第6話
桜の視点
埃まみれのSUVが、荒廃した道路を走る。早希先生がハンドルを握り、後部座席で私と皐月は肩を寄せ合っていた。
警察署での死闘、黒い肌の大男との戦い、生存者たちとの別れ――全てが、胸に重くのしかかる。
私たちの町はゾンビの群れと崩れた秩序に支配され、希望は薄れゆくばかりだ。だが、皐月の手が私の手を握るたび、心に小さな炎が灯る。彼女がいるから、私は戦える。
生存者たちと別れてから、私たちはあてのない旅を続けていた。
両親を探すため、銀行や避難所の手がかりを追ったが、何もわからなかった。
疲れと不安が、私の心を蝕む。父さんと母さんは、装甲車に乗ってるはず。
きっと無事だと信じたい。でも、佐藤さんの話――銀行が襲われ、バリケードが壊され、人が撲殺されていた――が、頭から離れない。
「桜、そろそろ、どこかで休まないと…」
皐月の声は、疲れで弱々しかった。彼女の青ざめた顔に、私は胸が締め付けられた。念動力の酷使が、彼女の体を蝕んでいる。私も、発火能力を使った後の罪悪感と熱が、指先に残る。
「うん、皐月。…ねえ、先生、一度、自宅に戻ってみませんか?」
私は運転席の早希先生に提案した。先生はバックミラーで私たちを見て、頷いた。
「いい考えね。着替えもできるし、両親の手がかりがあるかもしれない。住所、教えてくれる?」
先生の声は、いつものように力強かった。私は住所を伝え、SUVが自宅へ向かう。
自宅。両親と過ごしたあの家。
ゾンビが町を襲う前、普通の生活があった場所。
そこに、父さんと母さんの手がかりがあるかもしれない。そんな希望が、胸に灯る。
でも、もし、何もなかったら? もし、悪い知らせだったら? 不安が、炎のように心を焦がす。私は皐月の手を強く握り、彼女の温もりにすがった。
皐月の視点
SUVが、懐かしい住宅街に入った。かつては子供たちの笑い声が響いた通りも、今は静寂とゾンビの影に覆われている。
私たちの家は、街の外れに立つ二階建ての家。庭の花壇は荒れ、窓ガラスには埃が積もっている。
私は桜の手を握り、胸の鼓動を抑えた。両親は、ここにいるかもしれない。
早希先生が車を停め、銃を手に周囲を警戒した。
「ゾンビの気配は…なさそうね。二人とも、気をつけて入って」
私たちは頷き、家の中へ。玄関のドアは無傷だったが、鍵が開いていた。私は桜と顔を見合わせ、不安が胸を締め付けた。
「父さん、母さん…?」
私の声は、震えていた。桜が私の肩を抱き、力強く言った。
「皐月、大丈夫。きっと、いるよ」
彼女の声に、私は勇気を絞り出した。
居間に入ると、テーブルにメモ書きが置かれていた。父さんの字だ。私は急いで手に取り、桜と一緒に読んだ。
「警察署は危険、建物が半壊、黒い肌の大男、凶暴、我、街の外への脱出口を探す。」
その言葉に、私の心が跳ねた。
「桜! 父さん、母さん、生きてる!」
私は桜に抱きつき、涙が溢れた。彼女も、私を強く抱き返し、笑顔で頷いた。
「うん、皐月! 生きてるよ! 絶対、会える!」
喜びが、胸を満たした。両親は無事だ。装甲車に乗って、街の外を目指している。希望が、まるで光のように心を照らした。
だが、すぐに落胆が押し寄せた。両親は、ここにはいない。
メモには、いつ書かれたのか、どこへ向かったのか、詳しいことは何もなかった。再会が叶わない現実に、胸が締め付けられる。私は桜の手を握り、震える声で呟いた。
「桜…会いたかった…父さんと母さんに…」
彼女の目にも、涙が光っていた。
「うん…でも、生きてる。それだけで、十分だよ。皐月、私たち、絶対に探し出すから」
彼女の言葉に、私は頷いた。桜がいるから、私は前に進める。
早希先生が、居間にやってきた。彼女はメモを見て、優しく微笑んだ。
「二人とも、よかったわね。ご両親、生きてる。絶対に会えるわよ」
その言葉に、私は涙を拭い、微笑んだ。
「ありがとう、先生…」
先生は、私たちの肩に手を置き、静かに言った。
「ちょっと、キッチン借りるわね。久々に、まともなご飯、作ってみましょう」
彼女の軽い口調に、私と桜は笑った。先生の存在が、どんな時でも心を軽くしてくれる。
桜の視点
キッチンから、野菜を炒める香ばしい匂いが漂ってきた。
早希先生は、冷蔵庫に残っていた食材と缶詰を使い、炒め物とスープを作ってくれた。居間のテーブルに、温かい料理が並ぶ。ゾンビに襲われて以来、こんなまともな食事は初めてだった。
「さあ、食べなさい。栄養つけないと、両親探し、頑張れないわよ」
先生の声に、私と皐月は頷き、箸を取った。炒め物のシャキシャキした食感、スープの温かさ。全てが、懐かしい家の味を思い出させた。私は皐月の顔を見た。彼女も、目を輝かせて食べていた。
「先生、美味しい! こんなの、久しぶり…」
皐月の声に、先生は笑った。
「歴史教師だって、料理くらいできるわよ。まあ、胃薬は持ってるけどね」
その軽口に、私たちは笑い合った。
食事中、私は皐月の横顔を見た。彼女の笑顔が、胸を熱くする。姉妹として、ずっと一緒にいた。でも、警察署での戦いを通じて、彼女への気持ちが、もっと深いものに変わった気がする、彼女を守りたい。もっと姉妹以上にもっと深い関係になりたい、そんな思いが、胸に芽生えている。
でも、そんな気持ちは、許されないんじゃないか? 私は目を伏せ、箸を握りしめた。
食事が終わると、先生が提案した。
「二人とも、シャワー浴びなさい。埃と汗、すごいんだから。私も、その後で浴びるわ」
私たちは頷き、浴室へ向かった。久々の自宅でのシャワー。温かいお湯が、疲れを溶かしてくれるはずだ。
皐月の視点
浴室で、私と桜は一緒にシャワーを浴びた。姉妹だから、昔から一緒に入るのは普通だった。温かいお湯が、体の埃と疲れを流してくれる。私は桜の背中を見ながら、そっと呟いた。
「桜…父さんと母さん、絶対に会えるよね?」
彼女は振り返り、優しく微笑んだ。
「うん、皐月。メモがあったんだ。生きてるよ。私たち、絶対に探し出す」
その言葉に、私は胸の不安が少し和らいだ。桜の強さが、私を支えてくれる。
だが、彼女の背中に触れた時、胸がドキッとした。彼女の肌は、温かく、力強かった。警察署で炎を放つ彼女の姿が、脳裏に蘇る。
彼女は、私のヒーローだ。でも、それ以上の気持ちが、胸に芽生えている。
その感情がどんなものなのか、人生経験が足りない自分にはわからなかったがネガティブな感情ではないことを感じていた。
シャワーを終え、私たちは予備の制服に着替えた。
居間に戻ると、早希先生がシャワーを浴びに行った。私と桜は、情報収集を試みた。
テレビをつけると、ノイズばかり。ラジオも、緊急放送が繰り返されるだけ。
「暴動が発生…町の出入りは封鎖…避難所は…」
断片的な情報しか得られない。私は自宅に置きっぱなしだった携帯端末を手に取ったが、ネットは不通だった。
「桜…町、完全に閉鎖されてるみたい…」
私の声は、震えていた。桜は私の肩を抱き、力強く言った。
「大丈夫、皐月。父さんと母さんは、脱出口を探してる。私たちも、諦めない」
彼女の言葉に、私は頷いた。桜がいるから、私は希望を捨てない。
早希の視点
シャワーを浴び、さっぱりした気分で居間に戻ると、桜と皐月がテーブルで話し合っていた。二人の制服姿は、まるでゾンビ襲撃前の日常のようで、胸が温かくなった。
だが、彼女たちの目には、疲れと決意が宿っている。
彼女たちの超能力――桜の発火能力と皐月の念動力――を知った今、教師として、彼女たちをどう導くべきか、私の心は揺れていた。
「二人とも、情報は何か得られた?」
私の問いに、皐月が首を振った。
「町が封鎖されてるってことしか…父さんと母さんのこと、わからないんです」
桜が、静かに続けた。
「でも、メモがあった。生きてるってわかったんだから、探し出せる。先生、これから、どうすればいいと思いますか?」
私は、二人を見つめた。彼女たちの力は、危険だ。警察署での戦いは、生存者たちに恐怖を与えた。
でも、彼女たちは私の生徒だ。どんな力を持っていても、彼女たちを守り、導くのが私の務めだ。私は深呼吸し、提案した。
「闇雲に移動するより、ここを拠点にしたらどうかしら? 自宅なら、食料も少しはあるし、ゾンビの気配も薄い。町の脱出口を探しつつ、ご両親の手がかりを追うのよ」
桜と皐月は、顔を見合わせ、頷いた。
「うん、先生。それがいい。家なら、安心できるし…」
皐月の声に、桜が力強く言った。
「ここを拠点に、父さんと母さんを探す。脱出口も、絶対に見つけるよ」
二人の決意に、私は微笑んだ。
「よし、決まりね。まずは、明日から町の外れを調べてみるわ。二人とも、ちゃんと休んで、力をつけなさい」
その夜、私たちは居間で毛布にくるまり、眠りについた。
桜と皐月は、ソファで手を握り合っていた。二人の絆は、どんな危機でも揺るがない。私は、彼女たちの寝顔を見ながら、教師としての使命を再確認した。
彼女たちを守る。両親との再会を叶える。どんな地獄が待っていても、私は彼女たちと共にある。
桜の視点
夜中、遠くで低いうめき声が聞こえた。黒い肌の大男の咆哮かもしれない。私は目を覚まし、皐月の寝顔を見た。
彼女の穏やかな寝息が、私の心を落ち着ける。私は彼女の手を握り、そっと囁いた。
「皐月…あなたがいるから、私、戦える」
彼女は眠ったまま、微笑んだ気がした。早希先生の寝息も、静かに響く。
この家には、私たちの希望がある。両親は生きている。
町の脱出口は、きっと見つかる。
私は目を閉じ、眠りについた。炎と念力の絆が、どんな闇も焼き尽くす。
早希先生の覚悟が、私たちを支える。
明日から、新たな戦いが始まる。
でも、私たちには、愛と希望がある。それだけで、十分だ。