝ち目はない。
そう考えた相手が繰り出したのは、意表を突く奇襲だった。
隙を作り、そこを狙う。
おとめにはその意図が読み取れた。
だが、岬人は動じなかった。
わずかな動揺も見せず、逆に間合いを一歩詰める。
右胴を狙うと見せかけ、その一瞬で相手の重心が揺らぐ。
次の瞬間、岬人の薙刀が稲光のように閃き、正確無比に左胴を捉えた。
「胴ーーーーっ!」
パシィィィンッ!
左胴への有効打突が決まり、主審が白旗を高々と掲げる。
「一本!」
澄んだ一本が決まり、再び道場に大きな歓声が湧き起こった。
試合を終え、礼を交わす両者。悔しそうな対戦相手に、岬人は声を掛ける。
「あの逆袈裟は意表を突かれました」
「……ですが、香月さんには通じませんでした……まだまだ、鍛錬が足りません」
清々しいやり取りに、場内には惜しみない拍手が響いた。
技を競い、心を交わす姿に、誰もが武道の美しさを感じていた。
岬人は観客へ振り返り、爽やかな笑顔で応えた。
「さすがだなぁ、岬人先輩……。一瞬で見抜いてた……」
おとめは頷きながら、その姿をまっすぐ見つめる。
岬人もおとめの存在に気づき、歩み寄ってきた。
「神功さん、見ていてくれたんですね。どうでしたか、僕の──」
その言葉を遮るように、再び女子たちの歓声が割り込んだ。
「キャー!かっこよかったですー!」
「香月先輩、こっち向いてーっ!」
次々と浴びせられる声援に、岬人の言葉はかき消されてしまう。
おとめは「やれやれ」と苦笑いを浮かべ、そっと道場を後にした。
女子生徒たちに囲まれた岬人は、その隙間からおとめの後ろ姿を目で追い、何かを言いたそうにしたが、ふっと微笑み、言葉を飲み込んだ。
……だが、その様子を物陰から見つめていた少女がひとり。
襲山つばきである。
《むむむ……!香月先輩がせっかく話しかけてるのに、なによその無関心な態度っ!》
静かに燃えるように、低く息を吸い込み、そして感情を爆発させる。
《……許さない。絶対にっ!》
メラメラと燃え上がるような嫉妬と対抗心。
つばきのなかで、何かが確かに芽吹いた。
──それは恋か、執着か。
けれど今の彼女には、そんな区別など知る由もなかった。
これまで短編ばかり書いてきておりまして、これが初めての長編(になる予定の)小説です。
ささいなことでも感想をお書きくださると嬉しいです。




