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第18話

2050年5月末、ゾンビ襲撃から約4週間。陸上自衛隊の駐屯地の新兵用建物で、桜、父さん、母さん、早希先生と過ごす隔離生活も、残り1週間。あと少しで、ゾンビのいない平和な世界へ行ける。

家族と一緒に、喫茶店の夢を叶えられる。

でも、頭の片隅で、黒い大男の赤い目がちらつく。

あの2メートルを超える巨体、墨汁のような肌、怒りに満ちた咆哮。私の念動力でマンションを倒壊させ、瓦礫の下に閉じ込めたはずなのに、隔離施設で再び現れた。

氷川弘さんの銃弾で膝をついた彼は、まだ生きてるかもしれない。

部屋は、殺風景だ。コンクリートの壁、鉄製の2段ベッド、灰色の毛布。小さな窓には鉄格子がはまり、霧に覆われた駐屯地のバリケードが見える。蛍光灯の白い光が、冷たく照らす。私は、桜と一緒にベッドに座り、スケッチブックを手に持つ。

エプロン姿の私たち、コーヒーカップ、笑顔のお客さん。喫茶店の夢。

でも、鉛筆を持つ手が、止まる。

桜が、私の手を握る。彼女の指先が、発火能力の熱を帯びて、温かい。


「皐月、物思いにふけてる? あと1週間だよ。父さんと母さん、先生と、平和な世界に行けるんだ」


私は、彼女の明るい声に微笑む。


「うん、桜…楽しみだよ。喫茶店、絶対に作ろうね」


でも、胸の奥で、不安が消えない。

ゾンビの街で、クラスメイトや先生たちの死を目の当たりにした。仲が良かったわけじゃないけど、彼らの叫び声、血に濡れた姿が、夢に現れる。

避難所での絶望、黒い大男の襲撃。私と桜は、超能力で生き延びたけど、失ったものは重い。

桜が、私の目を覗く。


「皐月、ネガティブなこと、考えちゃダメ。未来のことを考えようよ。喫茶店のメニュー、どんなのにする?」


私は、彼女の笑顔に救われる。桜は、いつもこうだ。私の闇を、炎で照らしてくれる。私は、深呼吸して、言う。


「そうだね、桜。コーヒーだけじゃなくて、ケーキも出そう。あなたの大好きなチーズケーキ!」


彼女が、笑う。


「いいね! 皐月のスケッチ、飾ろうよ!」


私たちが喫茶店の話をしていると、突然、ドーンという衝撃音が駐屯地を震わせた。窓ガラスが、ガタッと鳴る。

次の瞬間、けたたましい非常ベルが鳴り響く。

ビーッ、ビーッ。耳をつんざく音が、コンクリートの壁に反響する。私はハッとして、桜の手を握る。彼女の目が、恐怖で揺れる。


「皐月!? 何!?」


桜の声に、私は立ち上がる。念動力が、周囲を探る。バリケードの外、強烈な力が動いてる。私の心臓が、凍る。

あの大男だ。生きてた。マンションの瓦礫、隔離施設の銃弾を、乗り越えて、私たちを追ってきた。


「桜、行くよ! 屋上だ!」


私は、桜の手を引き、部屋を飛び出す。

廊下は、慌ただしい足音で満たされる。自衛隊員が、武器を手に走る。父さん、母さん、先生が、部屋から出てくる。父さんが、叫ぶ。


「皐月、桜! どこに行くんだ!?」


私は、振り返り、言う。


「父さん、屋上で状況確認する! すぐ戻る!」


桜と私は、階段を駆け上がり、屋上の鉄扉を開ける。霧に覆われた駐屯地が、朝日に薄く照らされる。コンクリートのバリケード、監視塔のサーチライト、鉄格子の正門。

私は、念動力を広げ、正門に目を向ける。そこに、彼がいた。黒い大男。2メートルを超える巨体、墨汁のような肌、赤い目。彼は、巨大な鋼材を手に、バリケードを叩きつける。

ドーン! コンクリートがひび割れ、鉄が軋む。


正門を守る自衛隊員が、自動小銃を連射する。バン! バン! 銃弾が、大男の体に食い込む。

でも、彼は動じない。鋼材を振り上げ、再びバリケードを叩く。ドーン! 破片が飛び散り、隊員が後退する。私は、桜の手を強く握る。彼女の指先が、炎の熱を帯びる。


「皐月…あの大男、私たちを…!」


桜の声に、私は頷く。念動力が、彼の執念を捉える。私と桜を、抹殺するために、ここまで追ってきた。彼の赤い目が、私たちを探してる。

私は、戦慄する。マンションを潰した私の力、隔離施設での銃弾。それでも、彼は止まらない。

なぜ? なぜ、私たちを狙う?

私は、桜の目を見つめる。


「桜…逃げるだけじゃダメだ。ここで、完全に倒さないと…」


彼女が、力強く頷く。


「うん、皐月。どうする? あなたの念動力、私の炎、どんな方法でも!」


私は、念動力を集中させる。マンションを潰した力、瓦礫の下に閉じ込めた力。

でも、銃弾も効かない彼を、どうやって? 私は、目を閉じ、考える。彼の心臓。

人間の形をした彼なら、心臓を破壊すれば、止まるはず。私は、桜に囁く。


「桜、心臓を潰すしかない。でも、瓦礫や銃じゃ無理…私の念動力なら、体の中まで力が届くかもしれない」


桜の目が、輝く。


「皐月、それだ! あなたなら、できる! 私、信じてるよ!」


私は、彼女の信頼に胸が熱くなる。桜がいるから、私は戦える。私は、頷く。


「うん、桜。やってみる。あなた、そばにいて」


私たちは、屋上を降り、建物から抜け出す。駐屯地は、混乱に包まれる。

自衛隊員が、正門へ走る。銃声、叫び声、ゾンビのうめき声。

霧が濃く、視界が悪い。私は、桜の手を引き、資材置き場や建物の物陰を縫うように進む。

コンクリートの冷たさ、硝煙の匂い、地面の振動。私は、念動力を広げ、大男の位置を捉える、正門だ。


正門に近づくと、バリケードが崩れる音が響く。ドーン! 大男が、鋼材を振り下ろし、コンクリートを粉砕する。

自衛隊員が、後方へ下がりながら銃を撃つ。

弾痕が、大男の体に刻まれる。でも、彼は止まらない。

血に濡れた体で、駐屯地内に踏み込む。

私は、桜と一緒に、資材の影に隠れる。

大男が、辺りを探るように前進する。赤い目が、霧の中を彷徨う。私は、息を殺し、念動力を集中させる。

彼の心臓。ドクドクと脈打つ、強靭な臓器。私は、桜の手を握り、囁く。


「桜、今だ。私、行くよ」


彼女が、頷く。


「皐月、絶対に成功する。私、そばにいるよ」


私は、物陰から手を伸ばす。大男が、およそ25メートル先にいる。銃創に濡れた体、鋼材を握る腕、怒りに燃える目。

私は、目を閉じ、念動力を彼の胸に送る。心臓を、探る。ドク、ドク。強烈な鼓動が、念動力に響く。私は、唇を噛み、叫ぶ。


「あなたのこと、わからない…たくさんの人を殺した…でも、人間の形をしたあなたを、殺すことに、迷ってた…! でも、これ以上、私たちの平穏を奪うなら、命を奪うなら…あなたみたいな怪物は、いなくなってしまえ!」


私は、開いた手を、握り込む。念動力が、大男の心臓を締め付ける。

グシャリと皐月の手の中に肉と血が、潰れる感触が、念動力に伝わる。大男の動きが、止まる。

口から、大量の血が溢れ、彼は前のめりに倒れる。ドン! 地面が、震える。私は、息を吐き、膝をつく。やった…倒した…。


自衛隊員が、驚きの声を上げる。


「動かなくなった!? 確認しろ!」


隊員が、慎重に近づき、大男の脈を確認する。


「活動停止! バリケードの再建、急げ!」


銃声が遠ざかり、隊員がバリケードの修復を始める。私は、桜の目を見つめる。彼女が、笑顔で手を差し出す。


「皐月、すごいよ! やったんだ!」


私は、彼女の手を握り、ハイタッチする。静かな喜びが、胸に広がる。私たち、勝った。黒い大男を、完全に倒した。


1週間後、隔離期間が終わる。駐屯地の広場で、輸送ヘリコプターが待ってる。オリーブグリーンの機体、ローターが唸りを上げる。私は、桜の手を握り、父さん、母さん、早希先生と一緒にヘリに乗り込む。

霧が晴れ、朝日が駐屯地を照らす。バリケードの向こう、ゾンビの街が遠ざかる。

父さんが、私の頭を撫でる。


「皐月、よくやったな。お前と桜、強いよ」


母さんが、桜を抱きしめる。


「二人とも、生きててくれて、ありがとう。もう、離さないよ」


先生が、眼鏡をかけ直し、笑う。


「二人、誇らしいわ。喫茶店、楽しみにしてるよ」


私は、桜の目を見つめる。


「桜、早希先生の言ってた喫茶店、絶対に行こうね、エプロン着て、コーヒー淹れるんだ」


彼女が、笑う。


「うん、皐月! チーズケーキも、忘れないよ!」


ヘリコプターが、ゾンビの隔離エリアを越える。窓の外に、緑の森、青い空が広がる。平和な世界だ。黒い大男は、もういない。


でも、私たちには、桜と皐月の絆、家族の愛、早希先生の覚悟がある。それだけで、十分だ。

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