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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

未明 ── 遺棄をした女の死体

作者: offline-neko


暗い山中、野鳥と羽虫の不規則な調しらべ木霊こだまする最中さなか


荒々しい呼吸音と土を雑に掻き分ける音が掻き消されてはくれないかと必死に願う


もう俺の人生は終わりだ


そう頭で反芻はんすうしながらも、歪んだ傘を握る手は止まらない


こんな事は無意味だ


そんなことは分かっている


足元の死体が視界に写る度に心臓が軋み上がる


拍動はくどうが呼吸の間さえ追い越してからは、周囲の音さえ内から響く脈動音みゃくどうおんにかき消された


後悔しかない


なぜあの時、そう願っても時は巻き戻らない


手首と二の腕がずっと疲労を主張している


しかし、夜明けまで数時間とない今は止まることができない


咄嗟に痛みとは別の事を考えた


今も目に焼き付いている、あの瞬間を___


コンビニに寄った帰り道だった


暗い山道を車で走り抜ける


このときは普段より少し急いでいたようにも、いつも通り運転していたようにも思う


今となってはどちらだったのかもはっきりしない


原因は単純な不注意だった


白い影が曲がり角近くからいきなり現れた


そう気づいた二秒後


ゴン


鈍い音が車越しに届いた


フロントガラスの先にあるのは道路の中央にうずくまる女性の影


ピクリとも動かなかった


しばらく放心した後、ハッと慌てて車外へ飛び出る


俺は内心願っていた


ガラス越しに見た光景が嘘であってくれと、もしくは間に合ってくれと


しかし、女は一切動かず、まるで置物のようにそこにあった


近づくと血は一滴も出ておらず、ほっと胸をなでおろしながら万が一を想定して脈を測る


腕を取り少し力を込める


しかしそこにあるべき指を押し返す圧力がなく、女の身体は驚くほど冷えていた


指が震える。きっと上手くできなかっただけだ


心臓の音なら・・・


一縷いちるの望みを掛けて、ためらいがちに鎖骨のやや下に耳を押し当て、心音を確認する


何度確認しても、冷たい現実がそこにはあった


自分の血の気が冷えていくのがどこか他人事のように感じていた


他人事であってほしいとこの段になっても願っていた


頭がぐるぐる回って今の状況を理解しようとする


少し理解する度に俺の理性が、感情が邪魔をする


どうしよう、どうすれば、どうしようもない


もしこのことがテレビで報道されたら


会社に 家族に 友人に 迷惑がかかる


隠すしかない


いつしか、そうとしか考えられなくなっていた


そこからどう動いたのかは、自分でもよく分かってない


どうやって冷たい彼女を車まで運んで、どうやって山に入って、どうやって死体をここまで連れて来たのか


___ついさっきの出来事なのに、うまく思い出せない


額から流れ伝う汗の不快感が意識を現実に戻した


傘が歪む度に持ち手を前へ前へと移動して、ついに先が無いところまでやって来ていた


一心不乱にどこまで掘ったのか、腕を突っ込み、穴の深さを確認する


ピッタリ、かかとから足先まで埋まりそうな深さだった


俺は完全に壊れた傘を投げ捨てると、死体の遺棄を始めた


女の身体が全て土で隠れる頃には、焦りや困惑といった感情が薄れ、代わりに山の喧噪が大きく聞こえ出した


意識が現実に引き戻され、遅ればせながら自分にここまでの行動力があったことに驚き、そして後悔した


やってしまった・・・


今更そう思っても完全に手遅れになった後だった


今度は見つかるのではないか、という焦りが鎌首をもたげた


しかしこれ以上に上手く隠す時間がもう無い


今日はこれから仕事があるし、あと一時間で日が昇ってしまう


時間を意識した瞬間、さっきまでの疲れが肩や首から押し寄せ、全身に広がる


さっきまではあった、今から何かをするという気概が失われていく


俺は十分ほど迷った末、今のところは仕方なく帰ることにした


不安と後悔と恐れと疲れで、ごちゃ混ぜな気持ちになりながら山を下りた


一旦は終わったのだと安堵して


下り始めてから結構時間が経った頃、傘を置き忘れたことに気が付いた


アレにはべったりと俺の指紋が付いている


帰る訳にはいかなくなり、道を引き返す事にした


行きは気にならなかったが、草木や枝葉が邪魔をして足を引っ張る


それは道を進むにつれて頻度ひんど頑固がんこさもけわしくなっていき、ついには全く足から離れなくなってしまった


不愉快さも一入ひとしおで、苛立いらだち任せに足を振りぬき、思いっきり押しても引いても離れない


足で外すのも面倒くさくなって足元の草の先に手を掛けた


そのとき


ヒヤリ 


と、指の先に冷たい人間の感触があった


真っ先に頭に浮かんだのはあの女


そんなわけはない と思いたかった


しかし先程まで草だと思っていた感触は、指の形で足首をしっかりと握っている


それどころか引きづられる感覚まである


足裏で必死に踏ん張るが、時間稼ぎにしかならず、じりじりと向こう側へ引っ張られる


捕まれた足首の間に指をねじ込み、引きづり込もうとする”ソレ”をがそうとする


しかし信じられないほど力が強く、爪が剥がれるんじゃないのかと思うほど力をめても、全く外る気配さえない


姿勢まともに保てず、腰をつき後ろに倒れそうになる身体をなんとか腹筋で踏ん張り支えた


倒れた拍子に草の合間から見えた、青白い何か・・・


それは一見、人の腕の形をしていた


しかし、一目で人間ではないとわかった


関節が無い


なめらかにグニャグニャと動いている


じれ、うねりながらう動きは蛇のように見えた


明らかに普通の生き物とは違う異様いようを目にして、俺は生きては帰れないと悟った


感情のタガが外れて恥も外聞も捨てて泣きじゃくる子どものように何も考えず半狂乱で暴れまわり


途中からは拳を振り下ろし、一心不乱にソレを叩き続けた


必死の叫びも、大の大人を引きずる音も、肉がぶつかる鈍い音も


山の奏でる大音声だいおんじょうに掻き消える


数時間前までは心から願っていたことが、今はこんなにも恐ろしい


俺の声が、草木を分ける音に埋もれていく


木々のざわめきが、俺の放つあらゆる音を覆い隠す


俺が先に彼女にしたことだ


因果応報だ


そんなことは分かっている


でも、こんな場所で一人で死にたくない


誰か俺を見つけてくれ


誰か俺を助けてくれ


生きて帰ったら警察に自主するから


俺を、許してくれ


俺は涙と鼻水でべとべとになりながら、諦めずに”ソレ”を叩き続けた


いつまでそうしてただろうか


コキャ・・・


突然、気色の悪い音と共に引っ張られる感覚が無くなった


一瞬の安堵と、まだ動く”ソレ”を見た


何が起こったか理解する前に、身体が後退する


野生動物が天敵を前に一も二もなく逃げるように、何も考えずに


抜けた腰を引きずって、転がり落ちるように山の外側へ逃げる


その後どうやって帰ったのか分からない


とにかく無我夢中で山を下り、車を走らせた


山から離れるまでは物凄いスピードで道を突っ切った


無我夢中でハンドルを握っていると不意に、サイドウィンドウから差し込む光に目をしばたたかせる


見ると、空が赤みを帯びていた。もうすぐ夜が明ける


朧気おぼろげな陽の光にずっと当たっていると、少し考える余裕ができる


あの時に見た折れた腕の断面・・・肉も骨もなく、黒黒くろぐろとしたナニカがしたたっていた


俺の身間違えだったのか、それとも・・・


彼女が魍魎もうりょうの類だったのか、それとも死にかかった人間だったのか


もう一度行って確かめようとは思わない


今では死体であって欲しいとさえ思っている


結局俺が見たものが一体何だったのか


それは未だに、明らかになっていない

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