第7話
桜の視点
ゾンビ襲撃から3日目の朝。
自宅の居間のカーテンから、薄い陽光が差し込む。埃が舞う光の筋が、木製のテーブルに落ち、父さんと母さんのメモが静かに佇む。
「警察署は危険、建物が半壊、黒い肌の大男、凶暴、我、街の外への脱出口を探す。」
その文字を、何度も読み返した。
両親が生きている希望と、再会が叶わない落胆が、胸の中で交錯する。
私はソファに座り、皐月の肩にもたれかかる。
彼女の寝息が、静かに響く。
家の周囲は、奇妙なほど静かだ。ゾンビのうめき声は遠く、稀に現れるゾンビも、家の前を素通りしていく。
まるで、この家が、目に見えないバリアに守られているかのようだ。
でも、そんな幻想は脆い。黒い大男――警察署を破壊し、瓦礫の下から這い出した怪物――が、どこかで私たちを追っているかもしれない。私の指先は、発火能力の熱を帯び、くすぶる。
「桜、起きてる?」
皐月の声に、私はハッと我に返る。彼女の目が、朝の光に輝く。繊細なまつ毛、青ざめた頬。彼女の念動力は、警察署での戦いで限界を超えた。それでも、彼女は笑う。私は彼女の手を握り、微笑んだ。
「うん、起きてるよ。皐月、よく眠れた?」
彼女は小さく頷き、窓の外を見た。
「なんか…静かすぎて、怖いね。ゾンビ、なんで来ないんだろう?」
その言葉に、私は胸の奥で不安がざわめく。ゾンビが来ないのは、幸運か、それとも何か不気味な前兆か。だが、私は彼女を不安にさせたくない。
「いいことだよ、皐月。ゾンビがいないなら、今日、探索に行きやすい」
私の声に、彼女は頷いた。彼女の温もりが、私の心を強くする。
早希先生が、キッチンからやってきた。
彼女の眼鏡の奥の目は、疲れていながらも、教師らしい決意に満ちている。
「二人とも、おはよう。今日は暑くなりそうね。朝ごはん、簡単に済ませて、準備するわよ」
先生の声に、私たちは立ち上がった。今日、町の外れを探索する。両親の手がかりと、街の脱出口を探す。それが、私たちの希望だ。
皐月の視点
5月中旬とはいえ、気温は夏のように上がっていた。冬用の制服――紺のセーラー服――は、汗で重く、肌に張り付く。私は桜と一緒に、部屋で夏服に着替えた。
白いセーラー服、軽い生地、膝丈のスカート。鏡に映る自分と桜は、そっくりだ。双子なのに、彼女の目は力強く、私の目は少し怯えている。
「皐月、似合ってるよ」
桜の声に、私は頬を赤らめた。彼女の笑顔が、胸を温かくする。姉妹として、ずっと一緒にいた。でも、最近、彼女への気持ちが、もっと深いものに変わった気がする。
彼女を守りたい。そんな思いが、胸に芽生える。
でも、今は、そんな気持ちを抑える時だ。両親を探す。それが、私たちの使命だ。
早希先生が、部屋を覗き、笑った。
「二人とも、こんな時にも制服なの? 動きやすい服でもいいのに…」
その軽口に、私は微笑んだ。
「先生、これ、気持ちを挫けないための…儀式みたいなものなんです」
桜が、力強く続けた。
「両親と会うまで、気を引き締めるために。制服が、私たちを強くするんです」
先生は一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「そっか、なら、いいわ。二人らしいね」
彼女の言葉に、私は胸が温かくなった。先生は、私たちの気持ちを尊重してくれる。彼女の存在が、どんな時でも心を軽くする。
私は桜の手を握り、彼女の目を見つめた。
「桜、今日、父さんと母さんの手がかり、絶対に見つけるよ」
彼女は力強く頷いた。
「うん、皐月。一緒なら、どんな困難も乗り越えられる」
私たちの絆は、炎と念力以上に強い。
先生の覚悟が、私たちを支える。今日の探索が、運命を分けることになるなんて、まだ知らなかった。
早希の視点
居間のテーブルで、簡単な朝食――缶詰のフルーツとパン――を囲む。
桜と皐月の夏服姿は、まるでゾンビ襲撃前の教室のようで、胸が締め付けられる。彼女たちの超能力――桜の発火能力と皐月の念動力――を知った今、教師として、彼女たちをどう守るべきか、私の心は揺れている。
黒い大男の脅威が、どこかで迫っているかもしれない。そんな中、町の外れを探索するのは、危険すぎる。
当初、私は一人で探索に行くつもりだった。
彼女たちを家に残し、安全を確保する。それが、教師としての責任だと思った。だが、桜と皐月は、それを許さなかった。
「先生、置いてかないで! 私たちも行く!」
桜の声は、鋭く、揺るぎなかった。皐月も、目を潤ませながら言った。
「父さんと母さんを探すの、私たちだけでいいなんて思わないでください。先生、私たち、戦えるんです」
二人の決意に、私は気圧された。彼女たちの力は、確かに強い。警察署で、黒い大男を瓦礫の下に閉じ込めた。
でも、彼女たちはまだ中学生だ。危険に晒すなんて、教師として許せない。
「二人とも…私が一人で行けば、ゾンビくらいなら対処できる。あなたたちは、ここで待ってて」
私の言葉に、桜が目を細めた。
「先生、私たちの力、知ってるよね? ゾンビも、あの大男だって、私たちなら戦える。置いてかれる方が、怖いよ」
皐月の声も、震えながら続いた。
「先生、信じて。私たち、先生と一緒なら、どんな敵も怖くないよ」
その言葉に、私の心が揺れた。彼女たちの目は、恐怖と希望が混じり、まるで戦士のようだった。
私は、教師としての責任と、彼女たちの信頼の間で葛藤した。だが、彼女たちの決意を無視することは、彼女たちを信じないことと同じだ。
私は深呼吸し、頷いた。
「…わかった。一緒に行くわ。でも、無理はしない。約束よ」
桜と皐月は、顔を見合わせ、笑顔で頷いた。
「はい、先生! 約束!」
その笑顔に、私は微笑んだ。彼女たちを信じる。それが、私の務めだ。この判断が、彼女たちの命を救うことになるなんて、まだ知らなかった。
桜の視点
朝食を終え、私たちは探索の準備を始めた。早希先生は、父さんの猟銃を手に、弾薬をチェックする。私はバックパックに水と食料を詰め、皐月は地図と懐中電灯を準備した。
自宅の窓から、町の外れが見える。焼け焦げた建物、倒れた電柱、ゾンビの影。そこに、両親の手がかりがあるかもしれない。脱出口があるかもしれない。
私は皐月の肩に手を置き、彼女の目を見つめた。
「皐月、怖い?」
彼女は一瞬、目を伏せたが、すぐに微笑んだ。
「うん、怖いよ。でも、桜がいる。先生がいる。だから、大丈夫」
その言葉に、私は胸が熱くなった。皐月の念動力は、私の炎と一緒に、どんな敵にも立ち向かえる。でも、彼女の体は、限界に近い。私は彼女を守らなきゃいけない。
早希先生が、銃を肩にかけ、やってきた。
「準備できた? 町の外れまで、車で移動するわ。ゾンビがいたら、私が対処する。あなたたちは、無理しないで」
その言葉に、私は頷いた。
「はい、先生。でも、私たちの力、忘れないでくださいね」
先生は、苦笑いして言った。
「忘れるわけないわよ、大丈夫」
その軽口に、私たちは笑った。先生のユーモアが、どんな時でも心を軽くしてくれる。
皐月の視点
SUVに乗り込み、町の外れへ向かう。早希先生がハンドルを握り、私は桜と後部座席で手を握り合った。
窓の外は、荒廃した町並み。ひび割れたアスファルト、血痕が残る商店街、ゾンビの死体が転がる路地。なのに、ゾンビの気配は薄い。まるで、町が息を潜めているようだ。
「桜…なんか、変だよね。ゾンビ、こんなに少ないなんて…」
私の声に、桜が頷いた。
「うん。黒い大男が、どこかで動いてるのかも。ゾンビを引きつけてるのかな」
その言葉に、胸が締め付けられた。あの大男は、私たちを追ってるかもしれない。警察署での戦いが、彼を完全に止めたとは思えない。私は桜の手を強く握り、恐怖を抑えた。
早希先生が、バックミラーで私たちを見た。
「二人とも、落ち着いて。ゾンビが少ないのは、いいことよ。探索に集中できる」
その言葉に、私は頷いた。先生の冷静さが、私を支えてくれる。桜の強さが、私を前に進ませる。私は、念動力を静かに感じた。空気の振動、遠くの気配。何か、大きなものが動いている気がする。でも、今は、両親の手がかりが大事だ。
SUVは、町の外れに近づく。焼け焦げた工場、倒壊した橋、ゾンビの死体が散らばる空き地。
そこに、脱出口があるかもしれない。両親が、待っているかもしれない。
私は桜の手を握り、祈った。父さん、母さん、生きてて。絶対に、会いたいよ。
早希の視点
町の外れに着き、SUVを停める。私は銃を手に、周囲を警戒した。ゾンビの気配は、依然として薄い。だが、胸の奥で、ざわめきが消えない。黒い大男が、どこかで動いている。そんな予感が、私を締め付ける。
桜と皐月が、車から降りる。二人の夏服姿は、まるで普通の中学生のようだ。でも、彼女たちの目には、戦士の決意が宿っている。私は、彼女たちを危険に晒したくない。でも、彼女たちの力を信じる。それが、教師としての私の選択だ。
「二人とも、気をつけて。ゾンビがいたら、私が対処する。あなたたちは、手がかりを探して」
私の言葉に、桜が頷いた。
「はい、先生。でも、私たちも戦える。忘れないで」
皐月も、微笑んで言った。
「先生、一緒なら、怖くないよ」
その言葉に、私は微笑んだ。彼女たちの信頼が、私の心を強くする。この探索が、彼女たちの命を救うことになるなんて、まだ知らなかった。
遠くで、低い咆哮が響いた。黒い大男かもしれない。私は銃を握りしめ、桜と皐月を見た。
「行くわよ。両親の手がかり、絶対に見つける」
二人は、力強く頷いた。私たちの旅は、始まったばかりだ。