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第2話


校舎の出口を抜け出した桜と皐月は、息を切らせながら校門をくぐった。

背後では、ゾンビのうめき声がまだ響いていたが、二人の足は止まらなかった。

桜の指先は、さっき放った炎の余熱でまだ熱く、皐月の額には念動力を酷使した汗が光っていた。


「桜…本当に、生き延びたんだね」


皐月の声は震えていた。彼女の念動力は、校舎内でゾンビを押しのけ、道を切り開くために何度も使われ、身体に重い疲労が溜まっていた。

それでも、桜の手を握る力は強かった。


「うん、皐月。あなたがいたからだよ」


桜は微笑み、妹の肩を抱いた。

だが、彼女の心はまだ落ち着いていなかった。

炎を使った瞬間、同級生だった少年の顔が黒焦げになる光景が脳裏に焼き付いていた。あれは人間じゃなかった、ゾンビだった――そう自分に言い聞かせるが、胸の奥の罪悪感は消えなかった。


二人は校庭の端で立ち止まり、周囲を見回した。学校の外は住宅街が広がり、静かな家々の間をゾンビがふらふらと徘徊していた。

血の匂いと、遠くで響く叫び声が、空気を重くしていた。


「どこへ行く? このままじゃ…」


皐月の声は不安に揺れ、彼女の念動力は無意識に近くの小石を浮かせていた。

桜は深呼吸し、頭を整理した。

両親のことが脳裏をよぎる。父と母は現金輸送の仕事をしており、いつも一緒の輸送車に乗っていた。

夫婦で「人生の相棒」と呼び合うほど強い絆で結ばれた両親なら、きっとこの混乱の中でも生き延びているはずだ。


「警察署に行こう、皐月。そこなら、銃を持った警官がいるかもしれない。ひとまず安全を確保して、それから両親を探すんだ」


桜の言葉に、皐月は小さく頷いた。彼女の心には、両親の笑顔が浮かんでいた。

父の豪快な笑い声、母の優しい手。

二人とも無事でいてほしい――その願いが、皐月の足を前に進ませた。


学校の敷地を出ると、住宅街の静けさが逆に不気味だった。

一軒家の庭には血痕が残り、道端には倒れた自転車や散乱した荷物が転がっていた。

ゾンビはまばらに徘徊しており、遠くにいるものはまだ二人に気づいていないようだった。

だが、警察署までは直線距離でも数キロ。超能力を持つ二人でも、ゾンビの群れを避けながら歩くのは危険すぎた。


「桜、こんな中を歩くの、怖いよ…」


皐月の声は小さく、彼女の目はゾンビの動きを追っていた。

念動力でゾンビを押しのけることはできるが、数が多すぎれば力尽きてしまう。

桜も同じことを考えていた。

彼女の炎は強力だが、住宅街で使えば火事が広がるリスクがある。


「うん、わかってる。とりあえず、隠れながら移動手段を考えよう」


二人は近くの民家の庭に身を潜めた。

背の高い植木の陰でしゃがみ込み、息を殺す。

桜の心臓は激しく鼓動し、炎が内側でくすぶる感覚が強くなっていた。

危険を感じるたび、彼女のパイロキネシスは制御が難しくなる。 


「落ち着いて、桜。あなたならできる」


彼女は自分に言い聞かせ、皐月の手を握った。

妹の冷たい手が、桜の熱を吸い取るようだった。


その時、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

低く唸るような音は、明らかに大型の車両だ。

皐月の念動力は、音の方向と振動を捉え、車がこちらに向かっていることを感じ取った。


「桜、車だ! 誰か、生きてる人がいる!」


皐月の目が輝いた。桜も立ち上がり、道路の方を覗いた。エンジン音は近づいてくる。

ゾンビの注意が車に引きつけられ、徘徊する動きがわずかに乱れた。


「助けを求める? でも、もし敵だったら…」


桜の声には躊躇があった。だが、皐月は即座に答えた。


「このままじゃ、ゾンビに囲まれるよ。信じてみよう、桜。私たち、二人なら大丈夫」


皐月の決断に、桜は頷いた。二人は顔を見合わせ、同時に道路に飛び出した。

手を振って車を止めようと叫ぶ。


「助けて! お願い、止まって!」


桜の声が響き、皐月も必死に手を振った。 エンジン音が近づき、大型の黒いSUVが目の前で急停止した。

窓が開き、中から力強い女性の声が響いた。


「乗りなさい! 早く!」


二人はためらうことなく後部座席に飛び乗り、ドアを閉めた瞬間、車は一気に加速した。

ゾンビのうめき声が遠ざかり、桜と皐月はようやく息をついた。


「ありがとう、助けてくれて…!」


桜が運転席に声をかけると、運転手が振り返った。

短く切った髪と、鋭い目つき。歴史の授業を担当し、二人の中学二年の担任でもある木本早希だった。


「桜、皐月! 無事だったのね!」


早希の声には安堵が滲んでいた。

彼女の普段の厳格な教師の顔とは違い、汗と埃で汚れた顔には人間らしい温かさがあった。


「先生…! 先生も無事でよかった」


皐月が声を詰まらせ、早希はハンドルを握りながら小さく笑った。


「まったく、こんな時に担任の責任ってやつを感じるわ。あなたたち、怪我は? 噛まれてないよね?」


「大丈夫です。噛まれてません」


桜が答えると、早希は頷き、アクセルを踏み込んだ。SUVは住宅街を抜け、警察署へと向かう道を突き進んだ。

車内は一時的に静寂に包まれた。

桜は窓の外を眺め、ゾンビがふらつく姿を見ながら、胸の奥で不安が渦巻くのを感じていた。両親は無事なのか。

自分たちの能力は、どこまで通用するのか。そして、早希に能力のことを隠し続けられるのか。


「先生、どうしてこんなことに…?」


皐月の声が車内に響いた。彼女の念動力は、車の振動や外の気配を常に捉えており、疲れが溜まっているにもかかわらず、警戒を解けなかった。

早希はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「わからない。急に、校庭で人が襲われ始めて…まるで映画みたいだった。職員室にいた警備員もやられて、私はこの車で逃げ出したの。あなたたちを見つけたのは、本当に偶然よ」


その言葉に、桜と皐月は顔を見合わせた。偶然。だが、その偶然が二人を救った。


「先生、私たち、警察署に行こうと思ってたんです。そこなら、安全かもしれないから」


桜が言うと、早希は頷いた。


「いい判断ね。私も同じことを考えてた。警察署なら、銃を持った警官がいるはず。行ってみましょう」


早希はハンドルを切り、警察署への道を進んだ。

桜はシートに体を預け、皐月の手を握った。


妹の温もりが、彼女の心を少しだけ軽くした。


三十分ほど走った後、SUVは警察署の前に到着した。

だが、目の前の光景に三人は息を呑んだ。

正門の前には、ゾンビの死体が山のように積み重なり、血と腐臭が空気を満たしていた。

鉄製の高い正門は固く閉ざされ、まるで要塞のようだった。


「なんてこと…こんなに?」


早希が呟き、ハンドルを握る手が震えた。桜と皐月も、死体の山に目を奪われた。ゾンビの数は想像以上で、警察署が安全かどうかも疑わしく思えた。


「桜、私、怖い…」


皐月の声は小さく、彼女の念動力は無意識に近くの小石を浮かせていた。桜は妹の肩を抱き、囁いた。


「大丈夫、皐月。私たちが一緒なら、絶対に大丈夫」


その言葉は、桜自身を励ますものでもあった。彼女の内側の炎は、恐怖と不安でくすぶり、いつ暴発してもおかしくなかった。


「誰だ! 生存者か!」


突然、正門の向こうから男の声が響いた。早希が窓を開け、身を乗り出した。


「私は木本早希、中学校の教師です! 生徒二人と一緒です! 怪我もなく、噛まれてもいません!」


早希の声は力強く、教師としての威厳が滲んでいた。しばらく沈黙が続き、やがて正門の上からハシゴが下ろされた。


「ハシゴで登ってこい! 早く!」


男の声に、早希は車を降り、桜と皐月に目配せした。


「行くわよ、二人とも。しっかりついてきて」


三人は車を降り、ゾンビの死体を避けながら正門に急いだ。

桜は周囲を警戒し、炎をいつでも放てるよう意識を集中させた。皐月は念動力でハシゴの安定を確かめ、登る準備をした。


ハシゴを登り、正門を越えた三人は、警察署の敷地内に足を踏み入れた。

そこには、銃を持った男性警官と、制服姿の女性警官が立っていた。女性警官が近づき、鋭い目で三人を見た。


「念のため、ボディチェックさせてもらう。噛まれた傷がないか、確認するよ」


彼女の声は冷静だが、どこか疲れが滲んでいた。

桜と皐月は緊張しながらも、指示に従った。

女性警官の手が素早く動き、腕や首、足をチェックする。桜は自分の熱い指先がバレないか心配だったが、警官は特に何も言わなかった。


「よし、問題ない。ついてきて」


女性警官に導かれ、三人は警察署の建物へと入った。

内部は薄暗く、電気が節約されているのか、廊下の明かりは最小限だった。壁には血痕や銃弾の跡が残り、ゾンビとの戦闘の激しさを物語っていた。


署内の会議室に通されると、そこには数人の生存者がいた。

警官、民間人、負傷者――それぞれが疲れ切った表情で座っていた。

桜と皐月は、隅の椅子に腰を下ろし、早希が警官と話を始めた。


「桜、ここ…本当に安全かな?」


皐月の囁きに、桜は周囲を見回した。

生存者たちの目は虚ろで、希望を失っているように見えた。

彼女の念動力は、部屋の空気の重さを感じ取っていた。


「わからない。でも、少なくとも今はゾンビから逃げられた。ここで休んで、次のことを考えよう」


桜の言葉に、皐月は頷いた。

だが、彼女の心には不安が渦巻いていた。両親はどこにいるのか。この警察署は、本当に安全なのか。

そして、自分たちの能力を、いつまで隠し続けられるのか。


早希が警官との話を終え、二人に戻ってきた。彼女の表情は厳しかった。


「状況は悪いわ。ゾンビの数は増える一方で、署内の弾薬も食料も限られてる。外部との連絡は途絶えてて、救援が来るかどうかもわからない」


その言葉に、桜と皐月の心はさらに重くなった。桜は両親のことを思い出し、胸が締め付けられた。


「先生、両親を探したいんです。父と母は現金輸送の仕事をしてて、きっとどこかで生きてるはず…」


桜の声に、早希は少し考え込んだ。


「そうね…現金輸送なら、装甲車に乗ってる可能性が高い。ゾンビから逃げ切れてるかもしれない。でも、今はここで情報を集めるのが先よ。警官たちが街の状況を把握してるはずだから」


早希の冷静な言葉に、桜は頷いた。だが、皐月の目は涙で潤んでいた。


「もし、両親が…ゾンビにやられてたら…」


その言葉に、桜は妹の手を強く握った。 



「そんなこと考えないで、皐月。父さんも母さんも、絶対に無事だよ。私たち、信じよう」


桜の声は力強く、皐月の涙を止めた。二人は互いの手を握り、決意を新たにした。

会議室の隅で、若い男性が立ち上がり、三人に話しかけてきた。彼は警官の制服を着ており、名札には「佐藤」と書かれていた。


「君たち、学校から逃げてきたんだって? よく生き延びたな。俺は佐藤、ここの新人警官だ。よろしく」


佐藤の声は軽い調子だったが、目には疲れが滲んでいた。桜は警戒しながら答えた。


「はい、なんとか…。ここ、どのくらい安全なんですか?」


佐藤は苦笑し、肩をすくめた。


「安全、ねえ。ゾンビが門を破るまでは安全ってとこかな。弾はまだあるけど、いつまで持つかわからない。食料も、あと数日分しかない」

その言葉に、早希が眉をひそめた。


「救援は? 政府や自衛隊は動いてるんじゃないの?」


佐藤は首を振った。


「無線が途絶えてる。街全体がパニックで、どこまでゾンビが広がってるのかもわからない。とりあえず、ここで耐えるしかないんだ」

その言葉に、桜と皐月の心はさらに重くなっ

た。だが、桜は諦めなかった。


「私たち、両親を探したいんです。現金輸送の仕事をしてるんですけど、どこかで生きてるはず。情報、ありませんか?」


佐藤は少し考え込み、やがて答えた。


「現金輸送か…装甲車なら、ゾンビから逃げ切れる可能性はある。銀行や輸送会社の拠点に避難してるかもしれない。明日、偵察に出る予定だから、その時に調べてみるよ」


その言葉に、桜と皐月の目に希望が灯った。


「ありがとう、佐藤さん! お願いします!」


皐月の声に、佐藤は小さく笑った。


「まあ、気長に待っててくれ。とりあえず、今日は休め。ゾンビと戦うには、体力が要るからな」


佐藤が去ると、早希が二人に囁いた。


「少しは希望が見えたわね。とりあえず、今夜はここで休みましょう。明日、作戦を立てるわ」


桜と皐月は頷き、互いの手を握り合った。

警察署は完全な安全地帯ではなかったが、少なくとも今はゾンビの脅威から逃れられた。

二人には、まだ戦う力と、信じる心があった。


その夜、桜と皐月は会議室の隅で毛布にくるまり、眠ろうとした。

だが、ゾンビのうめき声や、署内の生存者たちのざわめきが、二人を眠らせなかった。


「桜、お父さんとお母さん、絶対に無事だよね?」


皐月の囁きに、桜は目を閉じたまま答えた。


「うん、絶対に。父さんと母さんなら、どんな状況でも生き延びるよ。私たちも、負けてられない」


その言葉に、皐月は小さく笑った。彼女の念動力は、桜の温もりを近くに感じ、安心感を与えてくれた。


「桜、私、怖かったけど…あなたと一緒なら、なんだってできる気がする」


桜は妹の頭を撫で、囁いた。


「私もだよ、皐月。あなたがいるから、私、強くなれる」


二人は互いの手を握り、薄暗い会議室で小さな希望を胸に抱いた。

ゾンビの脅威はまだ終わらない。だが、姉妹には力があった。

そして、何より、互いを信じる心があった。

明日、彼女たちは新たな戦いに挑む。

両親を探すため、そして、生き延びるために。

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― 新着の感想 ―
超能力持ちの姉妹にゾンビ。 面白いコンセプトですね。 目立つ事を嫌った姉妹が生きる為に能力を使う。 でも周囲にはばれたくない。 その緊張感が良い感じに出てますね。
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