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第5話

警察署の瓦礫を背に、車列は埃を巻き上げながら住宅街を突き進んだ。

早希先生のSUVの後部座席で、皐月と私は肩を寄せ合っていた。窓の外では、ゾンビがふらつく姿が遠ざかり、血と煙の匂いが薄れていく。

だが、私の心はまだ警察署に残っていた。

あの黒い肌の大男――銃弾をものともせず、警官をなぎ倒し、瓦礫の下から這い出してきたかもしれない怪物。あれを、私たちは本当に止められたのか?

私の指先は、まだ熱を持っていた。

最大の火球を放った時の、燃えるような感覚が消えない。

隣の皐月は、念動力の酷使で青ざめた顔をしていた。

彼女の額には汗が光り、呼吸は浅い。

私は彼女の手を握り、囁いた。


「皐月、大丈夫? 少し休んで」


彼女は弱々しく微笑み、答えた。


「うん、桜…ありがとう。私、平気だよ」


その笑顔に、私は少しだけ安心した。皐月がいるから、私は戦えた。彼女の念動力と私の炎が、生存者を救った。でも、代償は大きかった。能力を使ったことで、私たちの秘密は、もう隠しきれなくなるかもしれない。

早希先生や他の生存者に、どんな目で見られるんだろう?

車内の静寂を破るように、早希先生が運転席から振り返った。

彼女の眼鏡の奥の目は、疲れと緊張に満ちていたが、どこか決意のようなものも感じられた。


「桜、皐月…さっきの爆発や、警察署の一部が倒壊した理由…聞いて良いかしら?」


その言葉に、私の心臓が跳ねた。皐月と目が合い、彼女の目にも同じ緊張が宿っていた。私たちの能力を、ついに明かす時が来たのか? 私は指先の熱を抑え、深呼吸した。

隠し続けるのは、もう限界だ。早希先生なら、信じてくれるかもしれない。


皐月の視点

早希先生の質問が、車内の空気を一気に重くした。私は桜の手を強く握り、彼女の目を見た。桜の目は、いつもみたいに力強かったけど、どこか不安も滲んでいた。

私も同じ気持ちだった。能力を明かせば、迫害されるかもしれない。両親にも言えなかった秘密を、先生に話して、軽蔑されたら? でも、警察署での戦いで、私たちはもう隠せないところまで来てしまった。


「桜…先生に、話そう?」


私の声は震えていた。桜は一瞬、目を閉じ、頷いた。


「うん、皐月。早希先生なら、わかってくれる」


その言葉に、私は勇気を絞り出した。早希先生は、私たちを警察署まで連れてきてくれた。教師として、命を賭けて守ってくれた人だ。彼女なら、信じられる。

私は深呼吸し、早希先生を見た。彼女の目は、真剣で、でもどこか優しかった。私は桜の手を握ったまま、口を開いた。


「先生…私たち、物心ついた頃から、普通じゃない力を持ってたんです。超能力…みたいなもの」


早希先生の目がわずかに見開かれたが、彼女は黙って聞いていた。私は言葉を続けた。


「日常生活には影響ないんです。隠してれば、普通に暮らせて…でも、私には念動力、桜には発火能力があるんです。警察署で、瓦礫を倒したり、爆発みたいに見えたのは…私たちの力です」


桜が私の言葉を引き継いだ。


「他の人に知られたら、迫害されるかもしれないって、ずっと怖かった。だから、誰にも言わなかったんです。両親にも…知らないんです」


桜の声は、落ち着いていたけど、指先が私の手を強く握っていた。彼女も、怖がってる。

私と同じくらい、先生の反応を恐れてる。

私は目を伏せ、震える声で問うた。


「先生…このこと、知って、私たちを軽蔑しますか? 迫害したり…しますか?」


その瞬間、車内の空気が凍りついた気がした。私は目を上げられず、桜の手だけを握りしめた。

もし、先生が私たちを拒絶したら? もし、怪物を見るような目で私たちを見たら? そんな恐怖が、胸を締め付けた。

早希先生は、しばらく黙っていた。やがて、彼女の声が静かに響いた。


「軽蔑? 迫害? そんなこと、するわけないじゃない。あなたたちは、いつまでも私の生徒よ。どんな力を持ってても、桜と皐月は、私の大切な生徒なの」


その言葉に、私の胸が熱くなった。涙が溢れそうになり、私は桜の手を強く握った。彼女も、同じように目を潤ませていた。早希先生の言葉は、まるで光のようだった。私たちがずっと恐れていた孤独を、彼女の温もりが溶かしてくれた。


「先生…ありがとう…」


私の声は、涙で震えていた。桜も、小さく微笑んで囁いた。


「本当に…ありがとう、先生」


桜の視点

早希先生の言葉は、私の心に深く響いた。彼女は、私たちを信じてくれた。軽蔑も、迫害もせず、ただ「生徒」と呼んでくれた。だが、その安心感の裏で、私の心には別の思いが芽生えていた。私たちの力は、危険だ。

警察署での戦いで、黒い肌の大男を止めたけど、完全に倒せたわけじゃない。

あの怪物は、ゾンビなんかよりずっと恐ろしい。

これから、私たちはもっと過酷な戦いに巻き込まれるかもしれない。

私は皐月の手を握り、彼女の目を覗き込んだ。

彼女の目は、涙で潤みながらも、強い決意が宿っていた。

私たちは、ただの少女じゃない。能力を持ったことで、普通の人生はもう望めないのかもしれない。それでも、両親を見つけるため、生き延びるため、戦わなきゃいけない。


「先生、私たちの力、わかったよね? これから、もっと危険なことが待ってるかもしれない」


私は早希先生を見据え、声を低くした。


「私たちが、孤独の底…地獄のようなところに行くことになっても、ついてきてくれますか?」


私の声は、冷たく鋭かった。中学生の声じゃない、まるで戦士のような声だった。

自分でも驚くほどだったけど、抑えられなかった。

先生が本気で私たちを信じるなら、覚悟を見せてほしい。

そんな思いが、言葉に滲んだ。

早希先生は、私の視線に一瞬、身震いしたように見えた。

彼女の眼鏡の奥の目が、わずかに揺れた。だが、すぐに彼女は力強く答えた。


「地獄だろうと、どこだろうと、ついていく覚悟は決めたわ。あなたたちが私の生徒である限り、絶対に離れない」


その言葉に、私の胸が熱くなった。彼女の覚悟は、本物だった。教師としての責任感なんかじゃなく、心からの決意だった。私は皐月と目を合わせ、彼女も同じ思いを抱いているのがわかった。


皐月の視点

桜の冷たい声と、早希先生の力強い答えに、私は心から安心した。先生は、私たちを信じてくれる。

どんな力を持っていても、どんな危険が待っていても、そばにいてくれる。私は桜の手を握り、微笑んだ。彼女も、珍しく柔らかい笑顔を見せた。


「先生、ありがとう…でも、ちょっと大変なこと、言わなきゃ」 


私は少し茶化すように言った。桜が私の言葉を引き継ぎ、いたずらっぽく笑った。


「まずは、今同行してる生存者と別れる覚悟、してくださいね。さっき、思いっきり暴れたから、どうにも弁解のしようがないんで」


その言葉に、早希先生は一瞬、目を丸くした。やがて、彼女は乾いた笑いを漏らし、額を押さえた。


「はぁ…胃薬、用意しなきゃね…」


彼女の声には、疲れとユーモアが混じっていた。私は桜と顔を見合わせ、くすくす笑った。こんな状況でも、笑えるなんて。早希先生がいるからだ。


でも、笑顔の裏で、私の心は重かった。生存者たちとの別れ。それは、私たちの能力が原因だ。警察署での戦いで、私たちはあまりにも派手に能力を使った。

瓦礫の倒壊、爆発のような炎。あれを見た生存者たちは、私たちをどう思う? ゾンビや大男より、私たちの方が怪物に見えるかもしれない。


「桜…本当に、みんなと別れなきゃいけないのかな?」


私は囁いた。桜は一瞬、目を伏せ、静かに答えた。


「わからない。でも、もし私たちの力が怖がられたら、みんなを守るためにも、離れた方がいいかもしれない」


その言葉に、私の胸が締め付けられた。

両親にも言えなかった秘密を、早希先生には話せた。でも、他の人には? 私たちは、ずっと孤独でいなきゃいけないの?


桜の視点

車列は、しばらく走った後、廃墟となったショッピングモールの近くで停まった。生存者たちは、食料や物資を探すために一時休憩を取ることにした。私たち三人は、SUVのそばで、他の生存者たちと距離を取っていた。 


警官の一人が近づいてきて、早希先生に話しかけた。


「木本さん、さっきの警察署でのことは…あの二人がやったのか?」


彼の目は、私と皐月をチラリと見た。そこには、感謝じゃなく、恐怖と疑いが宿っていた。

私は皐月の手を握り、彼女の震えを感じた。

やっぱり、こうなる。能力を使ったことで、私たちは「普通」じゃなくなった。

早希先生は、冷静に答えた。


「彼女たちは、みんなを救うために戦ったんです。それ以上、詮索しないでください」


警官は渋々頷き、去っていった。でも、他の生存者たちの視線は、私たちに突き刺さっていた。


その夜、車列の生存者たちと話した結果、私たちは別れることにした。

彼らは、近くの避難所を目指す。

私たちは、両親を探すため、別の道を進む。

早希先生は、生存者たちに別れを告げ、私たちと一緒に来ることを選んだ。


「先生、本当にいいんですか? みんなと一緒の方が、安全かもしれないのに…」


皐月の声は、申し訳なさそうだった。早希先生は、眼鏡を直し、笑った。


「言ったでしょ? あなたたちが私の生徒なら、どこだってついていくって。胃薬は…まあ、なんとかなるわ」


その言葉に、私は笑いながらも、胸が熱くなった。早希先生は、私たちの覚悟に応えてくれた。私たちも、彼女を失望させちゃいけない。


車列が分かれ、SUVは夜の道路を走り始めた。

窓の外は、ゾンビの影と、遠くで燃える炎が見える。私は皐月の手を握り、彼女の温もりにすがった。


「皐月、これから、もっと大変になるかもしれない。でも、先生がいる。私たちがいる。両親のこと、絶対に見つけるよ」 


皐月は頷き、微笑んだ。


「うん、桜。あなたと先生がいるなら、私、どんな地獄でも怖くないよ」


早希先生が運転席から振り返り、笑った。


「地獄、ね。まあ、教師としては、地獄でも授業くらいはできるわよ。歴史のテスト、覚悟しなさい」


その軽口に、私たちは笑い合った。

どんな危機が待っていても、私たちには絆がある。桜と皐月、早希先生。三人でなら、どんな未来も切り開ける。


車が走り続ける中、遠くで低いうめき声が聞こえた。

黒い肌の大男が、どこかで咆哮を上げているのかもしれない。

だが、今は、私たちの背後だ。私たちは、両親を探す旅を続ける。能力を隠す必要は、もうない。

早希先生が、私たちを信じてくれる。それだけで、十分だ。

私は皐月の肩に凭れ、目を閉じた。

地獄が待っていても、私たちは進む。

炎と念力の絆で、どんな闇も焼き尽くす。

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